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第61回往復書簡 またあした、23時18分

石田千 → 牧野伊三夫さんへ

 牧野伊三夫さん、画業30周年、おめでとうございます。
 ことしは、石田千で文章を書きはじめて、20年になります。
 10年後に、牧野さんのような、おおらかな暮らしと、ゆたかな仕事ができているとは、とうてい思えませんが、牧野さんの背をお手本に、これからの10年を歩けることを幸せに思っています。
 毎日のニュースでは、ワクチンについて伝えることが増えてきました。ことしの暮れには、30年の乾杯ができるかもしれないなあ。だんだんと、さきの楽しみが見えてくる。山頂でご来光を待つような思いで、一日、一日。
 夕食後、アイロンをかけて、歯をみがいて、火の用心。そうしたら、明かりをみんな消す。まっくらになったら、セーターを脱いで、パチパチ。ズボンを脱いで、パチパチ。寝巻をかぶって、靴下ぬいで、パチパチ。寝巻のズボンをはいたら、全身をさすって、パチパチパチパチ、あおじろい静電気が、からだじゅうにまたたく。ふしぎと、いたくない。
 一日のさいごの、おたのしみ。ちいさな火花大会。50すぎのおばちゃんが、こどもみたいにやっている。パチパチ、キラキラ。自然は、うつくしいなあ。こわいおそろしいとおびえている天然界と、すこしだけ仲なおりできた気もする。こすってながめたら、ハンドクリームを塗って、手袋をして、ふとんにもぐる。
 50すぎまで、静電気の色に気づかず暮らしていたのは、読書灯がついていたから。ふとんのなかで、本を読んでいたから。
 夜の読書をやめても、ゆかいなことはあるんだ。
 天井を見て、だんだん夜目が効くようになると、安心して目をつむる。あたらしくしたハンドクリームは、いいにおい。
 おやすみなさい、またあした。

  二の腕に火花またたく冬の晩 金町

  (1月22日金曜日)

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