桜の木の下の少女

 桜の木の下に死体が埋まっていることは誰もが知っている。誰もが知っていて、誰もがそう思っていれば、その通りになることも知っている。
 死体はすでに骨になっている。雨と土と微生物がその身体を融かし、桜の木の根が彼女を吸い、ほんのりと赤い花を咲かせる換わりに、彼女自身は真っ白の綺麗な骨になる。
 もちろん埋まっているのだから、彼女は土で茶色く汚れているけれど、水流で汚れを落とし、磨くように拭いてあげれば、すぐにその美しさを取り戻す。
 白い制服を着た少女が桜並木を歩いている。風は冷たく、まだ桜の花は咲いていない。それでも少女は桜の木を眺めながら、ほんのりと赤い桜の花を想像しながら、ゆったりとした、古びたフィルム映像を思わせるような仕草で歩いている。
 髪が風で乱れて、けれど少女は乱れるままにしている。おそらくはしばらく前に結ばれていたであろうリボンを右手にゆるく巻きつけて、ほつれたようにたれ下がった端を揺らして遊ばせている。
 揺れるリボンには意思がある。そのことを誰もが知っているか、知らないかは、知らない。ともかくリボンは揺れながら、少女の髪に戻りたくも思うし、少女の首に巻きつきたくも思うし、はらりと落ちてそのまま置き去りにされたくも思う。
 リボンはある瞬間、少女の手から半ばだけ離れ、その端だけを地面に降ろし、地面と少女を繋げた。少女は立ち止まり、リボンの意思を見下ろす。リボンのすぐそばには桜の木の根があった。もちろん少女も桜の木の下に死体が埋まっていることは知っていた。
 少女はしゃがみ込んで、地面を指でこすった。数度こすって、今度は爪を立てた。
 地面を掘る。
 少女には地面を掘り起こす技術も荒ぶる才能もないので、爪の間には土が入り込み、そのうち数枚かの爪には血が滲んだ。
 やがて汚れた白い骨に、赤い指が触れた。リボンはちょうど彼女の頭蓋骨が埋まっていたところを指し示していた。少女の口元が綻び、また少し爪に血を滲ませて、彼女の頭蓋骨が掘り起こされる。
 少女は立ち上がり、頭蓋骨を胸に抱いた。白い制服が、茶色と赤に汚れた。
 リボンは少女から完全に離れ、頭蓋骨が埋まっていた穴に落ちていた。そのときのリボンは揺れてはおらず、そこに意思があったのかどうかはわからない。それでも少女は、途中で途切れたような彼女の首の骨にリボンを巻きつけ、そこに掘り起こされて間もないやわらかな土を被せた。
 少女は立ち上がり、頭蓋骨を胸に抱いたまま歩き始める。茶色と赤の汚れを落とし、彼女が美しい白い骨になるところを思い浮かべると、うっとりと目を細めて微笑んだ。

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