第50回往復書簡 ライバル、16寺50分
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
とれたての野菜を、どっさり買えて、うらやましいなあ。
葛飾に住んでいたころ、水元公園のあたりにはまだ畑があって、直販所に買いにいった。夏は枝豆、冬は大根がたのしみだった。葉っぱのついた大根を、花束を抱えるようにして歩く。早朝の道に、あおい香が揺れて、腹が鳴った。
きょうは、葉っぱのついていない大根、半分買った。大荷物をしょったゴールは、おにくやさん。となりのさかなやさんで、鯖をおろしてもらっているあいだ、おしゃべりしながらガラスケースをのぞく。
牛の切り落とし80グラム、鶏もも半分、おいしいソーセージ6本。そうして、おめあての、ロースのころんもあった。
ロースのころんについては、なんどか書いて、まだまだたりない。
ロースのかたまりを、ポークソテーやとんかつにと切っていった、その日さいごのはしっこ。厚さは4センチくらい、バターの箱の半分くらいのおおきさ。
あるときとないときが、あるんですよ。娘さんがいう。
主人は、ここがいちばんおいしいんだっていいます。おかあさんがいう。無口なだんなさんは、お昼ごろまで、その日のお肉を切ってしまうと、もうお店に出てこない。
ロースのころんは、煮豚にしたり、ポトフにしたり。このごろは、焼きいろをつけて、玉ねぎ、にんじん、レンズ豆と煮る。
つめたいものを飲まなくなって、常温の黒ビールをなめている。たりなかったら、赤ワインを一杯。そのどちらかを、煮込む鍋にもわけている。おとといの黒ビール煮は、格別よくできた。
さっき、娘さんは、ここを楽しみにされているかたが、もうおひとりいらっしゃるんですよといった。男のひとで、晩酌のおつまみにちょうどいいと買われているとのこと。仕事がお休みの土曜日にみえるとのことで、土曜日は買わないことにする。ひとりじめは、つまらない。
ちいさな町なので、パンやさんでもそういうことがあった。
夕食にちょうどいい、まるいフランスパン。人気があるのかないのか、日にふたつしか作らない。毎週水曜日にふたつ買いしめていたら、水曜日は買わないようにしてくださっているお客さまがいらっしゃるんですよ。お店のおくさんが、教えてくださった。みずしらずのライバルに、ゆずっていただいている。ありがたい、まるパンは、網で焼く。こうばしくて、うれしくて、ありがとう。いつも声になる。
薬をのみはじめて、すっかり朝寝坊になって、時間割はくるったまんま。
きのうは、十三夜だった。明日は、ハロウィーンで満月とのこと。いいお月さんがつづいて、夜ふかしもたのしい。
ところで牧野さんのライバルは、どなたでしょう。要返信にてお願いいたします。
有山さんですか。じぶんとか、いわないでね。
画家ひとり菜っぱ抱えて秋の道 金町
(10月30日金曜日)
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