国会図書館デジタルコレクションで人探し
1.インターネット以前の時代を検索できる
国会図書館が所蔵する書籍や雑誌をデジタル画像化して公開する「国会図書館デジタルコレクション」は、歴史を調べる者にとって欠かせない存在となっている。わざわざ東京に行かずとも、家で資料を見られるのだから、ありがたい。しかも、このサービスが始まった当初は、タイトルと目次をたよりにページをめくるしかなかったのに、2022年12月の大幅リニューアルによって約247万点の資料の全文検索が可能となった。
この全文検索のなにがすごいのか。一言でいうと、インターネットができる前の情報を検索できるようになったことである。たとえば、人名である。職員録や社員録、在学生名簿、官報などもデジタル化されているため、市井の人であってもヒットする可能性がある。
2.親戚同士が同級生と判明
私の知人、愛知県立大学元教授の加藤史朗さんが、ある日、義理の叔父、武井時紀さんの追悼文をフェイスブックに書かれていた。武井さんは1942年(昭和17)、秋田鉱山専門学校(現秋田大学)を卒業し、理科教員となった。倶知安高校など道内各地の高校を転勤し、最後は札幌新川高校の初代校長を務めた。仕事をしながら道内の地方史を調べ、『聞き書き 砂金掘り飯場』や『さっぽろ雑学ノート』といった著作がある。2017年(平成29)に札幌市内で輪禍にあい、95歳で亡くなられたという。その追悼文に対して、加藤さんの教え子が「私の祖父も秋田鉱山専門学校卒で生きていたら95歳です。偶然のことで驚きました。もしかしたら叔父様と知り合いではないでしょうか」とコメントされた。
こころみに、武井時紀という名で国会図書館デジタルコレクションを検索してみる。すると、『官報 1940年05月07日』がヒットする。武井さんは、1940年(昭和15)4月に秋田鉱山専門学校金属鉱業科に入学していたことが分かる。この頃は、国公立の学校に入学許可が得られた者は官報に名前が掲載されていたのである。一方、教え子の祖父の名、石原良太郎で検索すると、おなじ官報がヒットする。やはり1940年(昭和15)4月に秋田鉱山専門学校冶金学科に入学している。武井さんと石原さんが知り合いだったかどうかは分からないが、同じ学校の同級生であったことは証明された。
3.著名人の無名時代
国会図書館デジタルコレクションでは、著名人の無名時代を調べることもできる。
たとえば、動物作家として有名なムツゴロウこと畑正憲さんの名を検索してみる。「◯畑正憲」という人もヒットするため、識別する必要があるが、1958年(昭和33)の『東京大学一覧』に出てくる「畑正憲」は本人だ。この年の4月に大学院生物系研究科の修士課程に入学したとある。動物学の同級生はわずか6人。著作でも、少人数教育だったと書かれている。しかし、『ムツゴロウの放浪記』にある通り、畑さんは大学院をドロップアウトしてしまう。4年後の1962年(昭和37)から映画雑誌に名が見えるようになる。学研の映画部に職を得たためだ。同年5月の『視聴覚教育』によると、『アメーバの運動』という映画を手掛けていた。1963年(昭和38)4月の『視聴覚教育』には学研映画局の主要メンバーが紹介されており、「東大大学院からスケールが大きすぎて転向した畑正憲」とあるが、もっと詳細に紹介されている人がいることに比べると、物足りない。ところが、1968年(昭和43)に『良書案内 : 教養基本図書700選』に日本エッセイスト・クラブ賞受賞作品としてデビュー作『われら動物みな兄弟』が紹介される。これ以降は、名前の登場する本や雑誌が増加し、作家として大きな存在になっていったことが分かる。
また、作家、松下竜一さんの名を検索すると、歌人の近藤芳美さんが松下さんを評した『アカンサスの庭』(1965年)がヒットする。「稚拙といえばこれほど稚拙な歌はなかろう。だが、ここには歌わなければならない彼ひとりの生活がある」と近藤さんは書く。『豆腐屋の四季』でデビューしたのが1969年(昭和44)だから、それより4年も前である。母が亡くなり、荒れる家庭で父とともに豆腐を作る青年が、朝日歌壇への投稿によって生きる勇気を得たことは、のちのエッセイでよく触れられているが、この書籍からは当時の松下青年に対する評価が読み取ることができて、おもしろい。
もうひとり、ウェールズ生まれの作家、C.W.ニコルさんの名を検索すると、『落葉千枚』(1978年)という聞き覚えのない書籍がヒットする。一般には、ニコルさんのデビュー作は『ティキシィ』(1979年)とされるが、それより1年早い。1962年に来日したニコル青年が空手修行の道に入り、伴侶も得るという自伝的内容で、のちの著作で触れられていないことが多い。東京都東村山市の「英語のおさらい会」が訳し、東村山市立図書館が出版した本なので、広く発売はされなかったと思われる。こんな貴重な作品に巡り会えるのも「国会図書館デジタルコレクション」のよいところだ。
※国会図書館デジタルコレクションへのリンクの一部は、国会図書館の登録利用者でなければ閲覧できない。
※「人を調べる」方法は、ほかにもある。『地方史のつむぎ方 北海道を中心に』第36章で紹介した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?