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第132回往復書簡 目じるし、10時半

 石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 外出した翌日は、朝食が遅い。8時に起きて、洗濯機のアイさんのスイッチを押してから、したくをする。
 冷凍のパンを焼いて、紅茶をいれて、目玉焼き。そのあいまに、スクワットとストレッチをする。
 目玉焼きは、トーストの焼きあがりの、4分まえに作る。おなかが弱くなったので、しっかり火を通す。
 オリーブオイルとすこしのお湯をたらしておいたフライパンを弱火にかけて、卵をおとし、ふたをする。
 柳宗理さんのデザインされたフライパンは、結婚祝いの返礼カタログでいただいた。新郎新婦にお子さんが生まれて、もう小学5年生。よいものは、ながく使える。そういうものは、たいてい返礼のカタログでいただいているので、使うたび、そのかたを思い出せてうれしい。香典の返礼のときは、おさけかワインをいただいて、献杯ときめている。
 長年、便利につかって、さいごにふたをするときまで、いつもたのしい。
 ふたの向きで、ぴっちりしまったり、すきまがあいて、ゆでこぼしができようになっている。目玉焼きのときは、ぴっちり。ぽんとおいて、いちどでぴっちりしまったときは、いい日になる。毎朝、そんな占いをしてきた。
 ところが、けさ。ふたをつまんだら、ふちのところに、うすーくちいさな丸じるしがひとつ。反対がわには、ない。もしかすると、これは。
 丸じるしと柄のつけねをあわせたら、ぴっちりしまった。
 新郎新婦にお子さんがうまれて、小学5年生のけさ。そうだよねえ、柳さんのデザインなんだものねえ。
 毎日使って、洗って、丸じるしが摩耗するまで、 気づかず占ってきた。それもたのしかったけど、これからは、毎朝、いちどでぴっちり。すっきりする。
 もうすぐ54歳になるけど、きっとこんなふうに、いろんなことをずっと見落としている。巣ごもりになってからは、一大事ばかりつづいていたから、うすくなった丸じるしに気づいたことは、吉兆とも思う。すこし、暴風圏が動きはじめてくれたのかもしれない。
 もうひとつ、発見できたのは、視力がよくなったこともある。
 そんな気はしていた。先週、運転免許の更新にいって、視力検査を裸眼でためしたら、合格。眼鏡等の条件がはずれた。
 レーシックかなにか、されたんですか。きかれて、いいえ老眼でしょうと答えて、係のかたと笑ったのだった。
 亡くなった父も、年をとってからの免許更新で、おなじように眼鏡等がはずれたと喜んでいた。
 お父さん、よい目を、ありがとうございます。

  老眼に夏の目じるしありありと    金町

  (6月3日金曜日)
 

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