その家の男 キム・コールマン・フート

“Man of the House" by Kim Coleman Foote

ヴァーナからの電話がかかって来た時、彼のムーは地下室に移ってわずか一週間だった。

 「ジェビー、うちには何時立ち寄ってくれるの?」と、彼女は甘い声で言った。
「あなたの物を庭から動かしてほしいのよ。」

 いやな気分がジェブの胃の中から湧き上がって来た。
彼らが自分たちの子供の時の家から初めて転居して以来、そこには他に誰も住んでいず、彼女はそこは自分のものだと思っていた。
ヴァーナはその固定資産税を払っていたが、ジェブは10代の頃から母親の家計を助けていた。
それにそこの権利は厳密に言えばまだ二人の母親の名前だった。
その事はその場所の権利はジェブにあったことを意味していた。
彼は数十年来庭を物置として使っていて、なぜ今になってヴァーナを悩ませる必要があるのだろうか?
彼女の冬の機嫌を損ねたくないので、彼女の気分はちょっとしたことで腹を立てさせてしまう可能性があるので、彼は冷静に、地下室に荷物を移動することはできないか尋ねた。

 「地下室はもういっぱいなのよ。」
嘘つき野郎め。

 「じゃあ、寝室はどう?」
「寝室も私が使っているわ。」
 「頼むよ、ヴァーナ。ムー(お母さん)みたいに応接間で寝られないのかい?
二階の部屋に二人で移るって言うのははどうだい?」
 「それはあなたには関係のない事よ。」

 両手に汗をかきながら彼は代替案を探した。
フェンスを作ることかもしれないのか?
しかしそのために木材を集めるのに時間がかかり過ぎるだろう。
木だと外観上家にそぐわないだろう。
それに彼女の好みにも合わないだろう。

 「あなたはいつ来てくれるの?ジェブ。」
彼女の言葉は、母親が爆発したときのように、荒々しくなっていた。
「来週私のお友達たちがお茶にやって来ることになっていて、このがらくたを彼女たちに見せたくないのよ。

 彼女の友達たちは前にボクソールの他の人々全員と一緒に来たことがあって庭には来たことがあった。
そして彼女たちのお母さんはそれを決してガラクタとは言わなかった。
彼女ははっきりと誉め言葉を言ったわけではなかったが、彼女はかつて家族と行ったニューヨークにある芸術作品に例えた事も有った。
しかし、美術館でその作品を作ったのは白人で、その分野の芸術家だった。
ジェブは彼の物を芸術だとは思っていなかった。
それらは単に人々がもはや欲しないものだった ― 価値のないものと思っているものだった。
彼がごみ収集人として働き始めた時、彼は人々が捨ててしまった物を見て驚いた。
壊れた椅子、錆びたドアの取っ手、継ぎはぎの当たったタイヤ、へこんだポット、金属のくずや車の部品、廃缶廃瓶。
そのほとんどは人間の様に死んでしまうのではなく、修理し再生させることができた。

 「お母さんムーは僕の物を気にしなかった、」と、彼は呟いた。

 「お母さんは自分の赤ちゃん、ジェビーがやることは何も気にしなかったのよ。」

 そりゃそうだろう:彼女が彼の物を捨てたがった本当の理由はそれだ。
ジェブは彼らの母親があまり彼を殴ったり、金切り声を上げたりしなかったことは認める事はできなかったが、彼は彼らの父親が彼に彼の正当な取り分以上のものを与えたからだと思っていた。
ジェブは実の所老人のムチ打ち台であり続けたのだった。
そして彼らの父親が死んだあとはジェブの意見に従うのは自然なことだった。
結局、ジェブがその家の男になったのだった。

 彼はフェンスを作る案を出すことで、ヴァーナをその問題から引き離そうとしたが、彼女が「ガラクタ」「目ざわり」と金切り声を上げた時、彼らの会話は、ヴァーナが発音すべき語尾のgを発音しない事が増え、金切り声と罵倒の応酬に変わるのだった。
彼女は電話をガシャンと切る前に、「私は明日ダンプトラックをここに持ってきてそれを全部外に持って行くつもりよ、このくそ野郎。」と、言った。

 ジェブは、この嘘つき女王が言う事だからと信じなかった ― 神に誓って、彼女がダンプカーの手配ができると誰が思えるだろうか?
しかし、いつ彼女が要求しているものを証明してくれるよう依頼すればいいのか分からなかった。
その日の午後、彼は彼の最も近しい友達ブッカー、狩猟仲間、かっての仕事の同僚をかき集めた。
彼らがウォルドーフ・プレイスの庭に集まり、彼が人生をかけて集めたものを調査している時、ジェブはヴァーナが奥の台所の窓から覗き見している事に気付いていた。
彼は彼女をにらみつけながら、彼の手伝いをしてくれたお礼に物を選ぶ様に呟いた。

 彼らはめいめいに物を選び、ジェブは縮みあがった、特に彼と同じように回収可能なものに目がない彼の同僚が緑色に変色してしまっている真鍮のベッド枠を指さした時には。
ジェブは彼が去年退職する前に、それを見つけてそれはムーのベッドとしてちょうどいいだろうと考えていたからだった。
彼はムーがそれを断った時は傷つけられた気がした。
彼は自分でそれを使おうと決めたが彼の女であるファイもそれを気にいらなかった。

 ブッカーが要求して、薔薇の花柄のついた陶器の流し台を手放すことになった時も同じくらい彼は気落ちした。
その流し台はバーサのもとを彼の妻が去った週を記念していた。
それはメープルウッドのマンションの前の縁石の上に捨てられていて、彼は地下室の蛇口の所に取りつけようと想像していたのだった。
蛇口には未だに何もついていない。
;バーサがフェイと同居して程なく、ジェブはその家から出て決して家に近寄らなかった。
彼は今その流し台を取り付ける事は意味がないと考えて自分を慰めた。
ヴァーナは彼の持ち物を使うにはにふさわしい女性ではなかった。

 彼らは数時間でジョブのものも含め、何台かのピックアップトラックに全てのものを積みこんだ。
ジェブは先頭に立ち、ヴァーナに悪態をつきながら、短い3ブロックをボクソールの南の外れにある森に向かった。
そこは、彼が少なくともしばらくの間は彼の物を貯蔵できると思っている一つの場所だった。

 フェイがずっと昔、彼は家には何も置いてはいけないと、言明していた。
彼女らが、バーサとの離婚後、一緒に越して来て、彼は古い新聞や雑誌を集め始めたが、それらは冬になると消えてしまっていた。
彼は、自分がそれを捨てたと言っている、フェイに立ち向かった。
ジェブは、彼女の平然とした顔を殴るために手を上げた。
彼のムー同様、彼の半分の背丈しかない彼女は、彼女の両手をお尻に当てて、「あなたは私を殴りたいんでしょ、ジェビー コールマン? 私はあなたのあの奥さんじゃないわよ。
私を殴ってごらん、そうしてあなたの残りのガラクタを積んで旅に出るといいわ。」
彼女は酔っぱらっていたに違いない。
;彼女は酔ったとき以外は決して悪態をつかなかった。
ジェブは怒っていたが家賃を払っている家から出て行けと言う女性を称賛せざるを得なかった。
そう言う意味では彼のムー(母親)にそっくりだった。
フェイは決して喧嘩を売らないヴァーサとは全く違っていた。
なぜだかその事がいつも彼に彼女をもっとひどく殴りたい気にさせるのだった。

 ピックアップトラックの一隊がバムの森に入る時、ジェブは彼らを高校生が ― ある意味彼自身の子供たちも含まれているが ― バス停に行くときに横切った小径に沿って一隊を誘導した。
そこから藪の中に方向を変え、彼のトラックは若木を踏みつぶし、もみじやカバノキをこすりながら独自の道を進んだ。
キャラバンは恋する十代の若者たちのイニシャルやハート形が刻んでない木々のある場所に着いて、男たちは穴を掘り始めた。

 彼らの物を浅い窪みに入れ防水シートと葉っぱをかけながら、ジェブはそれは一時的なものだと自分に言い聞かせたが、心の底では居心地の悪さを感じていた。
もしもそれを言葉にするとすれば、彼はそれを虚無感と呼ぶだろう。
それはまるでバーサが彼らの最初の子供を産んだ時のようだった。
ブッカーと数人の友人たちはたばこ銭になるはずのお金をカンパし、ジェブは、彼らが彼は誇らしいに違いないと言った時、にやりと笑った、しかしもう既に彼に、彼の父に、そっくりのこぶし大の顔を覗き込んだ時、彼はそれが間違っていたと感じた。

庭がきれいになって数日後、ヴェーナがまた電話をかけてきた。
彼女の声を聞いて彼のプレッシャーはさらに高まった。
彼は彼女が、彼がめちゃくちゃにしたと言い出すのを待ったが、彼女は夏の気分だった。
彼はその気分が彼を幾分恐れさせるにしてもそれが好きだった、彼女はとても早口で話し、彼はほとんど理解できなかった。
彼女の嘘もまた壮大なものになった。

 今回は、ヴァーナの電話はジョブが瓶を持っているかどうか知りたがっているという電話だった。
マックスウエル(コーヒー)ハウスのやつだ。
勿論、彼は持っている ― 彼は今森に座っていた。
彼は彼女を怒鳴りつけたかったが、自分は集めるのを止めてしまったと言って、怒鳴りつけるのはやめた、(彼は止めていなかった;彼のキャンプ用ピックアップトラックにはすでに満杯に収集物が詰まっていた)。
彼は彼女が何故それらを欲しがったのかは尋ねなかった。
彼女は63歳で2年間彼と付き合っていたが、ますます変なことにこだわるようになっていた。
彼女の記憶力も無くなって来ていた。
;次回彼女が電話してきた時には、彼女はその会話を忘れてしまっていて、彼女はもう一度ビンの事を聞くのだった。
彼はフェイに電話に出るようにさせた、そして彼女はヴァーナに彼はいない、トイレに行っていると言わせた。

 ヴァーナがボクソール・ダイナーに闖入してきた時には彼は夕食を喉に詰めてしまった。
彼女は彼の居場所をわかっていて ― 彼は彼らの母親が死んで以来毎晩そこで食事していた、 ― が、今まで一度も夕食の時に彼の所に来たことはなかった。
外はとても寒かったし、彼女は半そでの部屋着を着、靴下も履かず運動靴を履いていた。
彼女の白髪の端がスカーフから覗いていた。
彼女は通路を下り、階段を通り、彼の席の彼の反対側に座った。
眉をひそめている彼をものともせず、彼女は意外にも温かい手で彼の腕をとんとんと叩き、ニヤリと笑った。

 「ジェビー、私思っているの:私たちは南に行くべきだって ― あなたと私とロシーヌとアルマで!」
彼女は迫りくる冬から逃れるために急いで歩き、人種隔離が終わって以来アラバマ州とフロリダ州がどのように変わったか知って、家族がこれまで住んでいたすべての町を訪れ、祖父母の墓を見つけて自分たちの墓にやったように目印を付け、そうすれば母親に正式に敬意を表することができるのだった。

 ジェブは首を横に振り、煮込みポークチョップを切った。
彼は彼女が何という惑星に住んでいるのか分からないと思った。
誰も彼女の家族旅行に興味を抱かないだろうし、彼女はそれを知っておくべきだ。
まず第一、彼は庭の件で動揺していた。
彼らの妹ロジーンもヴァーナが家を継ぐことに激怒していた、ロジーンは結婚して家を出ていて、金曜日の夜だけ彼らの母親と喧嘩しに帰って来るだけだったくせに。
末娘アルマは、ヴァーナが過去のくだらないことをペラペラしゃべるのを聞くたびに、そんなことをほじり返す事はくだらないことだと、不満を言うのだった。

 彼女たちの誰もヴェーナのように過去の日々にしがみついてはいなかった。
多分それは彼女が最年長で一番多くの事を覚えていたからだった、彼女は彼らが南部を離れた時には8歳だった。
ニュージャージーを去り、過去に起こった事を共有していた唯一の大人は彼女たちのおじいちゃんだった。
ヴェーナは聞いただろうが、その白髪の男はジェブや彼の妹たちを彼の霞んだ眼で幽霊に見間違えて怖がらせるだけだった。

 さらに、ヴァーナは南部に言及することがジェブに長い攻撃の演説に駆り立てるのを知っていた。
市民権運動の混乱の間に、彼はテレビや新聞で白人がいろいろのやり方で有色人種を取り扱った事を見て激怒したのだった。
リンチ、爆弾、デモ行進、放水、犬たち ― それはまるで他の国で起こっている事のようだった。
その後彼らの家族がニュージャージーにやって来た理由があった、少なくともそれが真実だとしても、というのはジェブはヴァーナが彼女の夫に話しているのを聞いているからだ。
:アラバマのドーサンの保安官が、白人の婦人の物干しからブルマを盗んだ「背の高い黒人」を探し始めたのだった。
彼らの父親、おじさん、おじいさん、いとこ、全てがその痩せた背の高いという描写にぴったりで、殺されるのを避けるために北へ向かう夜汽車に乗ったのだった。

 ヴァーナはケチャップの瓶を掴んで言葉を話すたびにテーブルの天板にたたきつけた。
: 「そして、私たちはエイブ叔父さんを探せるのよ、彼がまだ生きているか分かるのよ。」

 ついにジェブは彼女が発しているものを感じて、震えた。
彼が叔父さんに最後にあった事は彼の心に刻み込まれていた。
:あのブロックのように冷たい日、1920年の12月、彼らの父親の棺がユニオンを超えて数分車で東に走った、ハリウッド墓地に降ろされた時だった、それ以来、誰も彼らの叔父さんの噂を聞いたものはなかった。
ジェブはどれほど彼を捨てた叔父を恨んでいたかを思い出して身をよじっていた。

 ヴェーナは「お母さんと昔の人々はいなくなってしまったのよ。
誰がここに私たちを留めて置くと言うの、ジェビー?」

 彼女の目は輝きを失い、涙ぐんでいた。
彼女の涙と気分の変化にどう対応すればいいのか分からず、ジェブは自分の皿を見つめ彼の残った食べ物をつつきまわしていた。
彼は彼女に何時も後ろ向きに振り返ることを止めるように言いたかったのだ。
彼女は自分の子供たちや孫たちを、彼以上にたくさん持っていた。
彼女の娘たちはウォルドーフ・プレイスから数ブロックの所に住んでいるのに、彼の子供たちはボクソールどころかこの郡外に住んでいて、彼からずっと離れたところに行っているのだった。
彼を訪問してくれたのは5人のうちたったの2人だけだった。
しかしながら、彼の彼らの母の扱いを思うと、彼には当然の報いだった。

 ジェブが狼狽して食事の代金を払おうとしていると、ヴェーナは立ち上がって咳ばらいをし、旅行の計画を説明し始めた。
彼女は瓶のラベルをはがしながらノースキャロライナで立ち寄って一泊することを提案した。

 「そこから私たちの最初の目的地はキャンベルトンにするべきよ。」と、彼女が言った。

 「そうだ、そうだ、」と、ジェブがポークチョップを嚙みながら言った。

 そこは彼らの家族がフロリダで連続して住んでいた場所で、彼女の話の中で触れないではいられない町の一つだった。
しかし、ジェブは、彼女がエイブおじさんからの手紙を見つけたと言った時には、又、ほとんど息が詰まりそうになった。
それは数年前の事で、それにはキャンベルトンの消印が押されていた。
彼女は母親の遺品を整理していて見つけたんだと言う。

 ジェブのこめかみに怒りが走った。
なぜ彼の母親は彼にその事を告げなかったのか?
彼は何時も母親に彼の叔父さんから頼りはないかと聞いていたが、母親はいつもないと答えていた。
彼は叔父さんは死んでしまったに違いないと信じ始めていた。

 「キャンベルトンは車で通り過ぎるのに1分もかからない大きさよ、」と、ヴァーナが両手でケチャップの瓶をいじりながら言った。
「覚えているでしょう、ジェビー?」

 彼はため息をつき、食事に戻った。
彼女にはその答えが分かっていたのだった。

「彼を探そうと言うのは冒険かもしれないけど、自分がドライブをするのは好きだってことはわかっているでしょ、ジェビー。」

 彼はボロボロにはがれた瓶のラベルを見つめ、再び輝きを取り戻したヴァーナの目を見つめた。
彼らの叔父が生きて彼らを待っていたとしても、ヴァーナと彼のトラックに閉じ込められると言う考えは彼をわくわくさせなかった。
全く。
彼は最後の肉片をアップルソースに浸し、彼女に考えてみるよと言った。

実際、それが彼が次の週やれるすべての事だった。
彼の友人たちとトランプをやっている時、彼らは彼に会話を続けさせるために大声で彼の名前を叫ばなければならなかった。
彼はぼーっとしていて、彼の叔父さんの事を回想していて、その記憶が今まで以上に鮮明になるのだった。

 彼はエイブ叔父さんを彼の父親同様背の高い静かな男として記憶していた、ただしおじさんは笑顔を絶やさなかった。
彼の奥さんは笑うと歯を見せる健康な女性だった。
彼らは月に一度オレンジから馬車に乗って、2人の子供、ジェブのおじいちゃん、彼のレストランで使うために卸で買った桃、スイカやキャベツを一杯積んでボクソールにやってきたものだった。

 彼らの子供たちは何時も彼らの母親のように笑い、走り回っていた。
ジェブと彼の姉妹たちは彼らの叔父さんが彼らのいとこを彼らの父親の様に叩いたり怒鳴ったりするのではないかと恐れて身を硬くしたものだった。
あるとき、ジェブは彼の傍に別の少年がいると言う事に興奮し、彼のいとこのヘンリーとかけっこをしたいと言う誘惑に勝てなかった。
そしてジェブが勝って、良い気分だった。
彼は学校では、競争の時にのろますぎる事や、直ぐ喧嘩をする姉さんがいる事でいじめられていたのだった。

彼とヘンリーが家の周りを走っている時に、ジェブは石炭を落とす落とし口につまずいて彼の半ズボンに黒いしみを付けた。
彼の父親は飛び出して来て拳骨を振り上げたが、アイブ叔父さんの影が彼らの上に落ちて横切った。
「リー、その子をそっとしておいてやれ、」と彼が言い、彼よりも年長で背の高いジェブの父親はその場を去った。
ジェブは後で、父親から彼を髭剃りを研ぐためのベルトでたたかれると言うことで、その付けを払う事になったが、父親がこそこそ逃げ出して行った時のさまを思って何時もにやにやした。

 その後、彼の父親の埋葬があった。
エイブ叔父さんがフロリダに帰ると言う事を葬儀の後墓地で言った時、ジェブは泣きだした。
エイブ叔父さんは自分は多くの死を見てきたと言った。
彼の北部での、この二年間にも満たない間に、彼の最も親しい人々が死んだのだった:
まず彼の父親と妻、その後彼の娘の赤ちゃん、そしてジェブの父親。
ジェブは8歳だったので、彼の涙をこらえるには充分な年齢だった。
彼の父親は涙をこらえられる年齢だと言う事を覆してしまった。
エイブ叔父さんは彼に青いハンカチを手渡して彼の肩を叩いて言った、「頑張って乗り越えたね、ジェビー。今やお前は家長だ。お前の母親と彼女たちのために強くならなければならない。」
ジェブは自分をこの馬鹿な女どもの家から自由にするため、エイブ叔父さんにフロリダに連れて行ってくれと頼まなかったことを悔やんだ。

 その記憶はジェブにファイに隠しておいた彼の防火処理をした箱をくまなく探そうと言う気にさせた。
そこには幸運の釣り針や彼の乳歯、ムーのトウモロコシの皮のパイプ、彼の祖父が、マサ・サイラスには秘密にしておくんだよと言いながら、彼にそっと渡してくれた、表にインディアンが描いてある1ペニー金貨の様な、彼の私的なものが入っていた。
隅っこにあるのはエイブ叔父さんのハンカチだった、今や古びて灰色になっていた。
それはジェブが集め始めた一番最初のものだった。

 人種隔離のニュースを見ると、ジェブは叔父のことを思い出すのだった。
いわゆる約束の地を知っていた黒人が、なぜそんなところに戻るのかと不思議に思ったものだ。
彼のムーの死後、ジェブは理解したのだった。
;彼女の存在が無ければ「故郷」は何処にも感じられないのだった。
その事は彼に喪失感にも同じ感覚が生じたのではないかと疑ったので、彼女に彼女の旅行計画を進めるように電話をかけた。
多分彼女はここを去ることについての正しい考えを持っていたのだ。
そして、10年前にジョンソンが人種差別について署名したあの南部は今どうなっているのだろうか?

 彼はなぜ彼の叔父さんが北部は有色人種の多くの手助けをしてくれたが、充分ではないと言っていたのかが分かった。
彼の父親と他の有色人種の男たちは工場で仕事を得て小作農をしていたころ以上のお金が得られたが、ジェブは彼の知っている黒人の女性で白人の為の家政婦ではない仕事についているのは、奴隷時代同様、片手で数えられるくらいしかいない事を知っていた。
彼のムーも実際、死ぬまでその仕事をやっていた。

 彼自身に関しては、彼のムーは彼に医者になれるよう一生懸命勉強しなさいと言っていた。
彼は数学が好きで、ボクソールの彼の白人の教師たちは大工になることを考えてはとアドバイスした。
その後、暗黒の火曜日ブラック・チューズデイがやってきた。
ジェブはお金を稼ぐために学校を止めた。
彼ができる最良の仕事はごみ回収業だった。
彼が一緒に働いていたイタリア人の少年達はどうだったかだって?
学校中で多くが同じ状況だった。
母国から新しく来た人の中には仕事を始めようにも英語がほとんど話せないものもいた。
しかし彼らは二倍の給料を稼ぎ運転手として雇われた。
フィオレリ氏はジェブと他の有色人種たちの仕事ぶりを誉めはしたが、彼らはトラックの後ろに留め置かれたままだった。
数年以内に、船から降りたばかりの貧しい白人たちはトラックの一団を息子達に譲る余裕ができたが、ジェブは彼のコールマンと言う苗字を付けてやれただけだった。

彼が仕事を終えて彼の人生でほとんどを費やして貯金して得た主なものは一個のピックアップトラックと釣り用のボートだった。
それとみんながゴミだと言うもの。
ヴェーナの次の電話は ― 彼はまた自分で出始めていたのだが ― 旅行計画をしっかりしたものにするためのものだった。
彼女は最初にクリスマスの時期あたりに行くと言った。
次の案は正月の第一周だった。
新年の直前、彼女は原因不明の病気で倒れ病院に行った。
ざっと計算してみてもエイブ叔父さんは90歳ぐらいに違いない。
もしまだ生きているとすれば、もう長くはないに違いない。

 ジェブは叔父さんの手紙を探すためにウォルドーフ・プレイスへの数ブロック車を走らせた。
彼はムーの結婚指輪も探そうと望んでいた。
それは恐らくヴェーナの酷い滑りやすい指のおかげで、ずっと昔なくなっていた。

 家の横には空き地があり、家はどうしようもないほど狭く見えた。
ジェブのものがあった所には背の高い細い草がびっしり生えていて、あちこちに土塊があった。
裏手にあるあるみすぼらしい樫の木は既に葉を落とし、その下にスペアタイヤを置いてない事で、より裸に見えた。
全体の場所が墓石がむしり取られた墓地の様相を呈していた。

 身震いしながら、ジェブは家の中に走り込んだ。
静けさが彼を混乱させた。
そこが人で満ちていた時にはヴェーナと彼の子供たちがそこを出入りしていたのだ、時にはロシーンも。
彼のムーが寝室として使っていた、応接間からはレスリングか野球の試合の模様が鳴り響いていたものだった。
彼女のパイプから出る甘い煙が空気を満たしていたものだった。
その匂いは今や無く、彼が最後の訪れて以来、ヴェーナは新しい家具を買っていたのだった。
全ての窓辺や棚には彼女の陶器や真鍮の人形、歴史の本、挨拶状であふれていた。

 ジェブは応接間から探し始めたが、そこには長くは留まれなかった。
ヴェーナは彼らの母親の折り畳みベッドを取り去り彼女のベッドを動かしていた。
それはほとんど、まるで彼らの母が存在していなかったようだった。
上の階の寝室は、ヴェーナが彼に語ったのとは違い、空だった。
そこをうまく使えたかもしれなかったのにと思いながら、怒りを抑えながら地下室への階段を2階分下りた。
家の唯一のトイレを通っていると、彼は膝をぶつけた。
ドンと言う音がした。
彼は不器用にトイレの電球を灯け、息をのんだ。

 そのジメジメした空間は、嗅ぎなれた炭塵の匂いと共に、箱、瓶、木箱でいっぱいだった。
彼は赤ちゃん人形の服やミニチュアの家具の入った箱の一つをひっくり返してしまった。
それらはヴェーナの家政婦の給料にしては高価すぎるものだった。
ジェブは母がヴェーナの盗みについて長々と話していた事を思い出して、舌打ちし首を振った。
物を移動させてていると、お目当てのものが見つかった。:彼のムーの古いトランクだ。
急いでそれを開けて、驚いて跳び上がった。
それを見て、幽霊だ、と思った。
彼は自分にそんな臆病者になるんじゃないと言い聞かせたが、後ずさりしながら彼の心臓はバクバク言っていた。
中に入っていた青白い笑顔のない顔を見て、彼は苦笑せざるを得なかった。

 それは彼の父親の母、アデレードの大きく引き伸ばした写真だった。
それは応接間に彼の父親とおじいちゃんの写真の横に飾ってあったものだったが、他の2つもトランクの底から見つかった。
ジェブは彼の父親が、今見るととても若く見える事を知って心が震えるようだった。
ジェブは今や30年近く彼より長生きしたのだった。
一方、彼のおじいちゃんの顔は昔から老けて見えていたものだった。
今や彼らは頬と額に同じ皴があり、口髭が伸び、白い綿の様な頭髪をしていた。

 ジェブは急いで写真を置きトランクの中のその他の物を探した。
エイブ叔父さんの手紙も彼のムーの結婚指輪もそこには無かった。
そこに残っていた私物はムーの眼鏡と医療用の薬だった。
彼は眼鏡をコートのポケットに入れた。
彼はヴェーナのような泥棒ではなかった。;彼はそれを法定相続財産だと考えていた。
家だけでなく今や庭まで要求しているヴェーナが何故それらを必要としているだろうか?

ジェブは一つの箱の中に手紙を見つけて有頂天になったが、最初のリボンで結ばれた辞書のように厚い束は彼の叔父さんからのものではなかった。
それはヴェーナの夫が第二次世界大戦の間ずっと兵役についていたころに書かれた手紙だった。
底の方でキャンベルトンから来た手紙を見つけた時には、ジェブの胸は高鳴った。
そこには1932年の消印のものが4つあった。
ジェブは、それを見て直ぐに眉をひそめた。
それはイブと言う同じ名前の男からの、ヴェーナへのラブレターだった。
「結婚といえば、」と、彼は書いていた、「君は準備ができたら家に帰るって言っていたよね。」
彼女はその当時から嘘をついていたに違いない。
ボクソールにあるパラディーノバーのようなハーレムのナイトクラブにしょっちゅう言っているような彼女が田舎者を自称する男に何の用があったと言うのだろうか?

 ジェブは舌打ちし、彼女は夏の気分でこれらの手紙をエイブ叔父さんからの手紙と間違えたのだろうかと思った。
それとも、それは彼女の夫が死んでしまった今、フロリダで見つけようと希望した彼女の農夫のエイブで、彼女はジェブを誘うために叔父さんの名前を使ったのだったのだろう。

 彼はなおも探し続けた。
他のいくつかの箱は彼にとって何の意味も無いものだと明らかになり、単に奇妙な感じを感じさせるだけだった。
例えば「重要!」と書かれている物。
それはいろいろの形と大きさの違った青い瓶のキャップ。
別の物は、枕用の羽毛をサランラップで包んで広口ガラス瓶メイソン・ジャーに詰めたものだた。
彼が「ボクソール・ディナー」と読める剥がれたラベルのあるケチャップの半分入った瓶を見つけた時が、去るべき時間だった。

ジェブは州間高速道路 95 号線を南に向けて走っていた、彼はその事を誰にも告げなかった、フェイにもブッカーにさえも。
そのニュースは必ず病院のベッドにいるヴェーナに届くだろうから、そうして彼は、彼女の状態を動揺させたくはなかった。
彼はみんなにはコネチカットに釣りに行くと告げていた。

 ジェブがジョージア州のコロンバスからアラバマに入った所で一車線になり、前を走る灰色のビュイックが30キロ以上では走らなくなった。
しかし彼はあの「カントリ-ロード」をハミングで歌い始めた。
ヴェーナの話しの中には錆びた色の埃については何も言及していなかったが、それは彼に彼の前を走っている車のバンパー(のナンバープレートの州名)を見る以上に感銘を与えた。
広大な青い空だ。
なだらかな緑色の丘とどこまでも続く松の木。
毛むくじゃらの樫の木から垂れ下がるスペイン苔。
道の横の看板には、ゆでピーナッツと豚足の広告。
ニュージャージーとは大違いだ。
ヴェーナは綿花畑についても言わなかった。
彼らの家族は奴隷時代とそれ以後その仕事についていたに違いないが、白い綿毛が頑固に散らばっているその耕された畝は、ジェブの心を奪った。
それは初めて経験する一月の暑さと湿度に酔ったという事でもあった。
それは彼のポリエステルのシャツを通して沁みこんできて、南キャロライナあたりで車の窓を下ろさせた。
その天気だけでも彼の叔父さんを帰る気にさせたのかもしれない。

 ヴェーナは彼女の話しで荒唐無稽な言葉で人をじっと聞いているようにさせることはできなかったが、ジェブはもし彼女がこれらの親密な詳細さに触れていたら、彼女たちがやって来た場所をもっと深く知ることができただろうに、と思った。
その代わり、彼女は彼が生まれたと言うアラバマの町のような名前にこだわった。
それは彼女はそれを「遠慮がない」カンディッドのように発音したがスペインの首都(マドリード)と同じ名前だと言った。
それは道路地図上には載っていなかった ― 驚く事じゃない。

 フロリダのキャンベルトン ― 道路標識によれば、人口316 ― に入った時には彼は口元をほころばせた。
道の横の一つだけのヤシの木を見ながら彼はヴェーナの夕食で示した子供っぽい歓声を感じていた。
彼は今までに個人的にはヤシの木を見た事はなかった。
一見偶然見たと言う感じだったがそれは彼が到着したという直接的な声明だった。

 木の横には小さなレンガ造りの平屋建ての建物があった。
手描きの標識はそれが郵便局で市役所だと言っていた。
ジェブがほとんど空っぽの駐車スペースに車を止めた時、オーバーオールを着た白人の老人がトラックを覗き込みに歩いて近づいてきた。
ジェブは頷きながら手を振った。
その男はにらみつける事でジェブに応えた。

 ジェブは、彼が単に気難しいだけで、KKKの会員証を持ったメンバーではないと自分に言い聞かせて神経質に含み笑いをしたが、助手席の前にある小物入れからブラシをとり出す彼の手は震えていた。
彼は鏡を裏返しほくろの付いたキャラメル色に焦げた肌、胡麻塩頭と言うより縮れて唐辛子色の頭を見つめた。
彼は今までに一度も白人の南部人を見たことが無かった。
州間高速道路 95 号線沿いのガソリンスタンドの従業員は全て有色人種だった。
ここでは白人は彼を単に不要な人と見るだろうか?

 彼は自分の髪を好感度が上がるように整え、寝ぐせを落としウエイブの中に入れた。
シャツを真っ直ぐにした後彼はピックアップトラックから脚を踏み出して降りた。
彼はほとんど息ができなかった、それは湿度の為だけではなかった。
彼は2つのドアを見たがどちらのドアから入ればいいのか分からなかった。
ついに彼は郵便局の方に決めた。
もし彼の叔父さんが生きているなら、彼は未だに郵便を受け取っているに違いない。

 中では白人の農夫のように見える男が郵便局員と笑いながら話していた。
その局員がアフロヘア―の有色人種の少女だったことに驚いた。
彼女は彼にバーサを思い出させるような色黒でがっちりした体格の黒人だった。
バーサはここ30年ほど会っていなかったが、未だに書類上は彼の妻だった。
彼の胃は彼がバーサの家族が、アラバマ州で約30分ほど車で行ったヘッドランドにあったと思い出した時、キリキリと痛んだ。
彼はポケットの中の糸くずを探りながら、彼女がジェブや彼のムーの事を彼らに手紙で書いたことがあったのだろうかと考えた。

 郵便局員は彼を見てほほ笑んだ。
ジェブがカウンターに歩み寄るとその白人は彼の小包を持ったままそこにいた。
ジェブはその男の視線が彼の頭から靴まで這うのを感じた。
彼に背中を向けながら、ジェブはコールマンの名前について言いたくないなあと思いながら躊躇していた。
彼の心のどこかでその少女がバーサと関係あるはずがないと知っていたし、自分が裂けられない事実を遅らせようとしている事に気付いていた。
:彼の叔父がもはやキャンベルトンに住んでいないか、もしくは死んでしまったと言う事を。

 「こんにちは」と、彼はボソッと言った。
ガソリンスタンドの南部人が極端に礼儀正しかったのを思い出して、「奥様」と行け加えた。
「私はある人を探しています。多分あなたは知っているでしょう。彼の名前はエイブです。」

 その白人が低い声で言った。
「アイブ何て言うんだ?ここにはエイブはたくさんいるよ。」

 俺はお前には聞いてないよ、貧乏白人。

 彼は、自分がペラペラしゃべり出したい衝動を抑えられたことを自分に感謝しながら、シャツのポケットから古い灰色のハンカチを取り出した。
「ここはニュージャージーじゃないんだ」、と彼は自分に思い出させた、
「南部に下ってきた初日に自分を追い込むんじゃないよ。」

 ほつれたハンカチの布に指をあてて読みながら、彼は彼の叔父さんの名前を何とか絞り出した。
その白人がジェブに彼の叔父さんが死んだと言った時には彼は息が止まった。

 郵便局員は首を振った。
「違いますよ、ヒンソンさん、エイブ コールマンは旧ミルロードのあたりに住んでいますよ。」

 その白人は肩越しに親指で後ろの方を指さした。
「ラバーン、昔はその男が高速道路でピーナッツのスタンドをもっているのを毎年見たもんだよ。一度なんか彼を轢きそうになったぜ。」
彼は自分をジェブの視界から隠した。
「彼は俺と同い年ぐらいだって言わなかったっけ?」

 ジェブの口は、彼が釣った多くの魚の様に大きく開いた。
彼の顔からは涙が落ち始めた。

 「彼は死んでいないわ、誓って!
彼は只もう外に出ないだけよ。
彼は私のお母さんの聖書研究会でドリーンと会って結婚したわ。」
彼女はジェブをちらっと見て、左の方を指さした。
「2区画上がった所よ。線路を過ぎて3,4軒行った所よ、右側に明るい黄色の家が見えるわ。見逃すはずはないわ。」

 彼は彼女にお礼を言って立ち去ろうとした。

 「あのー、あなたはコールマンさんの親戚なの?」

 彼は立ち止まった。
「いや、ちょっとした関係者です、マダム。」

 白人の女性がベビーカーに荷物を積んで入って来て、ラバーンに手伝いを頼んだ。
ジェブはそこをすり抜けて外に出てピックアップトラックの方にかけて行った、彼の膝はガクガク言っていた。
彼は駐車場所を出ようとして、駐車場に入って来るピックアップトラックと衝突しそうになった。

 彼のバックミラーに写った顔は白人で怒っていた。
その顔はトラックから顔を出して「ちゃんと前を見て運転しやがれ、ニガーめ!」と、叫んでいた。

 変わっていない事も有る。

「はいはい、何か御用ですか?」

 女性の声は柔らかく優しかったが、彼女はどっしりした体で出入り口をふさいでいた。
彼女の年齢ははっきり識別しがたかったが、90歳の男と結婚しているには若すぎるように見えた。
彼女は柄物のスモックと裾を短く切ったジーンズを着ていた。

 フライドチキンの匂いが嵐の雲のようにジェブを襲い、フェイの匂いと同じくらい良い匂いがした。
彼のお腹がゴロゴロなった。
彼は、彼が夕食に出かける為自分の靴を履いて出かける時、フェイが彼らの台所でふくれっ面をしているのが見えるようだった。

 彼がしゃべり始めるとき、彼はまるで自分の長男の様にどもりそうになった。

 「私はエイブ・コールマンがここに住んでいると聞きました。」

 彼女は身動きしなかった。「そうですが?」

 彼は咳ばらいをする必要はなかったが、そうした。
「私は彼のおいです。ニュージャージーから来ました。」

 彼女は口に手をやった。
彼女は玄関に踏み出して来てジェブを彼女の豊満なプヨプヨの胸に引き寄せ、彼の腕を固定した。
彼女の頭はほとんど彼の胸にくっつきそうだった、その頭はフェイの頭の様にダックスポマードにきつい匂いがした。
彼女は満面の笑顔で彼を解放した。

「まあ、なんてことでしょう、素晴らしいわ! 北部にまだ家族がいるなんて知らなかったわ。私はドリーンよ、彼の奥さん。入ってちょうだい。」。

 彼女はドアを大きく開け、ジェッブは眉を上げた。
彼は南部のおもてなしについて聞いていたし、たとえ車でさえもドアを閉めるなんて聞いたことが無い時代に育ったのだが、他人が彼をこんな風に招き入れたことは今までに経験したことはなかった。
彼はドリーンに対して居心地の悪さを感じた。
彼女は彼が自分で言っている通りの人間であるか疑いを持つべきだった。
それとも、多分、彼女は彼が中に待っている男そっくりだと分かったのだろう。

 彼はおぼつかない足取りで廊下を通った。
その暗さに慣れるのにしばらくかかった。
その後、ジェブは彼を見た:
一人のシナモン色の男が揺り椅子に微睡んでいて、彼の顎には涎が滴っていた。
彼はオーバーオールと白い長袖のシャツの中で溺れそうだった。
キャンベルトンの男たちはみんなオーバーオールを着ていたんだろうか?

 その男は、彼の叔父にしては余りにも弱弱しかった。
多分、キャンベルトンには複数のエイブ・コールマンがいるのだろうか?
しかしジェブが上品にしつらえられた部屋を見回した時、彼はソファーの上に大きな枠に入った絵を見つけた。
笑っていない女性 ― 肌は白人と言ってもいいくらいに、もしくは幽霊のように見えるくらい青白い。

 「良い絵でしょう?」と、ドリーンが言った。
「それは彼のお母さんなの。」

 「知っています。アデレイドですね。私の祖母です。」

 ドリーンは目じりにしわを寄せて笑った。
「あなたは本当に親戚なのね。」

 彼女は老人の方に歩いて行き彼をゆすって目覚めさせた。
彼は周りを見回し、呆然としていて、椅子のひじ掛けを掴んでいた。
彼の眼はまるで猛禽類の目のようだった。
その眼がジェブに向けられた。

 「それは誰だね、リーニー?」

 ドリーンは彼の耳に大声で言った。
「あなたのおいっ子よ、あなた。」

「なんて言ったんだ?」

ドリーンはジェブをちらっと見た。
「あなた、名前は何ておっしゃるの?」

男は彼女を押しやって、目を細めて立ち上がった。
ジェブは彼の頭の上がよく見えた。
彼はなぜ彼の叔父さんが当時自分よりずっと背が高いと思っていたのだろうか?
彼は後ずさりをし、息が止まる思いがした。

「お父さんなのかい?」と、その男は言っている。

ドリーンが申し訳ない顔をした時、ジェブは口ごもった。
「彼は、彼が最近会う全ての人を自分のお父さんだと思っているの。」

 彼女は男の腕を掴んだが彼は彼女を振りほどいた。
「私は誰が私の父親だか知っているよ、リーニー。」

 ジェブは自分のかかとが入り口のドアに当たってハッとした。
彼はそれほど後ずさりをしていたとは気づかなかった。
老人は彼に向かってきた。
ジェブの湿った手をしっかりとつかんだ。
彼の肩に頭を置いた。
頭は驚くほど重く熱かった。
ジェブの目は潤み、かれはそれはオールドスパイス(アメリカのP&G社が販売する男性用化粧品のブランド名)のせいだと自分に言い聞かせた。
彼はオールドスパイスが嫌いだった。

 鋭い痛みが彼の胸の左側にやって来た、ちょうど彼の鎖骨の下だ。
彼がもしかしたらそれは心臓発作の最初の兆候かもしれないと心配するよりも早く、ドリーンがベルを鳴らして彼を驚かせた。
それと同時に老人は彼の手を放しドリーンの方に歩きだした。
彼女は彼女の夫を廊下に連れて行きながら、ジェブにそこにじっとしているように合図した。

ジェブはアデレードの石のような冷たい視線が見つめる下で長椅子にドカッと座って彼のシャツをちらっと見た。
そこには老人の頭で付いた半月形の汗の跡が付いていた。
彼の心臓に痛みが増し、心臓はより速く鼓動を打っているような気がして、より汗が出てきた。
彼はポケットからエイブ叔父さんのハンカチを取り出して、喘ぎながら、それをじっと見つめた。
彼の叔父さんは彼が覚えているようでは全くなかった。
彼の叔父さんは、多分全く彼を、過去の事を、覚えていなかった。
叔父さんは、ジェブに、叔父が多くの喪失の重荷を背負ってどのように生きてきたかを話すことはできなかった。

 ドリーンはスリッパをはいて部屋に歩いて戻り、揺り椅子に掛けた鍵編みで編んだひざ掛けを真っ直ぐに直して、自分のベルが毎回魔法の様に効くのよ、と言った。
それはエイブを落ち着かせ、夕食の準備ができている事を思い出させた。
彼女はジェブをちらっと見て、口をぽかんと開けた。

 「準備できた?名前、何でしたっけ?」

 彼は自分の顔を拭き、目を合わせるのを避けた。
「ジェブです。」

 「何か食べ物を作りましょうか?」

 「食べたばかりです。」
彼はゆっくり呼吸しようとした。
「彼はどれくらいこんな具合なんですか ―」
彼は頭の横で指を動かした。

 ドリーンはため息をつきロッキングチェアーに座り、それを揺らした。
「これは十年前に起こったの。
だけど、医者は健康状態は良好だと言っているわ。
今でも外のピーナッツをチェックするために、毎日夜明けに起きているわ。」
彼女は自分の小さな手を見つめながら、笑った。
「あなたは彼が行くのに立ち会うべきだわ。
そのために彼はあなたが来た時に眠っていたのよ。」

 しばらくの沈黙の後、ジェブは「で、彼は私たちの事は話さなかったのですか?」

 ドリーンは目を背けて、首を横に振った。
「いいえ、彼はニュージャージーの事についてあまり多くは話しませんでしたし、私も彼に無理に話させたくはなかったの。
彼はたくさんの死と悲しみを残してきたと言っていました。
私はみんな死んでしまったと思っていたの。」

 ジェブはハンカチを畳んだり開いたりしながら顔をしかめた。
ドリーンは沈黙を守った。
ジェブは彼がキャンベルトンで今までに経験したことについて考えながら、自分の次の質問をまとめるのに苦労した。
:駐車場にいた偏見を持った男、南部連合の旗、街の住人が、彼が電車の線路を横切ったとたん白人から黒人に変わった事。

 「彼にこの場所に落ち着かせたのは何だろうか、何だったのだろうか、何だったと思いますか?
つまり、私たちはある意味北に行ったほうが良かったという意味です、しかし・・・」

 彼女の顔に笑顔が広がり、彼女を少女のように見せた。
「そうね、彼は私を見つけたのよ。」

 嫉妬交じりの罪悪感の様なものが彼に湧いて来た。
彼は顎を動かしフェイの事を考えた。
フェイ ― 彼女は彼と30年、その前はバーサと暮らしていた7年間のほとんどは彼の不倫関係の女として家庭を共にした。
フェイは、彼が夕食を食べない時でも料理を作り続けた。
彼は彼女が自分に新しい彼女がいるのではないかと疑っていたが、彼の本当の旅行計画を彼女と共有することで彼女をなだめようとさえしなかった。

 そしてバーサ ― 彼女は彼を怒らせようと言う感情を抱かせる気持ちでいっぱいにさせたものだった。
それは彼に彼の気持ちをムーの気持ちよりも優先させ、彼はそれに慣れていなかった。
彼はバーサと同様激怒したものだったが、彼は彼女と別れてから一度だけ再会した。。
 
 彼をどこかに留まらせる力を持っていたのは、たった一人の女性 ― 実際たった一人の人物 ― は彼のムーだった、そして彼女は死んでしまった。
彼は彼の眼の中に突き刺すような痛みを感じ掌の中でハンカチを丸めていた。

 「お疲れでしょう、ジェブ、ずっと運転してきて。
お客さんは予定していなかったけど、好きなだけ泊って行っていいのよ。
裏に余分な部屋があるから。
泊まっていくんでしょ、そうしなさいよ?」

 彼のは心の中でいいえ、と叫んでいた。
しかし彼は自分の年齢を思い出していた。
膝の事を除けば、彼は自分が16歳だった時と何も違いは感じなかったが、自分がどれほど疲れているかを認めざるを得なかった。
ここから数マイル以内にはホテル、いやモーテルでさえ無いだろう。
彼は自分の旅行計画でそこまで考えたことが無かった。

 「はい、泊まります。ありがとう、奥さん。」

 彼はトラックから宿泊用のバッグを持ってきて、ドリーンの後に続いて廊下を歩いて行った。
彼は彼とヴァーナの物と同じような所蔵物が無いかと周りを見回したが家は空だった。
家具がほとんどなかったので声が反響するぐらいだった。
ドリーンが彼を連れてきた奥の部屋にはツインサイズのベッドと木の椅子アイロン台があった。
1つしかない壁の装飾品は木の十字架だった。

 ドリーンは部屋が散らかっている事を謝ったが、ジェブにとって唯一の散らかっているものは椅子に置かれたカナディアンシャツとベッドの上に畳んで置かれた服だけだった。
ドリーンはそれをアイロン台の上に移した。
彼女は後ろ手にドアをそっと閉める前に、浴室は台所の横の応接間の上にあると言った。

 かれがベッドに座ろうとすると、その上の鍵編みのキルト布からかび臭い匂いがした。
彼は両手で頭を抱え、老人ボケしたおじいさんについて考えた。
多分、彼の父親も長生きすれば耄碌していただろう。
彼は何時の日か遅くない時期に自分にも同じことが起きるだろうかと思った。

 それ以上のけっして答えられないだろう様な質問が彼の心の中を駆け巡った。
なぜ彼の叔父か家族を残していないと嘘をついたのだろうか?
彼はニュージャージー以降、人種差別とどのように対処したのだろうか?
彼の叔父さんが彼をフロリダに連れて行っていればジェブの人生はどんな風になっていたのだろうか?

 バーサと同棲することもなかっただろう。

 ジェブは彼のムーが彼女を好んでいないことを理由にそうしたので、彼は一度は自分自身で意思決定したかったのだった。
何故なら、彼の息子が生まれる前にはウォルドルフの家で、彼が唯一の男性だった間、彼のムーは決して家庭を統率することを止めなかった。
彼の母親はバーサの前で彼をいじめるような態度をし、人生で初めて彼女に怒鳴った。
バーサが出て行った後は、ジェブは子供たちが、いつお母さんは帰ってくるの、と聞き続けるのに耐える事ができなかった。
その事が、彼がフェイの所に移った理由だと彼は友達には言っていた。
本当の理由はもっとずっと恥ずかしいものだった。
:彼とムーの間にバーサがいなければ、かれは自分の拳骨を母親に向けていたかもしれない、ちょうど彼の父親がそうしたように。

 エイブ叔父さんは、多分彼の女性を殴らなかっただろう。

 しかし、バーサがいなかったら彼の子供たちは存在しなかった、と、彼は自分に言い聞かせた。
そして子供たちのは、ほとんど接触を取らないが、彼らの訪問は父親としての仕事がそれほど悪くはなかったことを思い出させるのだった。
彼は子供たちに服を着せ食べ物を食べさせ、2人には高校を卒業させた。
彼らは全て仕事についていて、娘たちの誰も家の掃除をしていなかった。

 そして私は十中八九、正に今オーバーオールを着ている所だっただろう。

 彼は忍び笑いをし、涙を拭いた。
彼は又、多分、農場を持っていただろう。
彼はごみ清掃人にはなっていなかっただろう。
不要なものの価値を学ぶこともなかっただろう。

 そう考えると、彼は家に帰りたくなった。
彼は彼の収集物が森の中で朽ちていっているのが見えた。
彼の胃袋がグウグウ鳴り、彼はボクソール・ダイナーのハングリーマン・スペシャルのことを思い出した。
彼が本当に欲しかったものは、フェイのフライドチキンだったのだ、と彼は思った。
彼の膝は彼女が作る南部風の軟膏を求めて痛んだ、それはベンゲイ軟膏の匂いなしに彼の関節を冷やし落ち着かせてくれた。

 彼は自分のバッグを掴み、ベッドから起き上がり、休んだ。
彼に落ち着かない感覚が襲ってきた ― それはまるでウオ―ルドルフの何もない庭を見た時のような感覚だった。
カナディアンシャツをバッグに詰め込もうとしたとき、彼はヴァーナが赤ちゃん人形の家具やケチャップのボトル、ムーの結婚指輪を同じようにしているのを思い浮かべた。
彼は、髭剃り跡の香りがわずかに残った柔らかい赤い素材を指で触り、ヴァーナがなぜ盗んだのかを突然理解した。
そして彼は泥棒ではなかった。

 彼はカメラの事を思い出し、シャツを椅子に投げ出し、バッグの中を探し始めた。
彼は家に帰ったらすぐにヴァーナのために話をでっちあげよう、と自分に言い聞かせた。
彼は、叔父さんはフロリダに落ち着くことは難しく、病気の為もはや彼らの所を訪問できず、彼の世話をする良い女性を得たと。
もしジェブが本当の事を話せば、ヴェーナは彼が叔父さんとある歴史的な詳細を隠していると考えるかもしれない。
彼女が自分で彼に会いに来るかもしれない。
ジェブは、彼女が失望するのを避けたかった。
それと、彼女が何か盗みをしないかもしれないなんて誰にも分からない。

 彼はフェイと彼の友人たちには、その熱さとみんながどれほど親切であったかに焦点を置いて、本当の話、その赤い土、綿花の孤立した玉、どこにでもあるオーバーオールの話しをするだろう。
彼は彼の子供たちにも話をしている時のことを考えると彼の中に感情の高まりがわいてきた。
次に彼らがフェイの所を訪れた時、フェイは彼に最近釣った鱒や彼が倒したクマやシカについて話すように促す必要はないだろう。
それらの話しは、彼の子供たちを彼らが目を開けたまま眠っているように見えるようにさせた。
ジェブはエイブ叔父さんについては子供たちみんなが進んで聞きたがり、彼の子供たち全員にさえ話そうと思った。
結局、その男とは、彼らの叔父さんでもあったのだ。

 彼は部屋を出て台所で彼女の夫と対面してフライドチキンとマッシュポテトを食べているドリーンを見つけた。
老人は沈み込んで柔らかないびきをかいていた。
ジェッブを見つけてドリーンは自分の唇に指をあてた。
彼女はつま先立ちに部屋を出て、ジェブも彼女の跡をついて居間に入った。

「すべて大丈夫?」

 ジェブは火照り始めた喉を咳払いをして。
「私はもうお邪魔します。」
彼は彼女の大きく開けた目を無視した。
「太陽が完全に沈んでしまう前に出るのが一番いいんです。
でも、行く前に彼の写真を撮ってもいいですか?」

 「いいの?もう外は真っ暗よ。」

 「ええ、フラッシュがありますから。」

 ヴェーナが確固たる証拠を要求することが分かっていたので、彼は祖母の写真の入った枠を指さした、彼女は自分以外の話しにはいつもそれを期待するのだった。

 「それに、私はお祖母ちゃんの写真も入れて写真を撮りたいんです。」

 ドリーンは彼に変な表情をしましたが同意した。
彼は写真を動かして外に運び出した。
彼の子供時代の家の様に中庭は家に沿ってあったが、同じ造りは家の末端で止まっていた。
そこには白い砂があって、草は生えていなかった。
家の後ろに大きな樽が置いてあって、「ピーナッツ売っています」と書いてある表示板が付いていた。
生け垣が中庭と向こうの畑を隔てていた。

 ジェブは、アデレードの写真をドリーンが運んできた椅子の上に置いた。
彼女は中に戻り眠そうな様子のエイブを外に連れ出した。
彼女はジェブのポラロイドカメラにポーズを作るようにエイブに合図をしたが、なぜ彼女が彼らに加わろうとしないのかを聞くかのように、エイブはしかめっ面をしていた。
彼女が近所の人を呼びに出て行った後、ジェブは涎掛けからパンくずを払っている老人をちらっと見た。
ジェブは自分の喉の奥に答えの出ない質問を感じた。
彼はポケットから灰色のハンカチを引っ張り出して、それでエイブの関心を引いた。

 「いいかい、」と、彼は言った、彼の声は枯れていた、「思い出さないかい ― 」

 老人の額にしわが寄ったが、顔を上げて、彼は隣に起こった大騒ぎを見て笑った。
ドリーンが、彼女と同じくらい背の低い、肌の黒い少年と一緒に庭を横切って来ていた。

 「リーニー、私の子供とそこで何をしているんだ?」

 ジェブの胸に痛みが戻って来た。
ドリーンは彼らが写真を撮っている事を優しく思い出させた。
彼女は彼を椅子の近くにポーズを取らせ、その後ろに彼女も立った。
ジェブは反対側に立った。
少年は「チーズ」と言うように言ったがジェブは口の端を上げるためのその動作を自分でやることはできなかった。
カメラは3枚の写真を吐き出した、フラッシュを焚いたが暗く、誰も笑っていないのは明らかだった。
彼らの表情は正にアデレード同様冷静だった。
ジェブはポラロイド写真の内の一枚を、彼のトラックに方に歩いてきている「長生きしてくださいね。でも私には分かりましたよ。奥さんと子供がいるんでしょ?」と言っている、ドリーンに渡した。

 彼は靴で小石をつつきながら頷いた。
はい、だけど・・・

 「それは良いわね。
私は亡くなった最初の夫との間に息子がいたわ。
彼の魂に祝福があります様に。
エイブが彼の2人の息子を埋めなければならなくはならなかったら、よかったのにね。
私が彼にもっと子供を産んであげればよかったんだけど、私はそうするには年をとり過ぎていたの。」
ジェブは彼女の目が潤んでいるのをちらっと見た。
彼は彼女にハンカチを押し付けたが彼女は手を振って彼を見て笑った。
「ご家族を大切にしてくださいね」

 彼の喉は火のように熱かった。
彼女を見る事ができず、トラックに乗り込んで、「私にはそもそも彼らが何故北部に行ったのか分かりませんでした。
彼はあなたに何か話しましたか?」

 「そうそう。私はもう充分は覚えていません。
ご存じかしら、あの頃、ワタミゾウ虫が穀物やいろんなものを壊していたの・・・
本当の所、お分かりでしょ?
彼は何か言っていたと思いますよ・・・
誰かが彼と彼の父親を白人の庭から衣類を盗んだと言って糾弾したのかしら?
何かそんな風な事でしたよ。」

 ジェブは眼を見張った。
ヴェーナは嘘をついていなかったのか?
彼は自分の目を濡らすような笑い声を上げた。
ドリーンは困った顔をしていたが、彼の笑い声が嗚咽に変わったので、さらに困惑した。
そこら中涙でいっぱいだった。
彼の眼からこぼれている。
彼の口の周りを伝わっている。
彼のヤギ髭に留まっている。
急いで立ち去ろうとエンジンをかけようと慌てたが、彼は鍵を落としてしまった。
彼の必死の指がカギを見つけた時には、エイブ叔父さんはドリーンと窓の所に立って、青い縞模様のハンカチを差し出した。

 口を開けて、まだ胸を高鳴らせて、ジェブはそれを受け取った。

 「大丈夫だよ、」と、彼の叔父は言った、彼の眼は潤み始めていた。

 ジェブの首に寒気が走った。
多分記憶喪失のあとの彼の叔父の心が過去を回想したのだろう。
しかしその後、エイブはアデレードの写真を見て、「お母さんは死んでしまったけれど、お前は大丈夫だ、坊や。」と、言った。

 ジェブは彼の唇が引きつって下がっていくのを感じた。
老人は肩を丸めて泣き始めた。
ドリーンがそっとエイブをトラックから離し、ジェブに行くように合図をした。
ジェブは片手にハンドルを握りもう一方の手で顔をぬぐいながら庭を出た。
彼の嗚咽がすすり泣きに変わった時、彼はハンドルの上の両手を見て、両手にそれぞれハンカチを持っている事に気付いた、一方は古く一方は新しいものだ。
彼はあまりにも長くそれ等を見つめていたので危うく車線をはみ出しそうになった。

 彼はそれらを自分の耐火箱に加えようかとも考えた。
考え直して、それらが後で彼にすでに忘れたかったことを思い出させることに気が付いた。
:子供の頃彼を救い出してくれなかった叔父は今でも彼を救う事ができない。
彼はヴァーナの事を思い出した時、それらを窓から投げ捨てて、過去を、永遠に、南部に置いて行こうとも考えた。
そのハンカチは彼女にとって何か価値があるだろう。

アラバマに入るとすぐ、道路の真ん中で急ブレーキをかけて、ハンカチをシャツのポケットにたくし込んだ。
彼の後ろの車が彼の車の周りで回転し、クラクションを鳴らした。
彼が道端に彼が見たと思った物をリアミラーを覗いて見たたとき、彼の心臓はバクバクいっていた。
彼は急いで路肩により、トラックからヨロヨロと出て、彼のバッグを探した。
彼はカメラを手にして数歩後ろに走った。

彼の目の錯覚ではなかった。
そこにはあったのだ。
道路わきの小さな金属製のプレート標識。
:マドリード、人口202人。
彼はポラロイドカメラを向けて写真を撮ったがフラッシュは作動しなかった。
ジェブはカメラを振り、フィルムパックを全部使いきるまで何度も何度もシャッターを押した。
フラッシュは点かなかった。
全ての写真がほぼ真っ黒の状態で出てきた。

                 <終>

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