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第159回往復書簡 あの頃

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 絵の整理をしていて二十五年前に描いた水彩画が出てくる。あの頃アトリエにしていたオンボロ長屋の屋根には穴があいていて、夜そこから月が見えた。毎日、時計仕掛けのように規則正しく朝九時に行って夜六時まで絵を描いていたが、描けない日の方が多かった。それでずっと本を読んでいた。昼食はストーヴで焼いてバターと砂糖をぬったパン。あるとき妻が玄関のドアを激しくたたくので、どうしたと聞くと、今月家賃が払えないのだという。なぁんだ、ただ金がないだけじゃないか、それがどうしたというと、わぁあっと大声で泣きはじめたことがあった。まったく、申し訳ないことである。窓の外に大家の庭には杏子の木があり、枝を切っている大家のおじいさんから、あなた絵描きでしょう、どうやって切ったらよいか見てくれないかと相談されたこともあったな。
 その頃、ただなんとなくスケッチをするつもりで描いたものだが、今の自分とは違うなにか別の迷いのようなものが漂っていて、それが今の自分にとっては魅力的に思えた。それで、今年の個展に出して新作の絵と並べてみることにする。
 (12月12日月曜日)


枯れた鉢植え 1997年 水彩

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