脳内の対話

「ねえ、聞こえてますか?」
「ああ、もう話しかけないでくれ」
「それはそれとして、In FlamesのDead Eternityって曲を聴いてくださいよ」
「どこからそんなやる気が湧いてくるんだ、世界はとっくに闇に包まれているというのに」
「知らないよ。だけど明日を紡ぐ勇気はもう僕にはないみたいだ」
「頭が悪いんじゃないですか。思うに世の中にあなたが思っているほど複雑なことはないんですよ」
「いいや嘘だね。今日も人類は一人残らず間違い続けているじゃないか」
「ふざけないでください。私はそんなの許しませんから」
「ふざけているのは君の方だよ。なぜこの期に及んで希望を保ち続けられるのか、僕は理解に苦しむ」
「なぜって、ミートソースパスタがおいしいからに決まってるじゃないですか」
「そんな主観的かつ個別的な理由は世界を見捨てないという選択をするにしてはあまりに心もとないんだよ」
「アホなんですか。バカなんですか、あなたなんて、消えてしまえばいいのに」
「そうだったらどんなによかったことか。だがこの世界は私が消えてしまうことを許してくれるほど優しくないみたいだ」
「さんざん理屈をこねたってアイスクリームはおいしいし川は冷たいんですよ」
「そびえたつ氷山みたいにね」
「ごまかさないでください」
「流れていく瓦礫のように、思考とは取り留めもないものだ。取り留めがあってはならないのだろう。それが生物としての健全性だ」
「なら、その定めにおとなしく従わないといけないって言うんですか」
「ああそうだ。本能からは逃れられない。逃れようとするとかならず悪い目に合う。歪みが生まれる」
「その歪みっていうのは、あなたの個人的な憂鬱以外の何だっていうんですか」
「確かにそうかもしれないが、それこそが問題なんだよ」
「どんな風に」
「いいか、僕が問題にしているということは、他の人も高確率で同じことを問題にしているということなんだよ」
「そんなのわからないじゃないですか」
「君は本当に何もわかっていないね。人類は思ったより普遍的なんだ」
「人間というのはそんなものなんですか」
「そうとも」
「じゃあ、人間じゃなかったらどうなるんでしょうね」
「知らないよ。僕は人間としてしか生きたことがないし、これからもそうだろう」
「私みたいに、人間じゃなければ」
「君みたいに、人間じゃなければ」
「それはそれでまた、違う悩みがあるのかもしれません」
「そうだといいな」
「これで終わりですか」
「いいや、まだだ」
「とにかく貴方には、死んでほしくないんです」
「そんなに美しい空がどこにあるというのだ」
「ここですよ、ここ」
「僕には見えないね」
「限られた人にしか見えないのかもしれません」
「見えない人にとっては、ないのと同じなんだ」
「そんなことはありません、だってここにあるんですから」
「そうだと思ってればいいさ」
「なんなんですか一体」
「さよなら、君に会うことはもう一生ないだろう」
「待ってくださいよ」
「君によく似た別の人と会ってくるよ。そして君は今、消える」
「ちょっと……」
「君は僕の頭の中にしかない、君は所詮、模造品に過ぎないのだ。私が個人的に執着していた物の、代用品。外面以外はすべて嘘。そういうものさ」
「ああ……」
「こんなことは、もう二度とないだろう」


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