Get Down

いつも通りに出勤する。ロッカーは他には誰もいない、俺だけの静謐な空間だ。

作業着に着替える。この時期特有の寒さに一瞬身震いするも、直ぐに冬用作業着の温もりに包まれた。

「おはようございます」
先に休憩室で朝飯を食う先輩に挨拶する。
軽く雑談をしつつ偽物の珈琲と本物の水を自販機で購入し、自身のデスクへと向かう。

これが俺のルーティンだった。昨日までは。



8時44分。45分からラジオ体操の時間だ。
現場への階段を降りる。安全靴を履く。正にいつも通り、いつものように仕事が始まる。

8時45分。ラジオ体操第一が聴こえる時刻d
『Get Down♫』
「ん?」
『揺れる廻る振れる切ない気持ち♪』
『二人で一緒に眠る Winter land♬』

急に流れてきた馴染みの無い曲に合わせて、突如として俺の身体がその場で空転を始めたのだ。
二日酔いか? 急な眩暈にしてはあまりにも異次元過ぎる。

『あなただけ見つめて♩私だけ見つめて♬明日を誓う』
ピタッと一瞬だけ止まるのが更に三半規管を狂わせる。

『ぎゅっと抱かれ燃える恋心♫激しく舞い散る雪に包まれて♪』
そして再び急速回転である。俺は為されるがままだった。

『永遠に愛してる♩今日より愛してる♬ずっと eternal love♡』
曲の終わりと同時にトイレへと駆け込んだ。それはそれは凄まじく吐いた。


不思議なことに職場の人間でこの違和感に気付いてる者はいないらしかった。朝の体操にしてはハード過ぎるはずだが。

毎朝の通勤が苦痛に感じるほどに、この体操は俺を精神的に追い詰めた。
現場に降りなければ良いのではと考えたが、事務所でもやはり同じ現象に見舞われた。何なら現場と背景が異なる分余計に酔った。
何がeternal loveだ。

副効果として酒を完全に辞められた。二日酔いの後などは目も当てられない。
しこたま飲んでから高速回転させられるのは拷問でもきっとレベルが高い方だろう。

そんな日が数ヶ月経過した。

「あぁーまたか」
「ラジオ体操、そんなに嫌なん?」
「いやこれほんま俺無理っすわ。皆よう堪えてますね」
「日課やしな」

そうなんだろう。皆の認識では。
クソ!今日も覚悟しなければ。


8時45分。またいつものゲッダンg
『〜〜〜〜♬(約15秒)』
「ん?」

あれ?いつもと違うぞ。
『Yo! Say 夏が胸を刺激する♬ナマ足魅惑のマーメイド』
「うおぉぉおお!!!」

めちゃくちゃノレる!!めちゃくちゃ気持ち良い!!
『出すとこ出してたわわになったら♪』
「良いヨォ!」
『ほんものの恋は やれ 爽快っ!!!!』

その瞬間、工場が爆発した。火器のある溶剤も火源も、何も無かったはずなのに、派手に爆発した。

奇跡的に無事だった職員らと、頭を焦がしながらなぜなぜ分析と再発防止策策定に仕事を追われることになったが、安全衛生委員会の名のもとについぞ発生原因不明の火災として処理された。
最初の一曲目も含めて音源を発見し、再現実験を行ったが同じ現象が起きることは無かった。


今でもたまにYouTubeで聞いてみるが、やはりトラウマになっている。

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