140字短編集

僕は青が好きだ。
だから青い光は錯乱して反射して広がるようにして、広く響くようにした。
でもそれは、間違いだったかもしれない。
透明なものは青く見えるけれど、それ自体が青いものが、少なくなってしまったから。
だから青を作ってくれる人間には感謝してるんだ。
青色は、僕が好きな色だから。

人間の三大欲求は結局〝食べる〟という行為に他ならない。ご飯は食べると言うし、睡眠を貪ると言うし、据え膳食わぬは、なんて言葉もある。〝食べる〟という行為は人間とは切っても切り離せない行為なのだ。つまり今食欲と睡眠欲と性欲を同時に抱いてベッドの上に転がっている自分は、とても人間らしい

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「ひゃく、ってさ、感じで書くと、一の下に白、って書くじゃん」
「そうだな」
「一面の白色、ってことはさ」
「うん」
「まさにこの光景が、ひゃく、だよね」
目の前に広がるは雪の降り積もった白い景色。吐く息さえ白く変換されて、世界は白を望んでいるように思えた。

眠りたいのに眠気が来ず眠れない夜はいっそ起きてしまうことにしている。
皆が眠っている時間に食べるカップ麺とアイスのなんと美味しいことか。
食べ終わると少し満たされてほんのりと眠気が漂ってくる。
眠気よどうか頑張っておくれ。
私はこんなにも眠りたいんだ。
永遠にでも構わないから。

微妙

ごそごそと着替えて、出かける準備をする。外の天気を確認している彼に声をかけた。
「どう? 降りそう?」
「びみょーな天気」
「そっか。折り畳み傘でいいかな」
「普通の傘一本でいいよ」
「え?」
「どうせ少ししか降らないだろうし。相合傘でいいだろ」
また君は。そういうことを素面で言う。

春の匂い

春の匂いは、死の匂いだ。
桜の下には死体が埋まっている。
その桜に恋の願いの成就を祈ると、何かを代償として、叶えられるという。
願った代償は大きかった。
親友を失ってまで、恋人を得たいなんて思わなかったのに。
私の運命の人が親友の恋人だったなんて、知らなかったんだ。

 メルクリウスの名を知っていますか。始まりにして終わり、男にして女、毒にして妙薬、冷気にして炎、物質にして霊。望むのなら彼に祈るのです。骨と血肉と皮とを持って、あなたはきっと完全になる。ヘルマプロディートスの呪いを持って、あなたはきっと完全になる。

窓の向こうには、あなたの姿。
いつも変わらない綺麗な姿。
私に向かって微笑んでくれて、優しい言葉や甘い言葉を投げかけてくれる。
私は答える。ありがとう。
そう思いながらクリックすると、次の文章が流れてくる。
いつかこのディスプレイを壊して、出てきてくれないかな。

折れ

薄紅の
花を手折れば
はらはらと
舞い散る花びら
雪のよう

わかば


危ない危ない! 細い道に曲がって入るときは少し外にハンドルを切ってから……って違うそっちは左だ! 君が行きたいのは右だろう⁉ ブレーキは急に踏むものじゃない! 急ブレーキのときは最初に九割踏み込んで緩めると衝撃がまだましに……アクセルは当然急に踏むものじゃない……君は何故卒業できたんだ?

笑顔

君の笑顔は見たことがない
いつも作った笑みを貼り付け
本当の笑顔は見たことがない
初めて見た君の笑顔は
酷く悲しい笑みだった
そんな顔しないで笑ってくれよ
亡くした人に向ける笑顔しかもう
君は覚えていないんだろうか

「まるで緑酒紅灯だね」
 彼は難しい物言いを好む。そういったことをいちいち聞くのは面倒だという人は彼から離れていくが、私は自分の知らないものを知れることが嬉しくて彼とよく一緒にいる。
「何それ」
「豪華で贅沢だなって意味」
「ファミレスなのに?」
「君と一緒ってことが贅沢だよ」

眼鏡

「三日月を満月にする方法、知ってる?」
ベランダで煙草を吹かしながら彼女はそう訊いてきた。
「そんな方法あんの」
ふーと煙草を吐きながらそう言うと、にひひ、と彼女は笑ってこっちの眼鏡を無理矢理取り上げた。
「おい」
「ほら、満月に見えるでしょ」
 ぼやけた月は、まるで満月のようだった。


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