第199回往復書簡
牧野伊三夫 → 石田千さんへ
クラリネット奏者の成瀬未涼さんから、秦野のホールで行うアンサンブルの演奏会の案内が来て、聴きに行く。成瀬さんとは、春に世田谷の生活工房で個展をやったときに、会場で即興制作をやった。音楽と絵の境界を越えた即興制作を、僕はこれまでに音楽家たちと何度もやったことがあるが、まもなく洗足学園音楽大学を卒業するという彼女は、初めてだった。
その日は、まず、彼女に大学で演奏しているクラッシックの曲を演奏してもらい、それを僕が絵具でデッサンした。
そして、次に、僕が壁に貼った紙に黒い木炭で点を描き、それを音符に見立ててクラリネットを吹いてもらう。小さな、はかない点なら、「ヒューツ」と小さく、大きなぐちゃぐちゃの点なら、「ブべべべべー」といった具合。やがて、線に移る。まっすぐな線なら「ピイーーーー」、山のような線なら「ピヨピョロピイ~」、螺旋の線なら、「ムニャラムニャラムニャラルルルルル~」という按配。
そうやって基礎的なやりとりが終わったところで、次に色を加えていった。僕が、クレヨンとパステルで抽象画を描くと、それを楽譜に見立てて、彼女が自由に吹く。その音色を聴きながら僕が音を絵にしていき、目の前で描かれていく絵を見ながら、また吹く、という双方向のやりとりを行う。大学でのクラッシックの勉強とは別に、ジャズの勉強もしているという彼女は、はじめてであったにも関わらず、とても勘がよくて僕を驚かせた。
この日は、彼女の大学時代の先輩たちとのクラリネット四重奏だった。エスクラリネット、ベークラリネット、バスクラリネットという、音の高さや音色のちがうクラリネットだけで演奏するというめずらしいアンサンブル。途中で休憩をはさんでの、二時間あまりの演奏だったが、レコードでよく聴いているドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」を生で聴けたのは、うれしかった。後半僕は、客席でスケッチブックをとりだして、最後に演奏された真島俊夫作曲の「レ・ジャルダン」の「夕暮れの庭」と「音楽家の庭」をスケッチした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?