【小説】新快速ラット最終レース
何故人はワールドカップやJリーグ、高校及びプロ野球、ボクシング世界大会、あるいはeスポーツの決勝戦に興奮するのだろうか。
それはそこに"人の本気"を見るからである、と筆者は推測する。
常に本気で生きることは難しい。いつ何時も本気で生きるからこそ人生が豊かになる、などと謳う自己啓発本には心底辟易させられる。そんなに本気で生き過ぎていたら、寿命が来る前に事切れてしまうと筆者は思う。
スポーツ選手がその試合で本気を出さなければファンから見抜かれるし、案の定叩かれる。やはり人はスポーツ選手に人の本気を欲しているのである。
そんな人の本気を実は、筆者は毎朝近場で見る事が出来るのだ。
JR神戸線の某駅に、それは止まる。
平均して5駅以上飛ばして次の駅へと向かう新快速電車は、最高速度で時速130kmまで出るという。そこから得られる当然の結論は、通勤時間の短縮であった。
「間も無く4番線に近江塩津行き新快速電車が参ります。危ないですから黄色い線の内側に下がってお待ち下さい」
アナウンスと同時に列車接近チャイムという名のファンファーレが鳴る。
筆者は優雅に改札を通る。
その横からは女子大生が必死の形相で駆け抜けていった。近場の大学だったとしても、今の新快速を逃せば一限には間に合わないだろう。
器用に右左と人の波を掻き分けながら、彼女は4番線のあるホームへと駆け上がって行く。
その彼女が作った道を、同じくダッシュで追随するのはスーツに身を包んだ禿頭のオッサンである。寝坊したのか朝の支度に時間がかかったのか、普段は見慣れない顔であった。体重が重そうだが、オッズを見る限りどうやら対抗のようだ。
定刻になり、ホーム柵がゆっくりと下がっていく。駆け込み乗車は危険ですのでおやめくださいとの恒例のアナウンスが流れる。
中にはヘッドスライディングでギリギリ乗車した猛者までいた。
だが残念だ。筆者は君を買っていない。
『お手持ちの投票券は、確定までお捨てにならないようお願いいたします』
無線イヤホンから音声が流れる。だが見たらすぐ分かる。
筆者は財布から投票券を取り出し、着順を確認して嘆息すると自販機で缶コーヒーを買う。
全く毎朝ご苦労なことだ。
仮に1着を取ったとしても、翌朝休めることはなく、何なら毎朝ホーム柵をスライディングする羽目になる。
外した投票券は、JR西日本が管轄するその他ゴミの広い口をしたゴミ箱に吸い込まれていった。