第128回往復書簡 塩と油、12時35分
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
先週の土曜日、除菌したスポンジを干そうとしたら、まさに、ばったり、ハチアワセ。ことしも、夏の陣となった。
このアパートも、4年めの夏。毎年、飛んでくる蜂はちがうはず。ベランダのオリーブの花が咲くことが、ちゃんと申し送り事項になっている。えらいなあ。えらいけど、えらいこっちゃ。
いちどスズメバチに刺されているから、つぎは救急車を呼ばなければならない。ひとのほうも、忘れてはいけない事項なので、去年もおととしも、書いているかもしれません。
ことしも、やっぱり、去年とおなじ、ちいさい蜂、胴のかたちからして、刺す種とみている。
蜂は、ほんとうにかしこく、働きものなので、毎日2回、おなじ時間にあらわれる。最初は、つつじのある公園や、お庭のある住宅をめざすとちゅうなのか、下見ていどで、すぐいなくなる。2回めは、あつめた蜜を巣に運ぶとちゅうに、咲いていないかどうか、確認して帰る。巣ごもり生活のなかだから、把握することができた。
蜂の活動期間は長く、11月まで飛んでいる。そのあいだは、ベランダに洗濯ものを干さなくなって、そのうち、花粉だ、鳥インフルエンザだと気に病むようになって、いまでは年じゅう室内に干す。
まえのアパートは、屋上にのびのびと干せたのになあ。そんなことは、もう考えなくなっている。人生は、ぐんぐん進む。
オリーブの花のつぼみは、金木犀よりもちいさい。色も、うすいうすい黄いろ。咲いても、ちょっと風が吹くと、すぐほろほろと落ちて終わる。この時期をことに用心して過ごす。ときおり、思い出したように、ひとつふたつの実をつける。誕生日にいただいた鉢なので、手放すこともできない。
それにしても、どうしてこんな地味は、蜜もないような花を忘れずにいるのかなあ。風呂につかって、ぼんやり考えていたら、鼻のあたまに汗がでて、給湯温度を、夏仕様に下げた。
髪を洗いながら、植物学の先生にうかがったことを思い出した。なぜ蜂がひとを襲うのか。蜂が生きるために必要な栄養素は、塩と油。夏場の人間ときたら、全身、塩と油。だから、刺される。花の蜜だけではないと知って、とてもおどろいたのだった。
オリーブの花は、塩気はないけど、ほかの花にはない油がとれるのかもしれないなあ。こんど先生に再会できたら、また教えていただきたいなあ。
油のたっぷりはいったシャンプーで髪を洗い、さらにたっぷり油増量のコンディショナーを塗りたくる。おっかないけど、しかたがない。ひとも、塩と油がなかったら、生きてはいかれない。
汗ばめば羽音におびえる日々となり 金町
(5月2日月曜日)
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