【小説】新成人産業(株)

散歩道を歩いていると、行き違う人々が綺羅びやかな衣装に身に纏っている。或いは細身のスーツに身を包み、染められた髪色と黒が混ざり合って一種のオーケストラを奏でる男集団が私とすれ違った。

今年もこの日がきたか。

今日は特別思い入れのある日だった。生産元にインタビュー出来る代えがたい機会を得られたのだ。しかも取材先は私の自宅近くだった。


「新成人の皆様、ご成人おめでとうございます。ご両親様のお喜びもひとしおの事と存じます」

下らない定型文だ。
可憐な、或いは勇ましいような姿に身を包んだ出荷済みの新成人に興味は無かった。私は『成人済み』の印鑑を押すだけの公務員ラインをスルーし、綺羅びやかな場所の裏手にある"生産技術部"と書かれたボロボロの看板の下でドアをノックする。

どうもどうもと挨拶しながら現れたのは、壮年期の中頃の部長さんだった。事前に何度か電話で話している為、スムーズに室内に案内される。

「今年もおめでとうございます」

私もまた、毎年の定型文を口にする。聞く側からしたら下らないと思われるのかもしれないと思った。ただ、年に一度の出荷時期に周囲の人間ならば誰しも似た様なことを口にする。

「不良率がね、半端ないんですよ。目出度い日ってのは分かってるんですけど」

ふと部長がこぼす。目ざとく質問すると隠す必要もないといった風に答えてくれる。

「今の世代を貶すわけじゃないんですけどね。ただ私らも保証期間40年を謳ってるにも関わらず、出荷後3年以内に再生工場送りが多いとなっちゃ上から目をつけられるもんで」
「ユーザーの酷使が原因では?」
「中にはもちろんそういう例もありますよ。でもどう見てもウチ起因の苦情が多いんですよねぇ」
「楠さん、しょうがないっすよ。素材の質は下がってるのに数が減ってるもんでさぁ、仕入れ値ばっか上げられた上に責任も持たされちゃウチもたまったもんじゃねぇよ」

楠部長のボヤきが移ったのか、少し若めのメンバーも愚痴が口をついて出る。

最終加工工程のラインであるここの生産技術部では、成人としての言動や表情などがJIS規格に応じているか綿密に検査され梱包、出荷される。

「出自がどうか分からんが、PL法はウチに適用される。社会的責任がある以上はグチグチ言ってられねぇな。まぁ言っちゃうんですけどね、ハハハハハ」

3人の少し乾いた笑いが事務所内に広がった。

「どうせ出荷されるんなら、全員幸せになって欲しい。これはウチの部署だけでなく、弊社全員が祈ってます」
「今の苦境をどう乗り越えますか?」

私が聞くと楠部長は少し考えてから口を開いた。

「時代が変わってるもんでね、柔軟な動きをしていかなきゃいけない。もう一度工程と品質を見直す、組織以外での活躍の場を提供する、過去のトラウマを癒す、個々の特性を活かさなきゃ終わりです」

メーカーでは品質の標準化に向けて終わりの無いゴールが設定されることが多いが、今後はあらゆる意味でのオーダーメイドに舵を切るということらしかった。

「今日はありがとうございました。改めて、おめでとうございます」

「こちらこそ。今年も一年、ご安全に」
「ご安全に」

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