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夏休みをとる

なんとなくツイッターを眺めていたら、知り合いも関わっている前衛写真の展覧会が新潟市美術館に巡回していて、まだ見れていなかったので、交通費などを調べ始めた。そしたら、東京からだと1万円ほどで行けることが少し意外で、さくっと夏休みをとって行ってみることにした。

新潟といえば、海というイメージがある。小学生の頃は、祖母の実家が新潟にあったから、お墓参りのついでに柏崎あたりで海水浴をするのが夏休みの旅行の決まりだった。あと、あれは夏だったか思い出せないけど、糸魚川沿いの旅館にも泊ったことがあった気がする。川魚を食べたような。

とりあえず、夏の家族旅行といえば、新潟だった。というか、長岡だったのかな。でも花火を見た記憶はない。柏崎の海から山をのぼったところにある座敷の蕎麦屋で、妹と一緒に寝転がって、昼寝をしていたこときの写真が残っている。海水浴場の近くにだけある、昭和のおもちゃを集めた博物館やアンティーク家具のお店にもいつも寄っていた気がする。ガラスでできたイルカを見て、欲しくはないけれど、透明な体のなかを覗き込んだりしていた。

そう思うと、意外と新潟は自分にとって思い出深い土地なのかもしれないと思い始めてきた。家族で海に行くこともなくなると、途端にその記憶が経ち切れてしまうけれど、いまもぼくのなかには確かにお墓のまわりの田んぼやイナゴ、風立ちぬのように飛んでいく麦わら帽子、痛いほどの日焼け、畳の民宿と小さいテレビの映像が残っている。なんだか、嘘みたいな夏休みらしい夏休みが、ぼくのなかの新潟にはあるみたいだ。

前衛写真もいいけれど、自分の夏休みをめぐる旅行にも出てみたくなってきた。実際には、たいしたことは起きないだろうけど、あのときの夏休みは、もうやってこないことを確かめるためにも、新潟へと向かってみよう。

すべてが急だけど、先日スペースで「哲学のテーブル」の長谷川祐輔さんと話していたときに、ちょうど長谷川さんが新潟に帰省されるとのことだったので、日程をあわせて会うことにした。また新潟在住のコイズミアヤさんという作家の方からもスペースの感想とともに連絡をいただいたので合流というか、ありがたいことにほとんど案内していただくことになった。

長谷川さんは彼が新芸術校に通っていたときにぼくは同じゲンロンの批評再生塾に通っていたその際に知り合った。そのあと、長谷川さんは新潟大学の大学院で現代思想を研究して、今年から一般社団法人の「哲学のテーブル」を立ち上げたひとで、コイズミアヤさんは美術作家で、今年は岡﨑乾二郎さんの読者、鑑賞者によるファンジン『ZINEおかけん』にも参加されていた。

日程は仕事の関係で、8月10から12日の午前までにした。10日はひとりで新潟市内をまわる。新潟市美術館以外には今のところ、何も決めていない。その日の晩には長岡に移動して、宿泊。11日は、現地の長谷川さんと、コイズミさんと合流して、コイズミさんの車で長岡市内をまわる。造形大の学生も来るみたい。ツバメコーヒー、Bar Book Box、そして日本海まで。12日は午前中にコイズミさんに長岡造形大学を案内してもらう予定。新潟県立近代美術館も見に行きたいので、時間は要調整。

自分でも柏崎での記憶を頼りに、ざっと検索してみたら、海のあとにいったおもちゃの博物館のような施設は「こどもの時代館」で、残念ながら閉館していた。ガラスのイルカを見たお店は、「シーポートミュージアム」(海の博物館)というらしく、まだ運営されていた。できれば、行ってみたい。そのまま調べみると、痴娯の館やミュージシャン人形館など、珍ミュージアムが海辺には集まっていることがわかった。そうだ、この雰囲気が墓参りのあとの楽天的な、ぼくの海に対するイメージを形づくってたのだと思う。

ちなみに豆知識。横浜美術館のコレクションの一部は、もともと元大光相互銀行頭取・駒形十吉のコレクションをベースとした長岡現代美術館の所蔵作品でした。大光銀行の破綻後、1979年に美術館は閉館し、そのコレクションは日本各地の美術館に受け継がれ、そのひとつが横浜美術館。例えば、フランシス・ベーコンの絵画は、もとは大光コレクションでした。横浜のほかにも新潟では新潟県立近代美術館と駒形十吉美術館に収蔵されているようで、今回はふたつの美術館をまわってみたいと思っています。

まぁ、そんな旅行になると思うので、現地で合流できる方いたら、みなみしままで連絡ください。




 

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