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第15回 シラスが証すこと 斎藤幸平

 「ご飯もっとちょうだい!」。普段は子どもたちがご飯をなかなか食べなくて苦労することも多い夕食の時間も、11月になるとスムーズになる。炊き立ての白いご飯の上にに杉本肇さんのシラスがたっぷりと乗っているからだ。東京のスーパーでは決して見つけることができない、ふっくらとしてやわらかい大きな釜揚げシラス。我が家の食卓に欠かせない一品である。
 水俣を初めて訪れたのは、2年前。毎日新聞の連載「斎藤幸平の分岐点ニッポン」の取材でのことだった。その時に、吉本哲郎さん(元水俣病資料館館長)の案内で杉本さんのところを訪れたのだった。栄子さん(肇さんの母・故人)についていろいろ教えてもらったのだけれど、その時に、吉本さんがここの伝統的な製法で作るシラスがとにかく美味いと教えてくれて、それ以来すっかり虜になっている。
 杉本さんのところを訪ねた後には、緒方正人さんのご自宅にもうかがった。そこで、不知火海の豊穣さを教わった。緒方さんの言うとおり、海こそが私たちを生かしてくれている生命の根源だということを食べるという行為を通じて実感する。まさに「原点帰」だ。
 ところが、その海が今再び脅かされている。乱獲やマイクロプラスチック汚染、福島原発の処理水放出も問題だが、海の危機を深めているのが気候変動だ。2023年には、海水温度も過去最高を記録し、海洋酸性化も進んでいる。その結果、海の生態系が変化し、これまで獲れていた魚が獲れなくなり、漁獲高も全国で減り続けている。私たちの社会は健康な自然なしに、繁栄することは当然できない。そのことを公害の歴史や新型コロナウイルスの感染症流行で知っているにもかかわらず、今またさらに、自然を破壊しようとしている。
 それでも、希望を捨ててはいけない。私たち人間は自分たちの愚かさを反省することができるからこそ、もう一度、自然にも身体にも優しい漁をするようになっている。水俣のシラスはその証しであり、自然の大切さは、子どもたちにも伝わっている。

(さいとう・こうへい 経済・社会思想)


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