第78回往復書簡 5分間、19時46分
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
きのうまで、朝は暖房をつけて着がえていた。けさは、起きるなり、ベランダの小窓をあけたくなった。
カーテンをひくと、オリーブの花が、ほろほろと咲いている。窓に、花粉がついていて、夜中に風の音がしていた。この木は、ずいぶんまえの誕生日プレゼントだった。梅や桜でなくても、花はひとの目をやわらかくする。
うすいきいろの花のすがたは、銀木犀に似ている。そうして、けさ三分咲きとおもったら、昼には八分咲きになった。あっというまに咲いて、あっといまに散る。なんの木だったか忘れるほどの周期で、ひとつふたつの実をつける年がある。
三食自炊生活となり、つけあわせをひとつ、冷蔵庫にいれておくようになった。どこにでも出かけられたときは、毎日いろいろ食べたくて、作らなかった。
作るといっても、かんたんなもの、すっぱいもの。にんじんサラダか、ひじきの酢のもの。今週のひじきは、ピクルスになっている。これは、芽ひじきをもどしてゆがき、食べ終えたピクルスの瓶詰にのこったビネガーを、じゃばっとかける。250㏄のカップの、50㏄のところまでひじきをいれてもどすと、ちょうどカップひとつになる。これを、平日の5日で食べる。そんな周期ができあがった。
あじの干物を焼いて、じゃがいもをゆでて、たまねぎのざく切りと、ひじきのピクルス。ポルトガルみたいと思って、白ワインをのんで、食べる。ポルトガルでは、海藻は食べなかった。
牧野さんのお原稿を拝読すると、もりもりお仕事されていて、異国の便りのような気がしてきてうれしい。それでも、これだけお仕事をされるということは、それだけ孤独な時間をすごすということ。どうぞ、心身をいたわってお過ごしください。
今週も、あいかわらず、町内をくるくるまわって、ちっとも仕事をしないでいた。やおやさん、さかなやさん、おにくやさん、ベーカリー、スーパーマーケット、コンビニエンスストア。ひとことかわすだけのおつきあいが増えた。気をつけましょうね、ありがとうございます、ご親切に。みじかいことばのあたたかさに、強さに、励まされている。越してきてからずっと、まえの町を恋しがっていたけど、いい町に来たとよろこぶようになった。
買いものから帰って、ラジオ体操がわりの消毒清掃をして、風呂にはいる。
きょうも、袖振り合うも他生の縁があった。他生では、どんなだったのかな、やっぱり、臆病で、みんなに助けてもらっていたのかなあ。
そうして、あちこち洗って、からだを拭いて、風呂場そうじの洗剤をふきつけると、ちいさなバスマットのうえで、5分間棒立ちになる。5分間放置しないと、除菌が完了しない。
5分待つというのは、日になんどかある。朝は、パンを焼き網にのせて、片面5分ずつ。そのあいだは、スクワットをしている。
夜は、バスタオルを巻いて、5分待つ。はだかだから、できることが限られる。それで、ひとまず詩をそらんじる。雨にも負けずとはじめて、やっぱり玄米四合はすごいなと感心する。そして、玄米という文字から、米津玄師さんがうかんで、パプリカの知っているところをうたう。だんだん景気づいて、ラジオでよくかかる松原みきさんの真夜中のドアを歌う。これは、ぜんぶ歌えて、いまなら、ステイ・ホーム・ウィズ・ミーだな、相手には重いおねだりだなとおもった。それで、5分間。シャワーで、ざーっと流した。髪をかわかして、やっとビールのゴールとなった。
牧野さんなら、5分の待ち時間に、なにをされますか。
きょうもまた5分の果てに麦酒あり 金町
(5月14日金曜日)
絵:牧野伊三夫
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