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机の上の鳩

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小説・随想などなど、書きためてきたものたち。何とも呼び難いものが多いため小品と呼んでいたりもします。
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#短編小説

はとの総合書籍案内

湊乃はとの書籍まとめでございます。 (更新:2024/06/08) 販売中100年くらい前のどこかの誰かの話が主です。 書籍には旧字体フォントを使用。 明治後期〜昭和初期あたりの東京や、その頃の風俗がお好きな方におすすめ。 あまり再販はしませんので、ぜひ在庫のあるうちに。 書籍あり〼 盗蜜(2024)7/15ごろ第二刷印刷予定 傍から掠め取る蜜は甘い。 銀座のカフェーで生きる女給の物語。 ある男との心中から生還した廣谷松は、神田榮と名を変えて、カフェーの女給となった。

逝く春

 土砂降りである。土砂降りではあるが、そこは見慣れた教室であった。どしゃどしゃと雨が降る中、A氏の周りには人だかりができている。学友たちがA氏を取り囲んで何を話しているかと思えば、先ほど上演された演劇についてである。  学友たちにも教師にも評判の舞台は、先の出し物の最後に上演されたもので、それはA氏の一人で作り上げた作品であった。演出も監督も主演もすべてA氏であるというそれは、当座の話題をひとところに攫っている。  皆は口々にそれを褒め称える。どこどこの演出がよろしいであるだ

【書籍案内】夢

書籍詳細 星々文芸博新刊。 初刷 2024/7/14 / 文庫判(A6) / 本文60ページ / ¥700 あらすじ まずは気取ったあらすじがこちら。 旧字体が読みにくいと思われるため、新字体でも以下書き起こします。 「……と、いう夢を見たのサ。」で終わる、 オムニバス夢日記短編集。 一、幾度も来た、いつも歩くあの道 二、秘境食レポハンターの味噌汁ルポ「やまやま」 三、虫封じと厄除けの神事 四、当てどない街歩きと、舟の仏事 五、行きっぱなしの路面電車 六、絵描きは

こども流鏑馬

 建物の裏手から、鬱蒼とした割に管理されたような森に抜けた。獣道よりも、より平された細道をたどり、ようやく澄んだ空が見えるところまで出る。眺め回してみるとどうもそこは神社の裏手らしく、本殿の裏に社務所のような建物と、こちらの道から入ってきても構わぬように手水社が見える。とりあえず本殿の方へ足を向ければ、地面が湿ったような土から砂地に変わった。  杜を除けば広大というわけでも狭隘というわけでもない、ちょうど良い敷地は裏手にいるにも関わらず人の気配を感じさせる。大抵神社という場所

ひらめ

 男が目を覚ましたのは冷水を浴びせられたからであり、冷水を浴びせたのは男の妻であった。年の瀬も近い明け方の、火でも焚かねば耐えられぬような寒さの頃である。男が驚いて見上げると、妻は床の間に置いてあった花瓶を手に持って、寝乱れた髪を整えもせず、肩で息するような様相である。点けたままであった枕元の洋燈に足元から照らされて、ぽたぽたと垂れる雫が静かに光っている。  何しやがる、と怒鳴りたいけれどもしかし男は言えぬ風情で、急激に動き出した心臓の動悸を収めるのでやっとであった。男の口が

生活の記憶

 仮住まいの長屋を出ると、隣の玄関先にはごちゃごちゃと物が積まれていた。何が何やら分からないが通路を塞ぐそれらは、よく見てみるとカンヷスや額箱やそういったものらしい。どれかひとつ引き抜いてみようかと悪戯心も湧くものだったが、あまりに美事に山となって積み上がっているものだから、その均衡を崩してしまうと私も一緒に潰されてしまいそうな気がして止めておいた。山を横目にそれを避けて、どうにか路地の方へと向かう。ちらりと見える箱の表面には知らぬ名のサインが、歪んだカンヷスの表面には描

望郷

 奇妙な明るさで目が覚めた。部屋の片隅が朝日にしては妙に仄白く、その端が布団に眠る私の顔を丁度輝かしている。それに気のついてしまうと、瞼を閉じても開いても光が眼球を刺激し、その存在を主張する。それに対抗すべく、私も布団を引っ被って寝返りを打ってみるのに、その光は執拗に私の脳をすら揺さぶった。  奇妙な明るさの朝は、奇妙に音をもよく通す。居間の方にいるのであろう奥さんの声が、分厚い布団の中の私にまで微かに聞こえてくる。とぎれとぎれの奥さんの明朗な声。他の声は聞こえはしないが、何

龍の女

 さながら魚のように泳ぐ女がいて、それは龍の生まれ変わりだともっぱらの噂である。その女はひとたび水へ入れば、どの海女よりも長く潜り、海豚と同じかそれ以上の速さで自在に泳ぎ回る。幼き頃は泳ぎの名手だと持て囃されたが、女が美しく成長するにつれ、次第に村人はそれを気味悪がるようになった。それは女の両親も同じであったのか、血を分けたはずの人間でさえ、龍の女とは距離を置いている。唯一その女と必ず同じく行動しているのは双子の片割れであり(出生順を誰も知らない)、片時も離れることなく双子は