祝! ビルボード・チャート6週連続1位SZA『SOS』全曲解説
昨年末からじわじわと続いている、テイラー・スフィフトvs SZA(シザ)のチャート・トップ争い。シザの5年ぶりのセカンド・アルバム『SOS』がビルボードで連続6週の首位を死守。2位がテイラーの『ミッドナイツ』だ。シングル・チャートのHot100は逆にテイラーの12週1位だった「アンチ・ヒーロー」を、とうとうマイリー・サイラスの「フラワーズ」が抜いた。シザの「キル・ビル」は不動の6週連続2位。『SOS』から10曲以上がシングル・チャート100位内にも入っている。要は、めちゃくちゃ多くの人に聴かれているのだ。テイラーとシザの珍しい闘いを、私はシンガー・ソングライター争いだと見ている。どちらの歌詞も研ぎ澄まされていて、キレッキレ。テイラーの底力は、『ミッドナイツ』日本盤の対訳を担当して思い知った。子どもの頃からずっと作詞をしてきた33歳の作詞能力は、アスリート並みの持久力と水準を誇っている。
一方のシザ。じつは彼女とテイラーは同い年だ。シザは1989年11月8日、テイラーは約1カ月後の12月13日生まれ。蠍座と射手座。シザの鼻にかかった歌声は、ケンドリック・ラマーとの『ブラックパンサー』の主題歌、「オール・ザ・スターズ」の大ヒットで知っている人も多いだろう。R&Bをよく聴く人なら2017年『Cntl. 』で喰らったかもしれない。そ・れ・な・の・に!! 『SOS』がいまひとつ、ここ日本で話題になっていない。えー、みんな冷たくない? 忙しない年末にリリースするのは、その辺りにマイナスがあるのか。私は『ロッキング・オン』2月号に丸1ページの、そして昨年末で終焉を迎えたSign Magazineの年間ベストでレビューを書いた。ここできちんと年間3位にランクインしていたのはうれしかった。それでも、まだ説明しきれていない。
ということで、久々の全曲解説です。今回は、歌詞の解説が多め。概要と2曲目まで(2700字くらい)は無料、あとは有料にします。収録曲が23曲もあるため、取りかかるまで迷ったけれど書き始めたら楽しくて。リリース直後のレビューでもある程度は情報収集をするけど、文字数を気にしないこの全曲解説シリーズは、さらにリサーチを徹底してあれこれ分析できる。そうすると、アーティスト本人とレーベルの意図が見えてくるのだ。『SOS』が主に英語圏でものすごーくヒットしている要因をざっくり3つ挙げてみよう。
ケンドリック・ラマーが抜けたばかりのトップ・ドッグ・エンターテイメント(以下、TDE)とシザ本人が、5年の月日をかけてジャンルを半分無視して100曲以上作ったなかから選りすぐった23曲すべてが粒揃い。ちなみに、ケンドリックを意識した歌詞がいくつかある。
シングル「キル・ビル」の破壊力が、とにかく凄まじい。
シザの不安定ぶりが突き抜けている。彼女がメンタルをやられた理由を知ると、「いいよいいよ、元カレを殺す曲を歌ってもOK、なんなら一緒に歌ってあげる、あれ? なんかすっきりしてきた、あははー」な気分になれる。号泣のあとのような、浄化作用がある作品。
2022〜2023年に健やかな精神で前向きな曲を作る方がどうかしている、と筆者は思うのだ。病みながらなんとか生き延びようぜ、がデフォルト・モードとしてふさわしい。まず、シザの基本情報を。彼女はミズーリ州セント・ルイス生まれ、ニュージャージー州メイプルウッド育ち。メイプルウッドはニューヨークに近い治安と景色のいい街だ。お父さんはニュース専門局CNNの、お母さんは電話会社AT&Tの幹部だったそうだから、経済的に恵まれていたはず。ただし、お父さんがイスラム教を信仰して、彼女もその影響を受けていじめに遭った。いま、イラクで大問題になっているヒジャブを被って登校したのが原因。彼女は、みんな大嫌い、友だちなんていらない、とくり返し歌う。アラサーとして少し痛いのだが、そのわりにリゾやトラヴィス・スコットなど、彼女の理解者は多い。
では、各曲解説を。
1.SOS
タイトル曲。前作『Cntl.』で強烈な印象を与えた、舌足らずでペタッとした歌い方が少し減った分、本作は韻を踏みまくってラップに寄っているのが特徴。「SOS」はそのままの意味で、このセカンド・アルバム全体がシザからのモーリス信号なのだ。プロデューサーはジェイ・ヴェルサーチ。まだ24歳ながら、ウエストサイド・ガンやピンク・シーフーらにトラックを提供。タイラー・ザ・クリエイターに「サファリ」を作っているから、グラミー賞受賞者になる。本格的にプロデュース業に参入する前は、TikTokの前身みたいなVineでかなりのフォロワーがいたSNS有名人だそう。要するに、粘り強くて賢いのでしょう。
歌詞では思いっきり、元カレに怒りをぶちまけている。これが『SOS』全体を貫くテーマである。失恋による精神不安定がテーマなのだ。不安定、不確かな状況と折り合いをつけていくしかない2023年、彼女のごく個人的な哀しみが世相とぴったりはまった、とも言える。
どうやら、新しい彼女は自分とよく似たタイプみたいで、それも気に入らない。どれくらい気に入らないか、という話が大ヒット中の「キル・ビル」につながる。
2.Kill Bill
映画好きならピンとくる「キル・ビル」は、2003〜2004年のクエンティン・タランティーノの連作。日本映画が大好きなタランティーノが『修羅雪姫』から着想を得て作った壮絶な復讐劇で、何回も観ても楽しめる作品。ここで指摘したいのは、SZAという名前をウータン・クランのRZAとGZAと、シュープリーム・アルファベットから名前をつけている点。そしてウータン総帥RZAはタランティーノと仲よしなのだ。タイトルからして復讐の話だろうとは思ったが、元カレに執着してついには‥。この曲は全部対訳をつけてみた。ここから有料に切り替わるのは、許してほしい。シザについてあまり知らなかった人は、ここまでそれなりに情報を得たと思うので、アルバムを聴いて、気に入ったら戻ってきてください。
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