Myuto Morita 祝18周年

森田美勇人さんが、昨日で芸能活動18周年を迎えたらしいです。
おめでとうございます。7ORDERのベーシストであり、ダンサーであり、現在ではクリエイターとしても活躍中。天に与えられたいくつもの才能をじっくり温めて磨く、唯一無二の存在であり続ける森田美勇人さんを私は尊敬しています。

26年という人生のうち、18年も身を置いている世界は、決して楽しいばかりではなかったと思います。 

美勇人くんを語るとき、キミの存在は欠かせません。

キミは、彗星のごとく現れたように見えました。



私の最古の記憶の美勇人くんは、容姿のそっくりな男の子(大森隼くんという名を知ったのはずっと後になるのですが)とちびっこ無所センターを割っていた姿です。その頃の私はNHK「おかあさんといっしょ」と同じ感覚で「少年倶楽部」という番組に夢中になっていました。元気いっぱい楽しそうに踊る美勇人くんは、テレビ越しにも輝きを放っていました。お兄ちゃんたちと「Mis Snow Man」にも抜擢される美勇人くん。お揃いの衣装はひとりサイズが大きくブカブカでした。あんな小さな男の子が頑張っているんだから応援しなきゃ、と思いました。ずっと年上だったのに。
 
そんな美勇人くんがある日、新ユニットに抜擢されました。やっぱり。来る日がきたのです。頑張っている人には必ず陽の目が当たるものなのだと幼心に感じたものです。そのユニットの名は「HipHopJump」。
選抜衣装に袖を通した美勇人くんは、誇らしそうで、大きな目がいっそうキラキラに輝いて見えました。MC席に呼ばれ、ハンドマイクを手持無沙汰にして照れくさそうでした。メンバーは、兄の七光りくん、ハーフ枠、初期にはもう一人ハーフが居た気がします。美勇人くんと、そして、キミ。
毎月見ているうちに私は、なぜか美勇人くんの視点に立ってしまうことまでありました。そんな私から見て、キミは、彗星のごとく現れたように見えました。後から入ってきたはずなのに、気付いたら横に並んでいたのです。
 
安井くんが当時の美勇人くんの生意気さを表すエピソードを話してくれています。中学生の美勇人くんが高校生の安井くんに向かって初対面でいきなり「お前の父ちゃんって有名人なの?」と聞いたことです。私の中ではすとんと腑に落ちます。
芸能界とは、コネという圧倒的な力の前では年功序列も努力も実力も無意味であり、頑張りがそのまま評価されない世界です。理不尽さを目の当たりしてきた美勇人くんが、実力に見合わない場所が与えられている人に何かしらの背景を持つと考えたとして不思議ではありません。その尖った言葉にも、地道に努力を積んできた美勇人くんの自負が感じられます。
 
華々しくお披露目された「HipHopJump」から、美勇人くんの名が消えました。
確か一ヶ月不在を挟んだ翌月の少年倶楽部に、美勇人くんの姿が見えなかったのです。私は、もしかして辞めちゃったのかなと不安になりました。しかしよく見たら、居たのです。その他大勢の衣装に身を包んだ美勇人くんが、選抜されたはずのユニットの後ろで踊っていたのです。その翌月もそのまた次も美勇人くんは後ろの方で踊っていました。
でも不思議だったのです。それまで一緒に活動していたメンバーの後ろで踊っているあなたが、楽しそうにいっしょに歌を口ずさむことが。どこかほっとしたように見えたことが。全く悔しそうに見えなかったことが。
 
美勇人くんになっている自分には、ちょっと理解できませんでした。なんで?悔しくないの??
その疑問が解消されるのは、5年後くらいだったでしょうか。美勇人くんは自らマイクを拒否したのだとアイドル誌で明かしました。誰もが羨むせっかく手にしたマイクを、自ら手放していたなんて誰が想像したでしょう。それでやっとあのほっとしたような表情の意味が理解できました。

決して諦めていたわけではなかったのです。準備できていない段階では披露したくない、それだけプロ意識が高くプライドの高い人なのだとわかりましたが、あなたがマイクを置く決断をした背景に、キミの影響が少なからずあるのではないかと思いました。キミは、親や兄弟が有名人なわけでもなく、ハーフでもなく、特徴的な苗字をもっているわけでもないのに突如カットインしてきた唯一の存在でした。
キミがオーディションを受ける前に様々な準備をして臨んだことを知ったのはずっと後のことです。背も高く整った顔立ち、すでに声変わりまで終え、スマートに何でもこなしてしまうキミはとても年下には見えませんでした。二度も「気になるジュニア」のコーナーで紹介されたことも、大人たちからの期待の顕れのように思えました。

キミが変わらず「少年倶楽部」で活躍を続ける一方で、美勇人くんは主に「PLAY ZONE」という舞台をメインに活動する「TravisJapan」の一員となり、「少年倶楽部」に出演することがなくなりました。
寂しく思っていましたが、やがて番組に復活する時がきます。テレビ越しでしたが客席が歓声でどよめいたように見えました。番組のエンディング曲途中でセンターが割れ、兄組と呼ばれた「TravisJapan」の4人がマイクを持って入ってきた光景は忘れられません。美勇人くんが再びマイクを手にした日です。
普通の人なら一度手放したら二度とその場所に戻れないかもしれません。でも、美勇人くんという人は生まれた川を逞しくのぼってくる鮭のごとく、成長して帰ってきました。あなたは決してその他大勢に紛れられる人ではありませんでした。その光はいくら覆っても隠すことはできず、自然に前へ前へと押し出されてしまうのです。スキルを磨いたあなたはさらに輝きを増して見えました。
 
次に目にするのは、帝国劇場で行われた「Johnny’s World」です。パンフレットでは同じJr.の中でも美勇人くんを含めた6人だけがなぜか少し大きく載っていました。その6人の中に、キミが居ました。

6人は山田涼介くんのソロ曲「ミステリーヴァージン」の専属バックダンサーに抜擢されました。
謎に集められたメンバーだったため、「謎選抜」という名前で呼ばれるようになります。後に映画化までされる「Bad Boys J」というドラマに出演し、CMにも出演、紅白でも大勢のJr.を率いる活躍を見せました。
別々の道を進み一時は遠く離れたと思っていたキミと、長い年月が経てまた交わる日が来たのです。いつの間にか身長は追い越し、キミの隣りに並ぶあなたは堂々として見えました。これまでの道のりはあなたにとって必要な回り道だったのでしょう。

謎選抜」として集められた6人のうち2人は元のグループに戻り、4人が残り、その括りで活動するようになります。真田くんが加わり、新たなメンバーも加えて、今の7人体制になりました。

あの日眩しく見ていたキミとあなたが、同じグループで、同じリズム隊として活躍する未来につながった今が夢のようです。2人の未来がさらに輝くことを、祈らざるをえません。