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第152回往復書簡 マーマレードと頬かむり、11時10分

 石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 来月からの仕事の準備で、しばらく金曜日は遠出の日になった。
 まえの晩に、洗濯をすませる。4時に起きて、ベーグルと紅茶、かんたんにすませて、マスクをして出ればいい。それでも、ぐずぐず5時間もかかる。したくの時間をみじかくすることが、いちばんの難題。
 慣れないことをすることになるから、きっと、いままでどおりの朝は、ほんとうにありがたいことなってくる。
 イギリスでは、エリザベス女王がご逝去されてから、マーマレードの売り上げがのびているとのこと。ご生前に、パディントン・ベアとお茶会をなさったときのメニューにマーマレードがあったと、ラジオできいた。
 若いころ、ロンドンに貧乏旅をしてから、ほろ苦いマーマレードが好きになった。
 安さで選んだホテルの朝食は、焦げたトーストと、トワイニングの紅茶パック。そして飛行機の食事で使うような、バターとマーマレードだった。いずれも、好きなだけ食べたり飲んだりしてよかったので、焦げたトースト2枚にマーマレードとバターを塗って、サンドイッチにして、紙ナプキンでくるんで昼食にしていた。
 そうして、トワイニングのレディ・グレイと、マーマレードが好きになって帰ってきた。
 エリザベス女王が亡くなられてから、ご生前の写真をいろいろ見て、そのなかに、緑のなか、コートすがた、御髪はあざやかなスカーフを三角にして、すっぽり覆っていらっしゃる。首のうしろではなく、あごのした、マトリョーシカのように結ばれていて、とても幸福な笑顔でいらした。
 東京では見かけないけど、東北では、高齢のかたがたが、もっと大判のスカーフやショールで、肩や腰まですっぽりくるみ、風雪をふせいで、安心して歩いている。きもので育った世代のかたは、色柄あわせがとてもモダンで、愛らしい。マトリョーシカがあるのだから、ロシアの女のひとたちも、きっとおなじようにしている。
 マーマレード入りのヨーグルトをすくいながら、イギリス、日本、ロシアまで、ぼんやり地図をむすんでいた。
 牧野さん、ことしは、七輪でおさけ、がんばりますね。

 ロンドンはマーマレードに偲ぶ秋    金町
 (10月28日金曜日)

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