「空洞」グレッグ・ジャクソン

「空洞」グレッグ・ジャクソン
The Best American Short Stories 2022  The New Yorkerより

ジョナ・バレンテはジャックと彼の大学の級友にとって一人の楽しみの対象物であり、多分他の人々が今までにないくらい楽しみの対象物であり続けた人物だった。
突然壁を突き破ってしまいそうだと想像できるような種類の、不格好で強烈でいかつい体格の若者で、彼は学校でフットボールの試合に出るように勧誘される様な、学業的な成果はとても上げられそうもない、それができるなんて誰もが信じていないような、とてもぼんやりした生徒の特性を持っていた。
バレンテの名声、彼をキャンパスの人気者にしたものは、キャンパス内の小集団、多分50人ほどのクラスメートの内の一人で、彼はより大きな複雑な性格を持っていて、より広範な複合的な性格を定義する生徒の団体はそれ自体理解されるのだが、彼が大学に二年生の時に突然、絵を描くために、急にフットボールクラブを止めたことによる。
その情熱は、どうもひたむきな熱心さは、彼らの誠実さを装う事を知っている、彼のより洗練された級友たちを困惑させた。
バレンテが彼の専攻を変え、フットボールチームを止め、太陽の光に酔った蠅のように、ビジュアルアーツ部門を徘徊する麻薬中毒のグループと付き合い始めたとき、学校新聞は彼の独特の変貌を特集し、彼はボサールパリ古典美術野郎と言うあだ名を頂戴した。
これはB.Aと省略され、その後バア、バレンテ、バレンチーノ、髭クジラ、単なるクジラ、そして全く異なる経路からピカソと省略された。
一年後、絵画の奨学金でフィレンツェで夏をすごしたのち、バレンテは学校を退学になった。
その時の噂によれば、彼の除名は麻薬が関係していたが、バレンテは友人たちには彼がフットボールを止めたことに対する学校側にやり方だと言い続けていた。
ジャックには判断の材料はなかった。
そんなことは気にもしていなかった。
結局、人は自分の級友についてはほとんど何も知らないのだ、彼らの本当の生活、失望、希望を、そして知っていた事の大部分は噂にすぎず、しばしば怪しげなものであり、幾分空想的でさえあった。

 卒業前の怠惰で穏やかな日々の中で、ジャックはバレンテの事を正に一度だけ考えたことがあった。
彼は友人の談話室で王冠型の彫り物を見上げてゆったりと横になっていた時、彼は人々がバレンテの事を「クジラ」と呼んでいたのは、単にある単語の連想パターンの為だけではなくヨナの話しに関係があるのだと気が付いた。
この洞察が彼の中に灯った時、それは一瞬深遠な言葉では表現できないような意味を持って輝いているように思われた。
その後、彼はそれを忘れてしまった、そしてもし数年後、彼が彼らの共通の友人ダニエルに従って、田舎に引っ越さなかったなら、多分バレンテの事も忘れてしまってだろう、バレンテは彼の母親とともにそこに住んでいたのだった。
ジャックの家は車で30分のその隣の県にあったが、彼はそこでは新人でまだ他の人を知らなかった。

 彼はソフィーとともにそこに越してきたのだった。
「ソフィーが選んだんだよ、」と、彼は人々に冗談交じりに言っていた。
実際、彼らは一緒にその選択をした。
しかしその後、町を離れてその家を買って、彼は新しい仕事を立てつづけに失って、さらにソフィーを失った。
彼女は仕事(大きな金融会社)のために彼のもとを去らなかったが、彼女は彼の新しい仕事が好きではなかったか、彼がそれが好きだとも信じていなかった。
明らかに彼女たちの田舎での新しい生活も好きではなかった。
時には彼女は自分自身の事をジャーナリストと呼んだが、それは全く正しいと言うわけではなかった。
彼女はノンフィクションを書いた、かのじょはその分野で学位も持っていたが、彼女は稀にしか雑誌の記事を書かせてもらっていなかったし、それを仕上げるのにも苦労していた。
彼女の中に何か情熱が欠けていたのだ、彼女自身が最初にそれを認めていた。
彼女が消化できる以上の物に噛みつき、何か月もそのプロジェクトに潜り込み、その後自分が麻痺し一言も書けなくなるのだった。
ジャックはずっと昔に彼女に助言することを諦めていた。
彼は単に自分が金を稼ぐことを考え、彼女は彼女の時間をどう使いたいのかを分かるだろうし(わからないかもしれないが)、いずれにせよ子供と家庭、庭、友人たち、休暇などなどを持つのだろうと思っていた。
家を買うのに1年のほとんどを使った。
その後、4週間以内にすべてが崩れ去った。

 ソフィーは自分の彼に対する気持ちは変わらないと言ったが、彼女は今や分かっていた 、彼女の中から彼女がとても表現できない力と共に湧き上がってくる ― なにかがまちがって、彼女にとって悪い、どちらにせよ彼女たちの前に計画した新しい人生がとても始まりそうもなく、もし今逃げ出さなければ彼女は二度と出る事が出来なくなるだろうと。
ジャックは彼らの生活はまだ始まったばかりだ、と指摘した。
しかし彼女は揺るがなかった。
「私は自分のことは分かっているわ、」と、彼女は言った。
「一度私が落ち着いてしまえば、私が子供を産み休みを持てば、私は決して去らないでしょう。」
彼女は正確には絶望しているようには見えなかったが、あたかも彼女は彼の言葉が彼女を下に抑え込んでいるような状況の中に溺れているようだった。
「お願いだから」
彼女は自分の指を彼の小手の上に置いた。
そして彼は異議を唱えなかった。
人には猶予を与えた方がいいのだ。
彼らがあなたの所に帰ってこなかったか、彼らは彼らの混乱と苦痛の中に消えて行ってしまったかのどちらかだ、と彼は推測した。
彼が好みではない人々が十分なロープを与えるようなものだ、と彼は考えた。
ソフィーにしても、それはいつもの優柔不断、いつもの軽はずみさだった。
というのが彼の信じる所だった。

家は郊外を抜けた町から川をさかのぼった小さな村、トレヴィにあり、絵のように美しく趣があっり(そのヨーロッパ的な名前ほど壮大ではないにいても)、おもな通りに沿ってマメナシの木が植わっていて、春には通り中に、空中に雪の様にその花びらがいっぱいになる。
その街の名前の由来となっている、蜘蛛のような形の脚を有する給水塔は水の汚れが灰青色の塗装を錆びさせており、二階建ての家やブロックづくりの店先や店を小さく見せていた。
数年前、ある地元のひょうきん者がこれにトレヴィの泉と洗礼名を付け、そしてもっと最近では近くの大学の友達のグループが町の中心部にある使われなくなった銀行の建物を買い、同じ名前でカウンター式軽食堂を開いたのだった。

 トレヴィは町の北側の線路に沿っていて、どちらの方向に行くにも30kmはある、そして当然この事はこの地域ではどこにも見られない、ジョナ・バレンテが母親と住んでいるロック・ベイスンにはない、ある種の豊かさと世界主義コスモポリタニズムをもたらしていた。
最初は、ジャックは仕事に電車を使おうと計画していた。
彼は失業した時、短期間だけタボール・インベストメンツに勤めていた。
その前は検事局で5年程過ごし政治的な経歴を積んでいると思われていた。
しかし、彼は自分でそう言っていたのだが、その生活に燃え尽きたのか、とにかく、家族を持つことを見越して、もっと楽な地位になるだろうと信じたものにつく書類にサインしたと信じていた。
多分、彼の新しい雇用主は彼のこの仕事に対する解釈に同意しなかった、というのは、彼がボスにビジネス・ニュース・番組でへまをやって機会を与えたとたん、彼らは彼を首にするのにほとんど時間を費やさなかった。
いや、彼らは彼に脅しをかけたのだった。
彼は留まろうとして戦う事ができたが、その代わり、高慢で、優越感に満ちた彼は、彼らのハッタリをかわし、それを実行に移させたのだった。

 家は19世紀初頭の農家で何年も修理し拡張し、新しい様式に会うように真っ黒の空に映える煙のような色の、ダークグレーに塗られた。
それはよろい下見板が貼られ、金属の屋根で、小さな畑と、古い石の壁の壊れた鶏小屋と、小さな小川と蔦と花のあるほぼ私有地が付いていた。
主要道路に向かって、ペンキの塗ってない納屋があった。
ジャックはそこに落ち着くために家具をたくさん入れ、修理をし、ちょっとした修正をしガラス窓を入れ替え、建築業者と、庭師と植栽専門家と鶏小屋、裏白サトウカエデ、ピンオークの木をどうするか話し合い、自分自身が無気力を克服できると確信した。
彼はほとんど自分自身で皿を洗うために持ってくることや、生ごみを出すことをする気分にはなれなかった。
手紙は玄関の椅子の上に開かれることなく積み上げられた。
少し前までは、彼は、弁護士や水回りの専門家、浄化槽の建築家、電気配線業者と保険代理人と電話で話し合う発電機だった。
彼は井戸や滲出場所、紫外線水浄化システム、汚水ポンプ、パイプ接手、発泡スチロールの絶縁、複雑な免税と固定資産税のスケジュール、屋根板の寿命、屋根のアルミ塗装、タンクの浄水バッフルろ過について学んだ。
バッフル(当惑する)、彼はその言葉が好きだった。
それがまさにその事を言っていた。
ついに、彼は単にやめてしまったのだった。

 学校時代からの彼の友達、ダニエルは、ジャックの心の状況は正に理にかなっていると言った。
「何てことだ、全ての事を考慮に入れても。酔っぱらって、寝て、」と、彼は言った。
「フランス人なら娼婦を買いに出かけるだろう。」
ジャックがダニエルに電話をかけたと想像されていたが、もはやそんな風には感じられなかった。

 彼はソフィーの消息を知らせるために電話をしたのだった。
ダニエルは成功した雑誌のライターで、ソフィーがしばしば専門的な助言を求めるために頼る人物だった。
事実、学校新聞にバレンテに関する記事(「若きラインマンとしての芸術家の肖像」)を書いたのは彼だったし、今度はジャックにヴァレンテに指輪を渡すよう言ったのはダニエルだった。

 「ソフィーから何か連絡はあったか?」と、ジャックが聞いた。

 「ソフィー? 彼女は大丈夫だ。彼女は自分の両親の所に泊まっているけど、君は知っているって思っていたけど。」、と言ってダニエルは突然笑った。
「僕が最後に彼女と会った時は彼女はバーを飲み歩いていて、彼女にメールをくれる男どもを待ちながら、メモを書いていたよ。」

 ジャックは冷静に答えた。
「男どもって?」
 「デートかな?僕にはわからないよ。彼女は本を書いているって言っていた。
最近のデートについての、とういかデートアプリについての。何かそんな風なものさ。
彼女は「出会い系」とか言っていたっけ。」

 「分かったよ。じゃあ、彼女は外で売春しているってわけだ、」と、ジャックが言った。

「そうだよ、楽しんでいないのはお前だけさ。」

 ジャックは彼女がバーで座って、物思いにふけり、白昼夢を見ているるように、日記帳に屈みこむ時に、彼女の黒い髪が彼女の顔にかかる姿を思い描くことができた。
彼女がそこに座っているというイメージが、むしろ当惑させるよりも心を痛めるものであると言う考えに気が付き、彼は驚いた。

 彼が電話で連絡を取った時も、彼は、「で、僕は君が外で売春してるって聞いたんだけど。」と言った。
 
 彼女はこれを聞いて笑わなかったが、疲労か苛立ち、それともその両方を示す音を発した。
「ダニエルはあなたに何て言ったの?」

 ジャックは会話について不正確でおおむね想像に基づく説明をした。
彼はソフィーを傷つけたくなかったが、その時、彼は粗野で時には意地悪になりたい気分になっていた。
それが彼の中で抵抗し難い圧力の様に湧き上がって来て、むき出しの心の暗い現実を見えないようにする純然たる不誠実さの背後に作られているのだった。

 彼が話し終わった時、ソフィーはしばらくは沈黙していた、そしてその後、「私はあなたに自分の事を説明する習慣を身に付けたくはないの。
だから説明はしないと思う。」

 「もしそれが自由であるのなら、それは自由であるかのように感じられなければならない。」と、彼は提案した。

 「そんなところね。」

 その後、何もすることが無くなったので、彼はヴァレンテに電話をかけた。
「なんてこった!ジャック・フランシス?」
おいおい、バレンテなのか ― あの同じ深みのある、こだまするような、興奮し安い、声だった。
「おまえ、電話してくれて嬉しいよ、」と、バレンテが言った。
「お母さんには頭に来ているんだ。」

その空洞に気が付いたのはバレンテだった。
これは彼がジャックと酔っぱらって過ごした、最初の訪問の間にではなかった。
ジャックは彼にソフィーの事、地方検察局、民間の事務所への短期間の進出 ― つまり彼が人生を追い込んだと思われる一般的な袋小路への進出について話した。
しかし、大部分はバレンテがここ数年間、心と体をアルバイトの仕事に置きながら、彼の芸術的経歴を軌道に乗せようとして費やしたことについて話すのを聞いていた。
バレンテは家のペンキ塗りの仕事に雇われていたが、今は彼は川向こうのカトリックの大学で女子ラグビーチームのコーチをしていた。
その週は学校は春休みだった。

 彼らは勿論、大学について話し合った、そしてジャックは彼らのこの時の記憶が一致していない事に気付き愕然とした。
彼はこの事に驚くべきではなかった ― バレンテはたくさんの奇妙なことを知っていた ― しかしそれは2人の人間が同じ経験を生き、それほど違うように理解すると言う事を知る漠然とした不安を覚える事であった。
ジャックは、彼が最初は大学であらゆる人々に興味を抱いた ― ユニークで特別で並外れた将来を約束されているように見えた ― しかし、彼らは退屈でありきたりであることが判明し、彼は自分自身もまた同様に退屈でありきたりである事が分かったと言った。
バレンテは同意しなかった。
彼は級友たちはひどく風変わりで、自分たちが退屈でありきたりであるという考えにしがみついて、地球から滑り落ちないようにしているのだと考えていた。

 「自分を見て見ろよ!」と、彼は叫んだ。
「君は灰色の縞柄のスーツを着た人間になろうとして、あの詐欺番組で生意気な口をきいて首になったんだ。」

 これは一部しか当たっていなかった。
ジャックは、あの運命の日、テイバーが取引していた中国企業の収益の数字について、度なしメガネだと思われる眼鏡をかけた成長した子供が、過呼吸を起こしているのを聞いていた。
その男がその会社の過小評価に実質的に息をしないで目をむく間に、売り買いのメーターを示す表示が「売り!売り!売り!」と点滅し ― そしてジャックはこのおしゃべりにうんざりして、ティーバーとこれらのショーに出る事の期待に気分が悪くなり、ジャックの中の小さな悪魔が、感知できないほど微細な薄笑いを浮かべ、「そうだぞ、イエスだ、もしその指標を信じるのならば、」と言った。

 それは言い過ぎだったかもしれないが、彼は彼の上司にティーバーがどの会社と一緒に動いていたか混乱していたと言う事もできた。
かなりあり得ない事だが、彼らは彼にワンストライクを許しただろう。
そうする代わりに、彼は単に、「あなたは本当にその数字を信じますか?」と言った。
時には彼は彼の正しさと他の人々の不誠実さをはっきりと感じ、息ができない程だった。

 彼とバレンテはジョナの除籍の後遺症も、違うように覚えていた。
バレンテは彼を復職させるためにある種の一般的な運動が起きたと信じていた。
ジャックはその種の事は何も覚えていなかった。
彼はバレンテについてのジョークや、彼らの以前の級友たちに関して明らかの何かがあったのだから、もし明確な示唆ではないにしても、同様に、何かがあったに違いないとという感覚は覚えていた。
バレンテに関する神話が、彼らにしては予想できないくらいに、彼のいない間に湧き上がったが、彼はそのほとんどを忘れてしまった。

 ジャックとバレンテはジャガイモとクレマチスの茂った棚の下の戸外に座っていた。
ジャックが焚き火台に火を点けると、薪はぱちぱちと音を立て火花を散らし、花や蔓を揺らめかせた。
バレンテは彼のお気に入りのファン・ゴッホの自伝を読みなおしていると言い、ヴァン・ゴッホは暗闇を昼よりもより色とりどりに生き生きと見たと宣言し、その芸術家は夜に彼の麦わら帽子のつばに、ロウソクを灯して絵を描いたと言った。
「僕の中に偉大な火が燃えているのだが、自身を温めるために立ち止まるものは誰もいない、」と彼は話した。
「彼らは通り過ぎて、煙がたなびくのを見るだけだ。」
それがヴァン・ゴッホだった。
バレンテは反り返って空を仰いだ。
彼は大学時代から上背を失ってしまっていて、今やほとんど痩せこけていて、強烈な浮き彫りのようになっていた。
光と影が彼の顔の窪みと骨を目立たせていた。
彼はジャックにフランスの絵画コースの夏季プログラムのためにお金をためていたと言った。
何処にでもあるくだらないプログラムじゃないんだ、と彼は言った。
本当の師匠に習えるんだ。
そして、彼らは全ての有名な場所にも連れて行ってくれたんだ。:オーヴェール、アルル、サン・レミー。
しかしそれは高くて彼は彼の母親と暮らさなければ充分お金を貯める事ができなかった。
彼は作品を見せていたのだろうか?
ジャックは知りたがった。
ロック・ベイスンにカフェがある、と、バレンテが言った。
たいしたものではなかったが、小さなギャラリーがあって、彼はそこに作品を出していた。
彼はジャックにファン・ゴッホの最初の公共の展示は、デン・ハーグで金を借りていた画材屋の窓で行われたと言った。
ヴァンゴッホはその男に自分の絵を何枚か展示するように言い、もしそれらが売れたらその金を借金の返済に使うつもりだと言った。
まあ、それは売れなかったし、それを見た画商たちも気に入らなかった。
バレンテは笑った。
「それは単に君を示しているだけだけどね、」と、彼は言い、暗さ以外何もなく微笑んだ。
「誰でもどこかで始めなきゃいけないのさ。」

「おい、お前の家の真ん中には何が有るんだい?」

 これがバレンテが3度目にジャックを訪問した時に言った事だった。

 ジャックは彼にビールを手渡し冷蔵庫からもう一本、自分の分をとり出すために引き下がった。
「真ん中ってどういう意味だい?」

 バレンテは、自分は夜中に、ジャックの家が何か問題があるという、奇妙な直観を抱いて目を覚ましたと説明した。
「俺はその事を考えながら歩き続けたんだ。一階を一周するようにね。
そして、どの部屋にも属さない場所があることに気付いたんだ。」

 ジャックは首を振った;彼には理解できなかった。
バレンテは彼に教えてやるよと言って、なぜそうなのかを示しながら、家の中の閉鎖された部分にジャックを連れて行った、そこは6つの隣接するどの部屋にも属せず、君は何も変だとは気づかず、そこが階段の柱の一部だとさえ思っていたかもしれない。
それは一つの部屋より小さく、彼は推測したのだが、隠れた衣料収納庫又は食糧庫かもしれないし、それとも、多分使われなくなった煙突の換気シャフト ― しかし、2階や地下室には、歩いたときそのような垂直の要素はなかった。

 バレンテはジャックに巻き尺とペンと紙を用意するように頼み、大まかな床の図を描き始めた。
彼は驚くほどすらすらと楽々それを描いた。
ジャックは彼をじっと見ていた。
低い太陽が西に向かう窓を通り過ぎ窓台に沿って置かれた色の付いたガラスの瓶に差し込み、壁に水彩のシミのような泡を描いていた。
バレンテは隠された部分は1×2mよりは大きくないだろうと推測した。
もっと知るには、彼は壁を突き破らなければならないだろう。
しかし、ジャックは壁を塗り直したばかりだった。
じゃあ、そこに窪みがるのか?それが何だって言うんだ?

 彼らは温かい絹のような夕暮れの中に出た。金色の光が丘に後光のようにさし、空中に巻きあがり、漂う雑草の花の花粉が付着した。
バレンテは沈みゆく太陽を見つめていた。

 彼は時折、ジャックに丘を下る大きな石を思わせるようなやり方で、いつも危険なくらいの脱線して、ゆっくりと、しかし留まることなく話すのだった。

 「君はソフィーの選択だって言ったけど、その動機を聞いたの?」と、彼が聞いた。

 「本だって言ってたよ、」とジャックが言った。
「それとも、一冊の本が最初だって言っていた。」
 「ホロコーストについての本。」
「彼らはそう言うね。」

 バレンテは途方に暮れて目を細めた。
「ホロコーストとここに引っ越してきたのと何が関係しているのだろう?」

 「何も関係ないよ、」と、ジャックが言った。
「それは単に悪いジョークだ。」

 バレンテは考え込んだふりをするパントマイムのように、立ち止まって顔をしかめた。
「占領中ゲシュタポがピカソのアトリエに来た時、ゲルニカの写真がそこに転がっていたんだ。
「ゲシュタポはピカソに「お前がこれをやったのか?」って聞いたんだ、すると彼は、「いやお前たちがやったんだ」っていったんだよ。」

 ジャックは彼を見た。
「それってホントなのか?」

 バレンテは肩をすくめた。
「俺は知らないよ。
彼らが言ったんだから。
ピカソは芸術は私たちに真実を見せる嘘だと言ったんだ。」

 ジャックは答えなかったし、バレンテは目をつぶっていた。
遠くの方で太陽の光は道具小屋の窓を捉えゆらゆらと目もくらむような金色に燃えていた。
バレンテの顔はアコーディオンの様にくしゃくしゃだった。
彼は俺たちよりも老けたなあ、とジャックは思った。

 「ロック・ベイスンには給水塔があるだろう、」と、バレンテが言った、「ちょうどトレビにあるように。」
彼がしゃべっている間彼はずっと目を閉じていた。
「数年の間、ロープマンと俺は、夜あそこに上って塔に絵を描くことについて話していたんだ。
多分俺たちは何か、描くつもりさ、何か猥褻なやつをね、わかるだろう。
しかし今は「君たちは自由だ」って、大きな文字で描こうと思っているんだ。」

 ミソサザイがジミニー、ジミニー、ギミニーと夕べの鳴き声をあげていた。

 「ロープマン?」と、ジャックが言った。
 「高校時代からの友達さ。」
バレンテは眼を開けた。
「俺たちは彼が発音できないようなポーランド語の名前だったんで彼の事をロープマンって呼んでいたんだ。
それはロープで始まる名前だった。」

「ロープマンは今どうをしているんだい?」

「彼は死んだよ。」
バレンテの声は平坦で、彼はスイカズラに埋もれた、壊れた金網の付いた鶏小屋を真っ直ぐ見つめていた。

 「何が起きたんだ?」

 暫くして、ジャックはバレンテの目の中に野生の日が見え、その後その炎が瞬き、穏やかさの中に星のように落ち着いてているのを見たと思った。

 「ヴァンゴッホのいとこが彼と結婚しなかった時、彼は自分の手をランプの炎に翳した、」と、バレンテが言った。
「彼女の家族は彼を彼女に会わせたがらなかった、そして彼は「僕が炎に自分の手をかざしていられる間の時間で良いから私に彼女と合わせてくれ。」と言ったんだ。」
俺はそれがロープマンについても何か似たようなことだったと想像しているんだ。

 「どういう意味だか俺にはわからないよ、」と、ジャックは言った。

 バレンテは彼の指に引っかかっている草を引っ張った。
「彼が燃えている事を誰も気づかなかったんだ。」

 「それで、ゴッホに何が起きたんだい?」

 「彼らはランプを吹き消した、」と、バレンテは言った。
太陽はほぼ丘の後ろに落ちていた。
一本の光線がガラスのフィラメントの様に山の頂上に漂っていた。
「ヴァンゴッホ自殺しなかった、君も知っているね。
皆は彼が自殺したと思っているけどそれは彼にいたずらをしたがっていた何人かの十代の若者たちだったんだ。
彼らは彼を撃った、多分、偶発事故だった。」

 「俺はその事は聞いていなかったよ。」

 「調べてみると良い。」

 ジャックは眼を閉じた。
わずかな赤とオレンジ色の名残が彼の瞼に滲んでいた。
「ヴァンゴッホについてもっと話してくれよ、」と、彼が言った。

 そしてバレンテは麦畑と花々、カラスと荒れ狂う空、孤独と悲しみと苦悩の中での作画、時間が見えなくしてしまう瞬間とその画家自身が言うところの必然性が一瞬の瞬きの間だけ見える湯に思われる瞬間と、嵐の中のボートとボートが他のボートをひっぱってる ― 曳き、ぐっと引っ張り ― その間に、一つのボートが他のボートをひっぱる様子、2番目の手の施しようのないボートがいつか立場を変えて嵐の中で、それとも特別な必要性に応じて、最初のボートをひっぱりる事について語った。
バレンテは、我慢ならない人物、悪党、放浪者、気難しい、粗野で喧嘩っ早い、娼婦と関係を持つような、みんなから拒絶されるような人、両親からでさえ反発される様な、愛されない、ホームレス、言葉で表せない様な愛にかられる、2人の間では共有されることが許されない特定の形の中でのみ表現できる愛について描写し、したがってその事は呪われ、彼が生きている間は拒絶され、このばかばかしい寄生する、全ての健全な種にの基準に照らして不快なるものが無くなった時、みんなはどれほど彼の奇妙な取り違えられた、熟しすぎた愛をどれほど欲していたのか、そして彼がそれ程反抗的であると知っていた、その同じ尊敬に値する人々が彼らの中に残された色の強烈さゆえ(バレンテは彼の言い方でそう言ったのだが)、今や彼の胸に獰猛な願望を持って、掴み掛かりる人々について語った。
そんな彼らが忘れてしまっていているか抑圧してしまっている、それ自体の一瞬の強烈さについて描写した。

 

ジャックはその空洞を通り抜けようとしたが、できないことが分かった。
夜、眠りにつく前に、暗闇の中で目覚めていると、彼はそれが近くにあるという不気味な不思議な感じを抱き、それは彼を落ち着かなくさせた。
彼は最初は、無意識のうちに自分が家のどこにいるのか、空洞と家具との位置を見定めていた。
「メッカやエルサレムの様に、」と、彼はあたかもそのジョークがその空洞から力を奪うかの様に、一人で苦笑いをしながら言った。
壁を詳しく調べてみて、隅の方や天井や巾木まで、完璧に塗られていて、簡単に中に入ることはできなかった。
彼は売り手に対して怒りを感じ始めた。
きっと彼らはこの秘密の空洞の事を知っていて何も言わなかったに違いない。
彼らはそれを完全にふさいでしまったのかもしれない。

 春休みが終わって、バレンテがコーチの仕事に戻った。
ジャックは彼とあまり合わなくなった。
ジャックは彼に会わなくて寂しいとは思わなかったが、その事を言う相手が誰もいなくて;自分自身で何ができると言うのだろう。
彼は自分の中に大きな不安、形のない大きな何かが、生じて来るのを感じた。
彼は太陽の照り付ける丘の上で横になり、そよ風に葉っぱが揺れるのを見ていた。
遠くの原っぱと果樹園は露出オーバーの写真のように輝き、片側の端を光の縫い取りで縁取っていた。

 その日々は溶け合い一つの合成された日になっていた。
彼は飲み過ぎていたが、そこに他にやることは何があるだろう?
彼は自分とソフィーが休日に言った町のコンサートについて考えていた。
それはイーストサイドのどこか山の手の教会だった。
教会の暗い重い石が、隠れ家のような背の高いしっかりした空間、教会の壁とアーチ形の門を構成していた。
彼はもはやコンサートの演目が何であったのかは思い出せなかった、正規の曲と新しい曲の混成プログラムで、予備の、移り変わりの激しいアンサンブルによって演奏された。
教会は小さく、聴衆は少なかった。
彼が覚えているのはトラックの音、外の通りの、重く震えるような、アクセルをふかす、ブレーキを掛ける圧縮空気のプシューという音をさせる、そのエンジンがその収集経路に沿って、止まったり動き出したりするときのびりびりする音、ごみ収集トラックの音だった。
そのトラックの音は、低く、高く、石の壁を通して、なぜか音楽よりも美しく、我々の壊れやすい世界をもろい殻の中に支えている、多分、その絶望的な現実が同時に起こっているという存在感を際立たせていた。
その音楽は、キーや音色のナイフエッジに沿ってつま先立ちをし、自由であるかのように錯覚させるが、安全な港や優雅さへの軽快な飛び込みよりも、踏み間違いの方が、常にはるかに多かった。

バレンテが金曜日の夜に立ち寄った時には、彼の長い髪は脂ぎった巻き毛の中に垂れ下がり、彼の顔は汚れ切っていた。

 「今日試合があったんだ、」と彼は説明し、ジャックが渡したビールを受け取った。

 「君はコーチをやっていたと思っていた、」と、ジャックが言った。

 バレンテはビールを深く呑み込んで、あまりにも急いで答えたのでせき込んでしまった。
「そうだ、しかし俺たちが勝った時、俺は少女たちに俺にタックルをさせるんだ。」
彼は痰を取るために咳をした。
「「血により入り血により出る」、すなわち殺人や流血により入会し、脱退しようとする者は殺されるという決まりさ、分かるだろう、軍隊みたいに。」

 「血により入り血により出る?何人の少女がお前にタックルしたんだ?」

 「分からないよ。15人?見ものだったよ、」と、バレンテが言った。
「俺はまるでガリバーみたいだったよ。」

 ジャックは彼の顔を指さした。
「誰かがお前の目にパンチしたのか?」

 バレンテの顔は優しく切なげだった。
「ああ、あの女の子たちはクレージーなんだよ、」と、彼が言った、「俺を殴るのが好きなんだよ。」

 沈黙が訪れ、彼らは光り輝く空を背景に鳥たちが逆光で木々の間を通って動き回るのをじっと見つめていた。

 ジャックが拳骨を作って、軽く咳をした。
「それで・・・この空洞をどうしたものか?」

「空洞?」

「壁の中の小部屋さ。」

 バレンテは理解できない様子だった。
「ああ、あれね、」と、彼が一分後に言った。
「しかしそんなこと誰が気にするんだい?」

 誰が気にするかだって? ジャックは思った。
そんなことを言い出したのはお前だけだ!

 「やることはあるよ、」と、バレンテが言った。
「壁にドリルで穴をあけて、ファイバースコープ隠し撮りカメラを通すのさ。

 「ファイバースコープ隠し撮りカメラなんて持ってないよ、」と、ジャックが言った。

 「そうだな。」と、バレンテが頷いた。
「最悪だな。」

 彼らの足元の小川では、小さな魚がゆっくりと泳ぎ、流れに逆らって素早く動いていた。
ジャックはその流れる水をじっと見ていた。

 バレンテが飲み終わったビール缶を彼の力強い手で、握りつぶしにやりと笑った。

 ジャックも笑い返した。
「お前はどうして学校を追い出されたんだい?」と、彼が聞いた。

 その瞬間までジャックはこの質問には無関心か、それ以下だったように感じられた。
:彼はその答えが彼を失望させるものだと感じていたからだった。
しかし、突然バレンテをうるさいと感じる感情、バレンテが何者であるか、何ができるのかと言う事の正確な感覚、― それを何と表現すればいいのだろう ― 無限の友情と好意をもってしても、充分な自己認識に落ち着かせない、バレンテの性格の中にあるある種の克服できない感情が、彼の中でその感情を凌いだのだった。
あざやかな青紫のトウゴマの傍に立ち、以前のフットボール選手は土手に沿って生えている苔の塊と土の塊を蹴った。
彼は泳いでいる魚を見るかのように、振り返ることなく笑った。

 「分かっているだろうけど、俺は追い出されたんじゃないんだ、」と、彼は言った。

「そうじゃなかった。」

「俺は戻れたんだ。」
バレンテは木を見つめていた。
「戻りたくなかったんだ。」

 どうして戻りたくなかったのか、ジャックは聞いた。

 バレンテはまるで葉っぱがそのうえで銀緑色のスパンコールの様に輝くのを見て、興味深そうに目を細めた。
「あの夏はひどく厳しい生活をしていたんだ、」と、彼は間を置いて言った。
「一年の休みを取るように彼らが言ったあの夏さ。
何故だか覚えていないけど、俺はジョージ・ディールのアパートの鍵を持っていたんだ。
ディールを覚えているか?
彼を好きだと思った事はなかったが、彼は何時もハイになってぶっ倒れていた。
そう、ジョージは何時もどういうわけか家にいなくて、そして俺は一晩中トリップしていた。
俺はぶっ倒れることができなかったんだ。
俺は彼のベッドに寝ていたが、眠れなくて、彼のアパートで夜を明かした時、日の出だったのを覚えているよ。
それで、俺は部屋から部屋に歩き回ったんだ。
そう、数時間もね。
部屋は4つしかなかったが俺は歩くのをやめられなかった。
俺は怖くなって、ヴィデオか何か見ようと決めたんだ。
ジョージはプロジェクターをDVDに繋いでいたが、俺はどのDVDも見つけられなかった、だから俺は単に中に何が入っているのか「Play」」のボタンを押しただけだった。
突然、人々がダンスをして歌っていた。
とても多くの人々が、それにふさわしい服を着て、精巧に前もって決められた動作をしていた。
彼らは花のようなや幾何学的な形を作っていた。
こんな風なものばかりだった。
多すぎてついていけないような。
これはかっこいい、しかしその後俺は悪い感情を抱き始めた。
彼らはエイリアンのようだった。
別の惑星で、宇宙空間で踊っているような。
何処か君が決して行けないようなところで。
その後、いや、俺は間違っている、と俺は思ったんだ。
これは我々の世界なんだ、踊る惑星、そして俺はそこに行けない人間の一人なんだと。

 ジャックは彼をじっと見た。
「何のことを言っているんだ?」

 「何って?」

 「俺は、お前が何故学校に帰ってこなかったかを聞いたんだ。」

 「ああ、そうだった、・・・」バレンテが笑った。
「その時、もう戻れないと悟ったのだと思う。 埃まみれになってしまっていたんだ。」

 ジャックは首を振った。
「埃?」

バレンテが頷いた。
「ピカソは芸術は精神の毎日の埃を洗い流すって言ったんだ。わかるか?」

ジャックの頭の中に引き裂かれる様な圧力をが沸き上がって来て、昼間の明るさで吐き気がしそうだった。
「おいおい、ピカソとヴァン・ゴッホの事から離れてくれよ。」

 「どういう意味だい?」

 「ピカソやゴッホや野の花や下らない事を話してばかりいると誰もお前のいう事を真面目にとらなくなるぞ、」と、ジャックが言った。
「俺はお前が知らない事を言うつもりはない。
そんなことを言うんだったら無名の芸術家でも見つけるんだな。
それよりも、黙っていろ。
何も言うな。」と、彼は大声で言った。
「おまえは、みんなにお前がゲームができる事を示さなければならないんだ。」

 「何のゲームを?」

ジャックは手で額をマッサージした。
「鈍感になるなよ。」

 「しかしそれらは最高なんだ、」と、バレンテが静かに言った。

 「それにお前も知っているだろうけど、」 ― ジャックは彼の言う事を実は聞いていないかのように ― 「ある芸術家が貧乏で誤解されているという理由とお前の貧乏で誤解されている事は別の事で、物事はお前の思う様にはならないものなんだ。
何百万という人々は失敗するんだ。一人のピカソ当たり数百万人だ。
失敗することが次のファン・ゴッホを意味しないんだ。」

 「俺はそうは思わないね、」と、バレンテは言った。

 「いいだろう。赤ん坊は健全さに向かって足を踏み出すよ。
しかし、成功する人々がゲームをやらないなんて思わないでくれよ。
彼らは全員やっている。
ピカソもやっている。
彼らはすごいダンスを踊るんだ。
彼らが語る精神の純粋性は単に彼らがむかしそれをやり遂げた事を残りの我々に信じさせるある種のくだらないものにすぎないのさ。 ― 」

 ジャックは口を閉じた。
バレンテはひどく汚くだらしなく見え、葉っぱや小枝が彼の髪についていて、彼の様子は何か獰猛で悲しげだった。
ジャックはより優しい声で「いいか、頼りになる相棒キモサベ。これからどうなるのか?教えてくれ。」

 バレンテは応えなかった。
かつてピカソと呼ばれた手のかかる支離滅裂な子供は、愛情があるような、無いような笑いを込めて、疑いつつ、何も言わなかった。
彼は歩き去った。
彼は多分10歩ほど歩いたところで、まるで今にも振り返ろうとするかのようにしたが振り返らず、自分の車の方に歩いて行った。

 ジャックは彼が去って行くのをじっと見ていた。

 エンジンをかける音が聞こえて、バレンテは彼のトヨタ車の開いた窓から「お前はほこりにまみれているよ!」と、怒鳴った。

 「それがどうした?」と、ジャックが言った。

 「お前は俺をおまえの埃にまみれさせたんだ、」と、バレンテは車のギアを前進に入れながら、彼に向かって叫んだ。

 「俺はそうはしなかったさ、」と、ジャックは呶鳴り返した。
「そうしたのはあの糞ラグビーをしている女の子達だったのさ!」

 しかしバレンテは既に速度を落としていて彼の声は聞こえない様だった。

「俺たちは空洞を見つけたんだ、」と、ジャックは言った。
彼は電話でソフィーと話していた。

 「私がそれがどんな意味なのか知っているとでも言うの?」

 「壁の間なんだ。そこに空白があるんだ。」

 彼女は慎重に言った。
「それって普通じゃないの?」

 「そんな風じゃないよ。それは大きな空洞なんだ。
部屋ほど大きくはないけど、多分それに近い大きさだ。」

 回線上でより長い沈黙があった。
「ジャック、それってどういう事?」

 「君の家でもあるんだよ、」と、彼は言った。
「僕は君が壁に解明されない空洞があることを知りたいと思うだろうと思ったんだ。」

 「すべて順調なの?」

 「壁に説明不可能な空洞がある事を除けば?順調さ、全て素晴らしいよ。」

 「あなたは何か・・・みたい。私には分からないわ。」
彼女は疲れているようだった。
「本当にすべて順調なの?」

 ジャックは彼の熱い頬と額を冷たい木のドア枠に押し当てて落ち着かせた。
「ソフィー、君は休日に行ったあのコンサートを覚えているかい?
通りにはトラックが動いていた。
音楽が演奏されている間中、壁を通してトラックの音が聞こえていた。」

 彼女はとても長い間返事しなかったので、ジャックは回線が壊れたのかと思った。
「私はそのコンサートを覚えているわ、」と、ついに彼女が言った。
「私はそのトラックの事は覚えていないわ。」

 「そこにはトラックがいたんだ。」

「いいわ、そこにはトラックがいた。」

「そして音楽の音・・・」
彼はもはや自分が何を言おうとしていたのか分からなかった。
何か表現できない大きな掴みどころのない暗示の領域が彼を襲った。

ジャックはバレンテに謝ろうと電話した。
一週間も彼と話していなかった。
驚いたことに、バレンテの母親が電話に出た。

「ヨナは病院よ、」と、彼女が言った。
「彼は大丈夫よ、心配しないで、だけど彼はまだ誰にも会えないの。」

 「何が起きたんですか?」

 沈黙があった。
「あなたはヨナのどんな友達なの?」と、彼女が聞いた。

 ジャックは彼女に彼らが大学時代からの古い友達で、自分が最近この地域に越して来たことを言った。

 「多分、ヨナは気分がよくなったらあなたと直接話したいと思うわ、」と彼の母は言った。

ジャックはこの事をちょっと考えたが、直ぐに彼の注意力を他の事に向けた。
一週間後、全く予期しない事に、彼は郵便でバレンテからの手紙を受け取った。
それは茶色の厚めの紙に大きな手書きで書かれていた。

やあ、ジャック、
まず第一に、君が、何が起こったかを聞いた時、僕に対し悪いと感じたり、すまないと思ったりそんな風に思ったりしないでください。
僕たちは議論をした、だから何だって言うんだ。
僕はそれを全く悪意にとってはいない。
しかしこの事を僕が狂っている事のリストに付け加えたりはしないでくれ。
僕はそんな気ちがいじゃないんだ。
君よりもちょっとだけ気が狂っているだけだ。
それとも、多分そうじゃないかも ― ハッハッハ!

 僕は君にこの事を言っていなかったけど、僕は時々ひどく塞いだ気分になるんだ。
ヴァンゴッホの最期の言葉は「la tristesse durera toujours」で、これはフランス語で「悲しみは永遠に続く」という意味だ。
しかし彼は、聞くところによれば、顔に笑顔を浮かべて死んだし、僕は時々その事を考え、人生はそれほど悪いものじゃないと思うんだ。

 君は正しい、僕はヴァン・ゴッホとピカソについてよく話す。
何て言ったらいいんだろう?
彼らは僕のヒーローで彼らの近くにいると心地いいんだ。
それはクールじゃないが、僕はクールじゃないと自分でも思っている。
僕はクールであろうとすると、自分が窒息するような気がするんだ、分かるだろう?
僕は自分に言うんだ、自分の心に浮かんだことだけを話し、他人は彼らが好きなように考えればいいさ、と。
僕は決して君が言っているようにはゲームすることを学ぶようにはならないだろうと思うけど、それでもいいんだ、そうは思わないかい?

 医者は僕の主な問題点はバランスの欠如だって言う。
そう、僕はそれに反論はしない。
僕は変な考えを持つし、それは抗しがたい事なんだ。
僕たちの言い合いの後、僕はロープマンの事を考えていた、そしてロープマンと僕が何時も話していたように、頭の中で給水塔に上って絵を描こうと思い付いたんだ。
僕はひどく酔っていたんだと思う。
みんな僕がひどいけがをしなくて幸運だったって言っているよ。
暫くはラグビーは無しだけど、医者はやって来て僕は危険な状態ではないって判断している。

 もし君がそれを話す僕の頭をちょん切らないのなら、もう一度ヴァン・ゴッホの話しを、ハハハ!
僕は手元に僕の本が無いので、記憶にあることだ。
テオへの手紙の中でヴァン・ゴッホは自分の事を、世間から見ると、基本的には、取るに足らない存在、役立たずだと分かっていると言っている。
そして、それにもかかわらず、そんな何物でもない者の心の中にあるものを自分の作品の中で示したんだと言った言っているんだ。
僕はその事って完全にクールだって思っているよ。

 先日、ラグビーをする少女たちが6,7人で僕に会いにやって来た。
彼女たちはクレージーだ、あの女の子たちは!
彼女たちは自分たちで焼いたブラアウニーを持ってきてくれた。
僕がそんなにたくさん食べる前にそれがマリファナ入りのブラアウニーって知っていればよかったんだけど・・・
少女たちは僕と戦えなくて残念に感じたと思う、というのは彼女たちの内の2人が病院で看護士のラチェッドが彼女たちを止めて外に放り出す迄レスリングをやり出したんだから。
(実際は彼女の名前はサリーで、彼女は大丈夫だったけど。)
でも、女の子にあったことで元気になったよ。
僕の事は心配しないでくれ!
すぐに俺の帽子に誕生日のろうそくを点けて、そこに絵を描くために帰るつもりだ。
                            君の兄弟
                            ヨナ

ジャックがまたバレンテにあったのは2年後だった。
問題のその日、彼とソフィーは彼らの女の子の赤ちゃんが、背中の背負子で眠っている間に、川を横切って、アンティークショップやカフェをうろついていた。
ロック・ベイスンのちょっと北にある町チャンダーで、ジャックは屋台で働いているスラフとフェアーをやっている店でバレンテを見かけた。
彼の周りには静かな生活と小屋と明るい色の花の藪の描かれた、小さな女の子っぽいカンバスが数個あった。

ジャックが近づいて行くと、「ジャック・フランシス!」と、バレンテが怒鳴った。

「やあ、ヨナ。」
ソフィーは宝石や仕立て直した年代物のドレスを見たりしてフェアーの別の所にいた。

 「調子はどうだい?」
バレンテは彼に会えてうれしいというようにそっと近寄って来た。
ジャックには、少なくとも彼の表情の中には、彼らの最後に会った時の事や今まで会えなかった数年の痕跡、あたかもそれぞれの瞬間が不安定な崖っぷちをヨロヨロと歩いているかのようなイライラした性質を読み取ることはなかった。

「何もないさ、」と、ジャックは言った。
「近くをドライブしていたんだ。
ソフィーと一緒に来ている。
それと彼女から飛び出してきた小さな人間と一緒にね。」

 バレンテはにやりと笑った。
「ソフィーはついに決心したんだね」

 「そうだよ、僕はそう思うよ。」
ジャックは彼の古いジョークを忘れてしまっていた。
「これは君が描いたの?」彼は絵を指さして言った。

 「これか?」
バレンテの顔は真っ白になり、突然ユーモアのない炎が顔に現れた。
その変化がとても急だったのでジャックは一瞬、実は自分が何か間違った言ってはいけない事を言ったのではないかと訝った。

 「何だ?」と、ジャックが言った。

 バレンテは頭を後ろに反らせ笑った。
「ああ、君は俺が本当に絵がへたくそだと思っているんだね。このくそみたいな作品?」
彼は絵の方に手を投げ出した。
「僕は僕の友達のラジを手伝っているだけだよ。
僕はこんなくそみたいな死んだ絵を描く気はないさ。」

 「分かるよ、」と、ジャックは、彼が絶対そうしないという確信はないながらも言った。
「君のチームはどんな具合だい?」

 バレンテは肩をすくめた。
「僕はまだルーブルには行ったことが無い。」

 「いや。」
ジャックは変な色で塗った子供か人形か、それともピエロを描いたと思われるカンバスを拾い上げて、又元の所に戻した。

 バレンテは彼に質問していた。
ジャックには、彼が例の空洞について質問していると分かるまで一瞬の時間がかかった。
それはどうなった。
「空洞?」と、ジャックが繰り返した。
その言葉が彼の中で何かの引き金を引いた、既視感のような、しかし彼はその記憶を全く捕まえる事はできなかった。
彼は数か月間空洞について考えたことが無かった。
バレンテがそのことを彼に気づかせたのは、事実が許すよりもはるかに深く過去に埋もれた記憶であり、それよりもずっと昔のことのように思えた。
彼は無表情にバレンテを見つめたが、彼の眼の中には幾分微妙な笑いが踊っていたかもしれない。
「何の空洞だって?」

 バレンテは何が起こっているのかを見定めようと目を細めた。
彼はジャックの視線を受け取り続け、その後微笑んだ。
笑い、鼻息を爆発させその後、ジャックも笑っていた。
彼らは一緒になって笑った、本当に笑いの爆発だった。
ジャックは最後にそんなにひどく笑ったのを覚えていなかったし、又、何故だか分からないが、実際、笑っていた、が彼らは息ができないほど笑っていた。

 「何がそんなにおかしいの?」と、ソフィーがジャックの肩をたたいた。
「何を笑っているの?」

バレンテが割って入り彼の大きな声で急いで「悲しみだよ」と、答えた時、 ジャックが振り返り、にやりとして、肩をすくめようとした。

 彼らの笑いはだんだん小さくなっていった。
ジャックはバレンテの目の周りの薄くなった皴のある肌をじっと見て、これから起こることを待っていた。
バレンテは満面の笑顔を浮かべていた。
それは大柄の不器用な人物がガラスのドアと極めて薄いスクリーンの世界を突き破る真面目さだった。
ジャックは彼が、ソフィーが彼女が聞き間違ってしまっていたと示唆するのを、待っていたと気付いたが、彼女は何も言わなかった。
彼女は口をすぼめただけだった。
彼は静かに息をした。
その日は雲に覆われ透き通った様に青かった。
涼しい。微風。
市場はうなりを発していた。
しゃべり声のうなり。犬の鳴き声。
切り花の匂い、焼ける匂い。
色、つぶれた葉。排気。チリンチリンとなるチャイム。
黄色いショール。時間が留まっている。
開始。みんなが話し始める瞬間。

               <終わり>

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