小説:風船インフィニティ 103-02

「お茶、ご馳走様でした」
急ぎ早に、お茶を飲み干し彼女にお礼を言う。

「こちらこそ、ありがとう。今度お礼に何かご馳走させて」
彼女から、連絡先を受け取り。僕は、そこをあとにした。

幾日か経って、ふと彼女のことを思い出して。連絡をとった。彼女が良く行くという、イタリアで食事をご馳走してもらうことになった。

こじんまりとしたバーカウンターと、小さめの4人がけのテーブルがいくつか。愛想の良さそうな店員が、愛想の良さそうな客と、なにやら楽しそうに話している。良い店だと思った。

「良い店だね」

「まだ、なにも注文していないじゃない。食べてからでも遅くないわよ、その言葉は」

「雰囲気が良いよ。みんな、素直にこの場所を楽しんでいるのが伝わってきたんだ」

サワークリームの添えられた食べ放題のパン。
桃とミントと白身魚のカルパッチョ。
低温調理された、ローストポーク。
白ワインをソーダで割ったスプリッツァ。

ローストポークは、舌の上で蕩けるようだった。

「もう一度、良い店だね。特にこのローストポークは絶品だね」

「良かったわ。いつも1人で来ているから、こんなに、頼めて楽しいわ」

「あの仕事は、1人でやっているの?」

「そうよ。今は日本中で、私1人かもしれないわね。
風船って、膨らむ前と膨らんだ後で、全く違うの。当たり前の事だけど」

風船は、膨らむ前の姿で流通する。彼女は、膨らんだ後の姿を決められる唯一の人だという。ただ、膨らませすぎて割れたからと言って文句を言ってくる人もいないし、実は自分がやっていることは、意味ないことだとも言った。