蒼記みなみ

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最近の記事

[ショートショート]猛暑が残していったもの

酷暑の夏。 人々はいらいらを募らせていた。 笑顔が消え、余裕がなくなり、争いが増えていった。 季節は巡り、実りの秋。 植物に異変が現れた。歴史上まれに見る猛暑の影響だ。 柿は大人の頭ほどに成長し、 稲は七色の穂を実らせた。 秋の味覚、ぶどうも巨大化。香りと甘さが強まり、グミのような歯ごたえになった。 また、果汁を煮詰めると接着剤になると分かり、工事現場で活用が始まった。 数ヶ月後。接着箇所からお酒の匂いがあふれ始めた。 ブドウの果汁がワインになったのだ。 接着力は魅力

    • [ショートショート]万年五月病の上司

      古代の迷宮の再深層、私たちは巨竜と対峙した。 ──すでに化石となっていたが。 「よかったね、戦わずにすんだじゃん」 言ったのは私の上司、「勇者」だ。 「さあ、帰って寝よう。もうダルくてさー」 上司の背中を見ていたら、私もあくびが出た。 この国を襲う脅威を倒してから、数年が経っていた。 平和な世界では、勇者はただの危険人物。 世界を救うほどの力を持つ彼がその気になれば、国の一つくらい簡単に滅ぶ。 だから私は最後の戦いの後、彼に異世界の呪いをかけた。 「五月病」という、力の

      • [ショートショート]ノックして入るビアガーデン

        猛暑の夏。 世界中でビアガーデンが盛況だ。 各国の文化を反映した店が次々と開店した。 そして──争いが始まった。 本当のビアガーデンとは何か、という論争だ。 ガーデン同士の抗争に発展し、世界的な問題となった。 決着を付けるべく、国際ビアガーデン連合は一大イベントを決行する。 ビアガーデンバトルだ。 連合が店を回り、食事、雰囲気、サービスなどで点を付ける。 最高点を得た店が、正しいビアガーデンと認められる。 かくして、世界中の名店が集められた。 クラシックなガーデン。

        • [ショートショート]図書館に行くうなぎ

          ニホンウナギは、どこで生まれ育つのか明らかになっていない。 実は──。 ウナギたちは深い海の底で生まれる。 季節が夏を迎え、シラスウナギと呼ばれる稚魚になると、ウナギは旅に出る。 世界の七つの海にある、図書館を巡る旅だ。 深海の図書館には、地球が生まれて以来のあらゆる知識が眠る。 本から知識を得て、ウナギは大人へと成長するのだ。 地球を一周する長い旅が続く。 多くのウナギたちは、旅の半ばで命を落としていく。 旅だった時には数万もいた仲間が、最後の図書館に着く頃には数匹に

        [ショートショート]猛暑が残していったもの

          [ショートショート]紙隠しの夏

          終業式の日。靴箱に手紙が入っていた。 もしかしてラブレター? え? 誰から? 混乱し、高まる鼓動を感じて、息をのんだ。 わたしは感情が高ぶると、紙隠しの力が発動する。 触れた紙を消してしまう力だ。 昨日も、読書中にクライマックスで泣いちゃって、最後のページを消してしまったのだ。 帰宅し、さいばしを持って学校へ戻った。 手紙を注意してはしでつかみ、持って帰った。 はしで封を空け、手紙を取り出した。 差出人は親友の悠奈ちゃん。 夏休みの間に、外国に引っ越すと書かれていた!

          [ショートショート]紙隠しの夏

          [ショートショート]虹をもぎる

          丘に集まった人々が、雨上がりの空を見上げている。 今日もチケットの争奪戦が始まったのだ。 「出たぞー!」と声が上がった。 私は、空に向かって手を伸ばす。 びりっ、と音がして、虹が半分に割れた。 ……今日もダメだった。 虹には願いを1つ叶える力がある。 それは、最初に触れた人だけが使えるのだ。 私には、どうしても叶えたい夢があった。 争奪戦は激化していった。 良い場所を巡って争いが起き、虹の権利が売られた。 やがて大人になり、夢など忘れてしまった。 仕事に追われ、ぐっ

          [ショートショート]虹をもぎる

          [ショートショート]デジタル風邪

          私は「デジタル風邪」専門の医者だ。 患者に想定外を体験させるのが仕事だ。 20XX年、世界はデジタル化された。 季節や天気もとより人の移動も、休日も、仕事量も、なにもかもだ。 世界はAIからの指示で動く。 想定外のことは一切起きなくなり、人の心は安定した。 ──だが。 AIの指示を無視し、想定外を楽しむ輩が現れた。 その症状を「デジタル風邪」と呼ぶ。 そしてどうやら、私自身が罹患してしまったらしい。 人間には無駄が必要なのだ。遊びが必要なのだ。 だから、治す必要など

          [ショートショート]デジタル風邪

          [ショートショート]寝るときは外す洗濯ばさみ

          僕は頬に洗濯ばさみを付けている。 年中ダルくて病院に行ったら、これが処方された。 何の冗談かと思ったが、頬をはさんだらシャキッとする。 マスクをすれば目立たないし、痛みもない。 今日も満員電車で通勤だ。 空いた席に座り、ほっと一息ついた。 汗を拭こうと、マスクを外したら洗濯ばさみを引っかけてしまった。 ぱちんと小さな音がして、床に転がっていった。 ──とたんに眠気に襲われた。 目を開けると、電車には僕だけだった。 外を見ると、山の緑が眩しかった。終点まで寝てしまったの

          [ショートショート]寝るときは外す洗濯ばさみ

          [ショートショート]いつか卒業する地球

          僕の妹は天才だ。 飛び級して10才で大学を卒業し、難解な学術書を楽しそうに読んでいる。 妹が手伝ってくれて、数年遅れで妹と同じ大学に入った。 心が折れそうになるたび、妹は優しく辛抱強くサポートしてくれた。 やがて、商社に入社した。 影でサポートしてくれる妹のおかげで出世を重ね、世界に名だたる社長の一人になった。 社長室で書類に目を通していると、部屋にファンファーレが響いた。 目の前に白髪の偉そうな老人が現れ、「次の地球に行け」と言われた。 ──選択する自由は与えられず

          [ショートショート]いつか卒業する地球

          [ショートショート]駅員さんが背中を押す梅雨入り

          雨雲は、「前線」という電車に乗って各地に向かう。 南行きの前線は大混雑。梅雨入りが遅れているためだ。 若者がぽつんと立っているのが見えた。 定期でホームに入り、話しかけた。就職活動に失敗し、仕事がないという。 なんだ、そんなことか、というと、若者は俺を睨み付けた。 まぁまぁ、そう怒るな。 いいものを見せてやるからついてこい、とそいつの手を取った。 北に向かう前線で、着いたのは北海道。 梅雨の時期にも台風の時期にもまだ早いが、そろそろ春風を吹かせてもいい頃だ。 俺とそいつ

          [ショートショート]駅員さんが背中を押す梅雨入り

          [ショートショート]グルグル回る五月晴れ

          高気圧が台風のように回転し、移動する現象が発生した。 超圧縮晴天、通称「五月晴れ団」と呼ばれた。 発生すると真夏の陽射しと気温になる。 今年も、梅雨は終わりに近づいていた。 梅雨前線は雨を降らせ、五月晴れ団も勢力を伸ばし続ける。 そして、日本上空で激突した。 嵐のような雨が降ったと思えば、突然ピタリとやみ晴れ間が見える。 さらには、季節外れの台風1号も本州に到達。 日本上空の天気は、混迷を極めていた。 海で巻き上げられた魚が降った日があった。 同じように花びらが降り

          [ショートショート]グルグル回る五月晴れ

          [ショートショート]数字が薄くなっていく手帳

          長年、同じ手帳を愛用している。 特徴のないシンプルな作りで、使いやすかったのだ。 今年で20冊目だ。 並べて見てみようと、押し入れから昔の手帳を出してきた。 就活の記録、新卒で入った会社、転職、引っ越し…… 手書きの文字が、当時の記憶を鮮明に蘇らせてくれた。 ところどころ消えかけているのは、インクが劣化したからだろうか。 しかし薄くなっているのは数字だけで、他の文字は変わっていないと気づいた。 他の年の手帳も、同じように数字だけが薄くなっている。 最後のページで手が止ま

          [ショートショート]数字が薄くなっていく手帳

          [ショートショート]真実レンズ

          秋葉原のジャンク屋で、平成レトロなデジカメを見つけた。 500円なら壊れていても悪くないかと買ってみた。 コンビニで乾電池を買ってカメラに入れ、大通りを写す。 液晶モニタを確認して驚いた。 人混みに紛れ、荷台を引く馬が写っていたのだ。 他にもくちばしで手提げ袋を持つ鳥、集団の猫が確認できた。 次に秋葉原駅を写した。 バスケットコートで遊ぶ若者が映っていた。もう無くなったものだ。 店員の言葉を思い出す。 「本当の姿が写るんです」 では──私を撮ったら? レンズを自分に向

          [ショートショート]真実レンズ

          [ショートショート]受け継がれた本

          視界に広がる蒼海。 太陽の光を受けて輝く海面からは、極彩色の魚が見える。 その中でたゆたいながら、読書を楽しむダイバーの姿があった。 ある南国では、図書館が人気だ。 海中図書館、空中図書館、森林図書館──。 レジャーと読書を組み合わせたスタイルを提案している。 ここは海上の孤島で、常に湿度が高く、紙の本には厳しい環境だ。 電子書籍という手段もあるが、紙の本を求める層も多かった。 そこで超耐水性の紙とインクを開発し、全ての本を作り直した。 一冊の値段は高くなったが、頑丈で長

          [ショートショート]受け継がれた本

          [ショートショート]幸せの時計

          その国全体は、長らく閉塞感に覆われていた。 政府は状況を変えるべく、全国民にスマートウォッチが配られた。 心拍数や血流を計る機能があり、本人が幸せを感じるとポイントが貯まる。 ポイントは買い物に利用できた。 国内の幸せを増やす狙いだった。 けれど失敗した。 幸せな人がより幸せになり、格差が拡大したのだ。 そこで今までと逆で、本人が不幸だと思う度にポイントが貯まるように変更された。 これなら、不幸な人を救えるという考えだ。 ──自ら不幸になってポイントを稼ぐ、ということ

          [ショートショート]幸せの時計

          [ショートショート]願いの大樹

          気がつくと、雑踏の真ん中で立ち尽くしていた。 左右から、たくさんの人たちが急ぎ足で歩いてくる。 それがぱっと居なくなると、鋼鉄の塊が突っ込んできた! 私に向けて怒号が発せられ、人のいるところまで走って逃げた。 どこからか、歌声が聞こえた。 それを引き金に、記憶が蘇る。 いつかの、どこか。 私たちは勇者として、悪の魔王を倒した。 しかし魔王を封印するために、王女がその身を大樹となる必要があった。 光に包まれ、王女は魔王と共に樹へと姿を変えていく。 「勇者よ、どうか……」

          [ショートショート]願いの大樹