袖を摘んで少し後ろをついてくる可愛い妹
夜中に小腹が空いて、コンビニへいこうと玄関で靴を履いていると、物音を聞きつけたらしい妹が階段を下りてきた。私を見つけると廊下をぺたぺたと鳴らしながら近寄り、玄関先までくると裸足の指で靴を引き寄せて、「どこいくの?」と聞いた。ついてくる気満々だ。
「コンビニ」
短く答えると、妹は「ふーん」と適当な相槌を打って、「あたしもお腹空いた」と聞いてもいないことを言った。私も「ふーん」と興味のない調子で返しながら、妹の靴のつま先に自分の足を置いて履くのを手伝ってやる。
「荷物持ちするからさ」
「持てないじゃん」
いつもの、と言えるようなやり取りのあと、妹がむくれた振りをしながら身体を捩じらせた。カーディガンの袖が揺れる。カーディガンのボタンは下から三つ目まで留まっている。私は手を伸ばし、四つ目のボタンを留めた。クリーム色のカーディガン。妹が着ている限り、その袖に生身の腕が通ることはない。
「寒っ」
妹は私の背中に張りついて風除けにする。雨上がりで地面が濡れていた。空はもう晴れていたけれど、雨を降らせていた雲も千切れて隅のほうに浮かんでいた。妹は寒いことを執拗に主張する。でもパーカー姿の私も妹と同じくらいには寒いはずなのだ。
あまり意味のない言葉を交わしながら、街灯に照らされた夜道を歩く。主に妹が話して、私が相槌を打つ。信号で立ち止まったときに、ちょうど会話が途切れた。二呼吸ほどしてから、横に並んで立っている妹が「ねえ」と呼びかけてきた。私は「ん」と曖昧に頷いて、妹の前に腕を差し出した。正確には袖口を。妹がパーカーの袖の端を咥える。何年か前にケンカしたときに、「袖を摘んで少し後ろをついてくるような可愛い妹が欲しかったな」と私が意地悪く言った少しあとからこういう習慣ができた。
歩行者信号が青になる。私が先に歩き出し、妹は私の袖を咥えたまま少し後ろを歩く。はたからだとどう見えるんだろう。可愛いというのにはほど遠いだろう。奇妙な二人だと思う。一緒に歩いたあとは妹の涎で袖が濡れる。こういうとき、夜にコンビニとかいくとき、私はパーカーだとか濡れてもいい服を選ぶ。信号を渡るとすぐにコンビニの光が顔を照らした。扉の前まできてから妹は袖を口から放した。
冬の口どけポッキーとオムそばを買った。コンビニを出てから妹はやはり寒いことを主張した。帰り道の途中にあるプライスダウンの自販機であたたかいミルクティを買った。一口飲んでから妹に目をやる。妹が「飲ませないと噛む」と言わんばかりの顔をしていたので。
「熱いから気をつけて」
「うん」
夜で静かだったから、喉を鳴らす音がよく響いた。たびたび憎まれ口を叩く妹だけれど、こういうときは私を信頼しているようだった。こういうときに憎まれ口の仕返しはしないと。無理矢理に熱い飲み物を飲ませたりはしないと。
信頼されたら裏切りにくいものだ。妹は根本的なところで人を信頼する。少なくとも私に対してはそうしているようだった。でも、そうせざるを得なかったのかもしれないとも思う。それしか選択肢がなかったのかもしれない。裏切られないために信頼する。私は妹じゃないから考えたところでどうしようもないことなのだけれど。
「寒い」
妹が私を風除けにする。でもこうやって甘えてきてるのかなという、好意的な考えがないわけでもない。
帰ったらお茶を淹れよう。熱いお茶と、妹はストローで飲むから少し温めに。オムそばを半分ずつ。冬の口どけポッキーをカシュカシュ齧りながら妹に一本差し出す――。
そんなことを考えているうちに、クーッとお腹が鳴った。すると少し後ろを歩く妹が喉を鳴らすような含み笑いをこぼした。わたしの口からは、ふっと短い息がもれる。
空を見上げる。そう高くもない場所に月が見えた。こういう寒い夜によく似合いそうな丸い月だった。
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