2011年 修士論文「乙女ゲーム」世界のエスノグラフィー

2011年 修士論文

「乙女ゲーム」世界のエスノグラフィー

   奈良女子大学   高杉美菜

目次
「乙女ゲーム」世界のエスノグラフィー

1.はじめに

2.乙女ゲームの定義と概要

 乙女ゲームの定義/乙女ゲームの遊べるハード/乙女ゲームのゲームジャンル/乙女ゲームで遊んでみる

3.乙女ゲームの内容

 乙女ゲームの舞台と物語/乙女ゲームの主人公

4.乙女ゲームの歴史

 乙女ゲームの始まり―草創期(1994年~1999年)/コーエーの新たな試みと「乙女」という呼称―初期(2000年~2001年)/女性向の「ときメモ」の登場と18禁乙女ゲームの誕生―転換期(2002年~2003年)/新ブランド、新規企業の参加―参入期(2004年~2005年)/乙女ゲームブーム―成長期(2006年~2008年)/テレビアニメで花開く 乙女ゲームの輪―開花期(2009年~)

5.乙女ゲームに関わる人―「乙女ゲーム」世界

 乙女ゲームを生みだす―メーカー(作り手)/キャラクターに声という命を吹き込む―声優/乙女に伝われゲーム情報―メディア/ゲームと特典とサービス届けます―小売店/集団から見る「乙女」―ユーザー(遊び手)/個人からみる「乙女」―ユーザー(遊び手)

6.作り手と遊び手を結びつけるもの

 タレント化する声優/声優イベント/乙女ゲームと声優イベント/ 

7.グローバル化する乙女ゲーム

8.おわりに

 

 

 

 

 

 

第1章 はじめに

 オタクというとどんな人を思い浮かべるだろうか。秋葉原によく出没するような、身なりに拘りはないと言わんばかりのシャツとズボンを着て、ポスターを丸めて差したリュックサックや紙袋を持っている男性だろうか。もしくは、同人誌を大量に詰めたカートを引いて街を闊歩する女性だろうか。もしかすると、オタクだと公言をしている有名人ことかもしれない。

これまで、世間一般のイメージにおいて「オタク=男性」と捉えられ、語られてきており、オタク研究[1]の中で取り上げられてきたのも、圧倒的に男性であった。そんな中で登場したのが、「腐女子(ふじょし)」だ。「婦女子」をもじって作られた言葉で、ボーイズラブ(BL)・やおいなどと呼ばれる、男性同士の恋愛を描く物語を好む(彼女たちの言葉を使うなら「腐っている」)女性という意味である。なぜ彼女たちが男同士の恋愛にハマるのかという部分を中心に、それまでの男性オタクのイメージと違って、オシャレな女の子でも腐女子であるということに注目が集まった。そしてマスメディアに取り上げられる中で、「女性のオタク」のことを腐女子という言葉で紹介するなど、腐女子の本来の意味とは違う使われ方をすることもあったが、腐女子ではない女性のオタクも存在する。例えば、「新世紀エヴァンゲリオン」のキャラのコスプレをしている桜・稲垣早希であったり、特撮好き・アニメオタクと公言している中川翔子や加藤夏希[2]であったりと、「オタクの男性と同じ様なものを好む」という側面が強調されている。

以上を見てみると、オタクの中でも、「BL以外のもの」を好み、且つ「男性的でないもの」を好む「女性」いうのは、今までにあまり語られてきていないのではないかという疑問が生じてくる。「BL以外のもの」は「異性愛を描くもの」、「男性的でないもの」は「女性向けに作られたもの」と言ってもいいだろう。例えば、少女マンガや少女小説と呼ばれるものである。この少女マンガや少女小説のゲーム版にあたるのが「乙女ゲーム」である。テレビで、カッコイイ男の子のイラストが表示され「好きよだ」や「俺にはあんただけだ」と甘い告白とも取れる台詞が流れるコマーシャルや、「イマカレ」「モトカレ」に続けて「ベツカレ」というイケメンキャラクターが登場するコマーシャルが印象に残っている人がいるかもしれない。これらが、「乙女ゲーム」と呼ばれるゲームである。

女性を主なユーザーとして想定された、女性を主人公として男性キャラクターと恋愛をするゲーム、「乙女ゲーム」というジャンルに注目したいと思う。

ところで、オタクに着目する意味が分からないと思っている方もいるかもしれない。しかし哲学者・批評家の東浩紀氏によると、オタク系文化は消費者の規模や経済効果を考えると決してマイナーなものではなく、「オタク系文化の構造にポストモダンの本質がよく表れている」のである。つまり、現代文化・現代社会を見ていく上でオタク文化について考えることは意味のあることだと私は考えている。

この論文では、第2章で乙女ゲームについての定義と、概要を紹介する。続く第3章では、乙女ゲームの内容について、それぞれのゲームから抽出したキーワードを見ていくことでイメージを膨らませてもらいたい。また実際にあるゲームを使って乙女ゲームの遊び方を紹介する。更に、第4章は乙女ゲームがどのように展開されてきたのかについて、メディアミックス展開を含めながら語っていく。第5章で、乙女ゲームに関わる人として、作り手であるメーカー・声優、遊び手であるユーザー、そしてその両者をつなぐ小売店とメディアについて話をし、第6章で改めて声優の重要性を認識した上で、単なる作り手ではなく、ゲームの世界やメーカーとユーザーとを結びつける役割を持った存在として描き出す。またそれを実現する場として声優イベントについて取り上げる。最後に第7章では、日本だけに留まらない乙女ゲームの広がりについて紹介をしていく。

この論文を通して、今まであまり語られてこなかった「乙女ゲーム」というジャンルの理解にも役立てばいいと思っている。

 

第2章 乙女ゲームの定義と概要

◇乙女ゲームの定義◇

まず、論文のタイトルにもある「乙女ゲーム」とは何だろうか?

私は以前、「女性を主なユーザーと想定して作られた、女性キャラクターが主人公で、男性キャラクターと恋愛の出来るゲーム」のことを、「乙女ゲーム」だと定義した。実は、もっとも端的に言えば「女性向け恋愛ゲーム」とも言えるのであるが(実際にそう表記する例も見られる)、「乙女ゲーム」と同じく女性向けであっても、男性キャラクター同士の恋愛を楽しむボーイズラブを扱ったゲームも存在するので「女性キャラクターが主人公で、男性キャラクターと恋愛の出来る」と主人公の性別を明記することにした。

他に、小学生以下の女の子をターゲットにした女児向けのゲームも存在し、「しゅごキャラ」や「わがまま☆フェアリー ミルモでポン!」にも、男の子キャラクターと仲良くなれるシステムもあるが、残念ながら乙女ゲームで遊ぶ人たちはそれらを「乙女ゲーム」と認識することはほとんどない。女児向けと乙女ゲームの明確な線引きがどこでなされているのかは難しいところだが、現在は女性向けのゲーム雑誌に掲載されているのか否かが一つの目安となるだろう。

 その一方で、男性キャラクターを主人公で複数の女の子キャラクターが登場し、恋愛ができる「美少女ゲーム」や「ギャルゲー」と呼ばれるものがある。また性表現を含む18禁のゲームは「エロゲー」と呼ばれることもある。「ときめきメモリアル」や「ラブプラス」の大ヒットや、「CLANNAD」「Fate stay/night」のテレビアニメ化により、オタク以外の人にも「美少女ゲーム」や「ギャルゲー」という言葉で十分にその意味が通じることだろう。だからか、乙女ゲームを紹介する際に「美少女ゲームの逆バージョン」といった声もみられる。

◇乙女ゲームの遊べるハード◇

 続いて乙女ゲームが展開されているハードの話をしよう。ゲームで遊ぶためには家庭用ゲーム機(コンシューマー)か、パソコン、携帯電話やスマートフォンが必要である。

携帯電話やスマートフォンでは、アプリケーションや直接インターネット上のサイトに繋いで遊べるソーシャルゲームの類が多い。はじめにで紹介した2種類のテレビCMは、どちらもソーシャルゲームのものであり、近年は、オタク女性のみならず普段ゲームやアニメに関心の薄い一般の女性でも楽しむようになってきている。また最近のスマートフォンの普及に伴って、スマートフォン専用のアプリケーションが開発されたりしている。今後はスマートフォンならではのタッチパネルを利用したゲームなどが出てくることは予想に容易い。

 パソコンは圧倒的にWindows専用ソフトが多く、Macで遊べるものは限られている。またパソコンゲームには、家庭用ゲーム機では難しい性描写を含み年齢制限のあるゲームの制作も可能であること、特別な機械や技術・権利がない企業や、果ては一般の人でも制作できるという特徴がある。(一般の人が制作したゲームを同人ゲームと呼ぶ。5章を参照)

 家庭用ゲーム機は、テレビにつないで遊べる据え置きゲーム機(プレイステーション3・Wii・Xbox360など)と、ゲーム機本体に小さな画面が内蔵されており、持ち運びのできるニンテンドーDS(以下DS)・Play Station Portable(以下PSP)といった携帯ゲーム機の2つに大きく分けられる。それぞれに歴史を有しているのだが、ここでは乙女ゲームとの関連についてのみ簡潔に話すことにしよう。もともと、携帯ゲーム機は持ち運びができる大きさや重さにするために、据え置きゲーム機よりも性能が低いのが通例であった。そのため、より綺麗な画像・多くの音声が楽しめる据え置きゲーム機が乙女ゲームのハードとして用いられることが多かった。2000年のPlayStation2(以下PS2)の発売以後、ゲーム業界全体においてもセガのドリームキャストを凌ぎ、PS2を多くのユーザーが所持するようになると、ソフトの開発もPS2がメインとなり、乙女ゲームも据え置きゲーム機が主体という時代が長く続いた。しかし、ここで登場するのが2004年に発売されたDSとPSPである。これらが乙女ゲームを遊べるハードになるまでには、3年後の2007年まで待たなければならない。その間にDSシリーズは「東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング」や「おいでよ どうぶつの森」(どちらも2005年発売)といった300万本以上を売り上げたソフトによって、多くの人が有するハードとなった。特にそれまでゲームと縁遠かった高齢者や女性に普及したのは、DSの大きな功績である。そして2007年・2008年とDS用の乙女ゲームが多数発売されることとなるのだが、DSでは、画質・音質ともにさほどいいものでは無かったため、2009年以降DSオリジナルの乙女ゲームは減少し、2010年には2本のみ[3]となっている。代わりに増えたのが、PSP用のソフトである。PS2と同等のスペックを持ち合わせており、DSに比べて音質・画質共に優れていることが、「綺麗なイラストを楽しみたい」「声優さんの声を、綺麗な状態で聞きたい」というユーザーの心を捉えたものと思われる。最初は既存のゲームの移植先として選ばれていたが、2010年2月に発売された「Last Escort ―Club Katze―」「金色のコルダ3」がPS2とPSPで同時に発売され、その後はPSPオリジナルタイトルの開発も盛んに行われている。PSPをハードとして選択するようになった背景には、先ほど述べたような音質・画質の良さもあることの他にも、考えられる要因が2つある。1つはユーザーのプレイする環境である。カッコイイ男の子が大写しになって甘い台詞を囁くようなゲームを、家族がいる前では恥ずかしくて出来ないと思う人が多いのだ。そういう人にとってPSPやDSは、自分だけでこっそりと楽しめるゲーム機なのである。もう1つは、現行の据え置きゲーム機であるPlayStation3やXbox360、Wiiがまだ乙女ゲームユーザーにとって、まだ十分に普及していない段階であり(PS3では2本・Wiiでは1本発売されているが、どれも人気乙女ゲームの移植作品やマルチプラットフォーム展開であった)、それまで乙女ゲームがたくさん発売されていたPS2におけるソフト開発が終わりを迎えようとしている時期だという、メーカー・開発側の事情もあるだろう。

今まで見てきたように、乙女ゲームで遊びたいと思う人は、携帯電話やスマートフォン、パソコン、もしくはPS2・PSPやDSを用意しておけば、とりあえず乙女ゲームで遊ぶことができるということだ。

◇乙女ゲームのゲームジャンル◇

 ゲームは、そのゲームシステムによってアクションゲーム(ACT)やロールプレイングゲーム(RPG)といったジャンルに分けられる。美少女ゲームや乙女ゲームは、「恋愛シミュレーションゲーム」という言葉で語られることもあるが、別にシミュレーション(SLG)に区分されるソフトばかりという訳ではなく、アドベンチャー[4](ADVもしくはAVG)やパソコンではタイピングソフトも存在していて、一概にSLGだけとは限らない。ちなみに、現在乙女ゲームでの主流は、圧倒的にADVであることは資料に付けた表1を見て頂けると分かるだろう。ADVでは、先程述べたように、ストーリーを読み進め、途中に出てくる選択肢を選ぶのが主な作業である。特別難しい作業ではないので、プレーヤーは作業に煩わされることなくストーリーに集中することができるという利点がある。

 またソーシャルゲームでは、同じゲームをやっている友人が自分のページを訪れることによって、逆に自分が友人のページを訪れることによって、自分がゲームを進めるのに有利に働くというシステムが構築され、友人と協力してプレイをするという、今まで1人でプレイするのが普通だった乙女ゲームとは違った感覚のものとなっている。ちなみにソーシャルゲームでも、ボタンをクリックするだけ、選択肢を選ぶだけといった技術のいらない作業なので、誰でも手軽に楽しめるようになっている。

◇乙女ゲームで遊んでみる◇

ここまでシステムについて説明してきたが、言葉だけではイメージを掴みにくいだろう。なので、実際のゲームに即して、乙女ゲームの遊び方を紹介したいと思う。

今回紹介するソフトは、「Starry☆Sky~in Spring~[5]」(以下「スタ☆スカ春」)という乙女ゲームである。これはhoneybeeから発売されているWindows専用のソフトである。(2010年にはPlayStationPortableに移植されている。)今回「スタ☆スカ春」を紹介するのは、①乙女ゲームで主流のテキストアドベンチャータイプである ②ゲームシステムが非常にシンプルである という理由からである。また、パソコンで遊べるソフトであることから、ゲーム画面をキャプチャするのが容易であったという理由も付け加えておこう。

実際にゲームをスタートさせると、honeybeeのブランドロゴが表示された後に、図1のようなメニュー画面となる。ここでStartを選択すると、主人公の名前を決定する事ができる。(図2)「デフォルトネーム[6]」と呼ばれる主人公の名前も提示されているが、プレーヤーの好きな名前を付けることが出来る。デフォルトネームは「夜久 月子」という名前だったが、今回は「望月 彩夜」という名前に変えてみた。

この主人公の名前を変更できるという機能は、多くの乙女ゲームで取り入れられているものである。もちろん乙女ゲームのみならず、RPGやシミュレーションにも採用されているものもあるので、見たことがあるという人もいるだろう。自分にとって馴染みのある名前を入れ、より感情移入をしやすくするといった効果が期待できる。

さて、名前を入力するとゲームが始まる。まずは主人公が登校している場面である。(図3)ゲーム画面の構成は、背景とその手前に描かれているキャラクター七海哉太のイラスト(立ち絵と呼ばれる)、そしてテキストウィンドウ(下半分の白くなっている部分)となっている。テキストウィンドウには台詞や地の文といった文字が表示され、誰が喋った台詞なのかは、テキストウィンドウの左上、ピンク色の部分に示されることになる。またテキストウィンドウ周辺には、ゲームの進行状況の保存(セーブ)や保存データの呼び出し(ロード)が出来るボタンや、表示されるテキストを高速表示させ早送り(スキップ)できるボタンなどが配置されている。

また、台詞には、「彩夜」と先程入力した名前が表示されている。ちなみに、画面上では分からないが、主人公以外のキャラの台詞は音声がついている。しかし、変換された名前の部分には音声がつかず、かわりに、「お前」や「こいつ」「彼女」といった人称代名詞が状況に合わせてあてられるのだ。

教室に行くと、先生から転校生の羊を紹介され、主人公に親しげな転校生に七海は喧嘩腰になる。(図4)図3と図4の哉太を比べると分かるが、キャラの心情等によって表情やポーズに変化を出すために、立ち絵は何種類も用意されている。更に、臨場感を出すために、キャラと主人公の距離が近くなった時には、立ち絵が大きく表示される(図5)のような工夫もされている。

そして、羊がフランス流の挨拶として主人公の頬にキスをするシーンがある。(図6)ここでは、先程の立ち絵とは違い、背景と人物を含んだ1枚のイラストで表現されている。この1枚のイラストの事を、「イベントCG(略してCG)」や「イベントグラフィック(略してイベグラ)」、また「スチル」と呼ぶことが多い。特にスチルという言い方は、美少女ゲームにはないにも関わらず、女性向けゲームのユーザーには幅広く知られている言い方である。ここでも今後は「スチル」という言い方を用いたいと思う。スチルは、今回の「初対面のキス」などのストーリー上で印象的なシーンや、「主人公が強く抱きしめられる」というような恋愛表現が含まれるシーンに付くことが多い。この「シーン」というのを、「イベント」と表現する事もある。

ここで、プロローグが終わり、オープニングムービーが挿入された。キャラの立ち絵やスチルを使った映像が、主題歌に合わせて流れる。キャラの紹介の時(図7)では、キャラの名前だけでなく、そのキャラを演じる声優の名前(ここでは緑川光)が一緒に表示されている。キャラの名前とキャラの星座に次いで大きく紹介されていることからも、声優というものの重要度を感じることができる。また、この緑川光氏は、歌手ではないが、このゲームの主題歌も歌っている。(図8)このように、ゲームに登場するキャラとして声優が歌を歌うというのは、乙女ゲームでもよくある事だ。

オープニングが終わると、本編が始まる。本編では、主人公の行動をプレーヤーが選べる選択肢が登場する。(図9)例えば3人のうち誰に話しかけるかとか、どこに行くかを選択することができるのだ。この選択によってその後登場するキャラクターが変化し、基本的には、同じ人物を選択し続けることによって、その人の好感度が高まり、恋愛を進行していくことが出来る。選択肢だけでは誰が登場するのか分からないこともあるので、そういった不確定要素がゲームをいっそう面白くしている。

こうやって、物語を読みながら選択肢を選び、ゲームを進めると、主人公は、特定の相手を強く意識するようになる。そしてそのキャラと恋愛していくようになり、最終的にはその相手との結末を迎えるのだ。これを「攻略する」といい、結末のことを「エンディング」という。また、恋愛対象となるキャラの事を「攻略対象キャラ」ということもある。

 もちろん1度エンディングを迎えても、それで終わる訳ではない。例えば、メニュー画面に用意されている「プラネタリウム」を見ると、プレーヤーがゲーム中に見たスチルやイベントをまとめてみる事ができる。(図10・図11)更におまけ要素として、全てのCGを見るとキャラを演じた声優からの特別メッセージを聞くことができるようになる。図16のキャラの立ち絵の左側に濃いピンク色の正方形がある。これをクリックすると、クリアボーナスのメッセージが聞けるのだ。また、このゲームではないが、一度エンディングを迎えたセーブデータでプレイを始めると、台詞や選択肢が増え、新たなキャラクターが攻略できるようになったり、キャラクターのエンディングを見ることで特別なエンディングにたどりつけるようになったりする。このように、1度エンディングを迎えても、何度も遊びたいと思わせる工夫がされている。

 ここまで大まかなプレイの様子と、乙女ゲームや美少女ゲームにおける独特の用語を紹介してきた。基本的には、主人公の名前等の設定を行い、テキストを読み進め、時に出る選択肢から選んでいく。上手く選択できていれば、相手との恋愛を進めることができるというわけだ。もちろん、選択肢が文字ではなく、マップ上でどこに行くかを選ぶゲームもあれば、シミュレーションでは主人公の行動をいくつかあるコマンドから選択するということもある。更に少し凝った物では戦闘やミニゲームの要素が含まれるものもある。しかしどのタイプにおいても、基本的に「主人公の行動を選択する」という作業は変わらない。この「選択する」こと、もっと言えば物語に「参加できる」操作性が、マンガや小説などと異なる魅力であることは、すでに卒業論文でも述べたことである。


 第3章 乙女ゲームの内容

◇乙女ゲームの舞台◇

それでは、乙女ゲームそのものについて、もう少し深く見ていこう。乙女ゲームに描かれるのは、一体どんな世界なのだろうか。まず資料の表2を見てほしい。この表は、乙女ゲームクロニクルに掲載された273本の乙女ゲームを、その舞台となった場所やそのゲームの雰囲気からそれぞれにキーワードをつけたキーワード抽出表から、物語の舞台となった地域や、主人公が主に活動をしている場所、物語の雰囲気ごとにまとめたものである。これを見てみると、「現代」を舞台としているものが圧倒的に多いことが分かる。また主人公たちが主に活動している場所は「学園」が多い。「現代」で且つ「学園」を舞台としているのが81本と、乙女ゲームタイトルのおよそ3分の1を占めているのである。「西洋」且つ「ファンタジー」の41本の倍なので、どれだけ現代学園モノが多いかお分かり頂けるだろう。学園ものの乙女ゲームの金字塔ともいえる「ときめきメモリアル Girl’s Side」シリーズのプロデューサー曰く「学園ラブコメという世界観は女の子の方が昔から少女マンガなどで慣れ親しんでいる」とあり、少女文化を意識した発言ともとれる。「現代学園モノ」が選ばれる1つの理由として、ユーザーたちが自身の経験を想起しやすい舞台が設定されるということが言える。ゲームをしていく上で、プレーヤーが主人公に感情移入していくのだが、過去に自分が経験していることと近い出来事がゲームの中で起きれば、それをもとにより主人公やキャラクターを身近に感じることができるのである。

その一方で、ファンタジーなものも数多く開発されている。ファンタジーは、西洋を舞台とした魔法や剣が登場するものだけではなく、中華風の舞台であっても、和風の舞台であっても成立つ物語ジャンルであることも数が増える一因となっているといえるが、それだけない。プレーヤーはゲームをする時に「現実」は望んでいないのである。ここでいう「現実」というのは、実際にありえなさそうなファンタジー世界と対になる、実際に起こりうる現実世界を意味しているわけではない。恋をした時の煩わしさや苦しみ、仕事に感じる忙しさ、経済的な事項などである。ゲームは娯楽であり、プレーヤーにとって心地の良いもの・楽しいものである必要があるので、物語をドラマティックに盛り上げるため以外の負の感情を抱く「現実」は排除したがるのだ。実際、乙女ゲームには、恋愛のライバルになるようなキャラクターが登場するゲームは稀であるし、登場するキャラクターたちも「現実」では考えられない優しく甘い台詞を吐く。こういう時に、いっそ現実離れした世界観にすることで、まさに夢の世界をゲームの中に築き上げることが出来るのである。

◇乙女ゲームの主人公◇

また、乙女ゲームの主人公についても合わせて考えてみよう。表3を見てみると、主人公は15歳~17歳、つまり高校生もしくはそれに相当する年を想定した年齢を設定されていることが多い。年齢が分かっているキャラクター、もしくは「高校2年生」などという表記から年齢が想定されるキャラクターの年齢の平均を出した時に、約17.4歳という結果が出ている。また114歳のヴァンパイアのキャラクターを除くと平均は約16.9歳となる。

 学園モノが多いという傾向に沿うよう[7]に、職業としては圧倒的に高校生が多い。諸事情[8]により「学生」という職業に分類されているものの中にも、高校生くらいだと考えられるキャラクターも存在しているので、実際には120人より多くなるだろう。

また性格の設定では、「明るい」「前向き」「やさしい」というのがテンプレートであるかのように多くの主人公に付されている。最近では「芯が強い」というのもよく見られる性格設定だ。主人公リストの主人公の紹介文は、ゲームの説明書や公式サイトから引用してきた文章を用いているが、実際にプレイをするとそのような性格設定がされていなくても、「明るい」「前向き」な主人公だと感じる主人公は多い。このような性格設定が多いのは、1つには、物語がドラマティックであるために大きな使命を負わされることもある主人公が、その使命から逃げる様な描写があると物語が進まず、プレーヤーのストレスとなってしまうからである。また主人公は、攻略対象の男性キャラクターから好意を寄せられる存在である。となれば、「男性から好かれそう」と説得力のある主人公でなければいけないのである。実際、男性で乙女ゲームをプレイした人が「この乙女ゲームの主人公は可愛い」と言うこともある。勿論、ただ男性から好意を持たれるだけでは駄目で、プレイをする人の多くは女性なのだから、ユーザーの女の子から見て、「あぁ、こんな女の子なら男子も好きになるよ」と実感出来なければいけないのだ。つまり、女性から見ても魅力的な女の子であるというのが、乙女ゲームの主人公に求められる条件の3つ目である。

 以上をまとめると、乙女ゲームの物語の傾向には大きく分けて2種類ある。1つは現代を舞台として、プレーヤーが自分の経験を元によりリアルな感情を引き出し、ゲームに感情移入することを促す物語。もう1つは、現代日本とかけ離れたファンタジー世界を用いることで、ゲームをしている瞬間だけは辛い現実を忘れ、独特の物語の世界に没入することを促す物語である。また、主人公像には一定の傾向があり、多くは高校生(もしくはそれと同じくらいの年齢)の少女であり、性格は「明るい」「前向き」「やさしい」といった、男性(特にゲーム内の攻略対象)とプレーヤーである女性からいかにも好かれそうな性格をしているということだ。更に多くは「普通の女の子」と設定される。この様に内容を見ていくと、まるで少女マンガや少女小説と同じ様な設定がされているのだと気が付くだろう。

 

第4章 乙女ゲームの歴史

 乙女ゲームはどのようにして展開されてきたのだろうか。卒業論文の時に参考にしたのは、女性向けゲーム雑誌3誌と乙女ゲームに関するムックだった。その時に作成した表に、2009年以降発売されたタイトルを追加した乙女ゲームクロニクルを参考に考えてみよう。。

◇乙女ゲームの始まり―草創期(1994年~1999年)

 最初の乙女ゲームとして多くの人が認識しているのが、コーエーから1994年に発売されたスーパーファミコン用ソフト「アンジェリーク」である。コーエーは、「信長の野望」シリーズ[9]や「三國志」シリーズ[10]といった歴史シミュレーションを女性にも楽しめるようにと「アンジェリーク」を開発した。ゲームが進んだ成果を数字ではなく、キャラクターとの関係性が進展することによって示そうとしたのだ。これは功を奏し、ゲーム内で主人公が達成しなければいけなかった女王エンディングよりも、多くのプレーヤーは攻略キャラとの恋愛エンディングを迎えるためにゲームを進めることになる。

 この草創期は、「アンジェリーク」シリーズが女性向けゲーム市場を引っ張っていく形となり、「アルバレアの乙女」[11]、など同じ様な物語設定のゲームも登場した。また、男性向美少女ゲームからの派生で作られた女性向けゲーム[12]であったり、主人公の性別を選択することで、美少女ゲームと乙女ゲームの両方が楽しめたりという側面があった。つまり、女性向のゲームというのは、それ単体で作られたというよりも、男性向の延長線上で考えられていたのである。

 またこの時期に特筆しておきたいのは、「卒業M ~生徒会長の華麗なる陰謀~」というゲームについてだ。これは、マンガや小説、ドラマCDといったメディアミックスだけに留まらず、攻略対象となる5人の男の子キャラクターを演じる声優らで「E.M.U.」というユニットを組んでいたのである。アンジェリークも最初こそボイスの付いていないスーパーファミコン版での発売だったが、その時もゲームの発売と同時にドラマCDが発売され、現在のキャストとほぼ同一のキャストが起用されていたり、ゲーム内の台詞を声優に読んでもらった音声を収録したCDが豪華版に付属したりと、声優というのがユーザーにアピールする重要な要素となっていることが分かる。結局、女性向ゲームという市場がまだ小規模だった中で、ゲームそのものだけでなく、積極的なメディアミックスと「声優」をウリにするというビジネスモデルが、ひとつ出来上がりつつあったと考えられる。

◇コーエーの新たな試みと「乙女」という呼称―初期(2000年~2001年)

 この時期に「アンジェリーク」を生み出したコーエーから、新しい試みが2つ行われた。1つは2000年に発売された「遙かなる時空の中で」[13]である。これは、現代の高校生だった主人公が、平安京に似た異世界「京」に召喚され、そこで「龍神の神子」として迫る危機から京を救うという物語だ。それまで「アンジェリーク」シリーズ、「アルバレアの乙女」、「ファンタスティックフォーチュン」[14]と西洋ファンタジーが多かった乙女ゲームの世界に和風ファンタジーという新たな風を吹き込んだのだ。「遙かなる時空の中で」は、その後他の乙女ゲームタイトルに先駆けてテレビアニメ・劇場版アニメ・舞台へと展開を広げていく人気タイトルとなる。

2つ目は、「アンジェリーク メモワール2000」「ネオロマンス[15]・フェスタ」といったゲームに出演する声優らによるイベントの開催である。前述の「卒業M」でも声優のライブが行われていたが、ネオロマンスのイベントでは、トークやライブドラマ(複数の声優が台本を手に持ち、その場で演じる朗読劇)、キャラクターソングを歌うライブパートと内容的にも盛りだくさんとなっている。声優イベントについては、6章で詳しく記述する。

また、この時期に発売された女性オタク向けの投稿雑誌[16]には、この頃から女性向け女性主人公恋愛ゲームのことを「乙女系」と呼ぶのが見てとれる。2000年に発売されたゲーム「FIRST LIVE」のパッケージには、男主人公の「ボーイズラブ」を意識したと思われる「ガールズラブ」という表記があったことから考えると、「乙女ゲーム」「乙女系」という呼称が定着していたとは考えにくいが、この頃から使われ始めたと言えるだろう。

◇女性向「ときメモ」の登場と18禁乙女ゲームの誕生―転換期(2002年~2003年)

 女性向けの恋愛ゲームがあるということが、ゲーム雑誌に取り上げられることはそれまでにもあった。しかし、どれだけの人が女性向けの恋愛ゲームを知っていたかと言われると、特に男性にとっては「よく分からないもの」という見方も強かったのではないだろうか。その状況を一転させ、「女性向けの恋愛ゲーム」の存在をより多くの人に知らしめた作品がある。それがKONAMIから2002年に発売された「ときめきメモリアル Girl’s Side」(以下、GS)だ。もともと「ときめきメモリアル」シリーズと言えば、男性向け美少女ゲームの中でも格別の知名度を誇る作品であり、3年間の高校生活を追体験できるSLGである。基本的なシステムは変わらないが、女性向けらしく私服をコーディネートするシステムがある。攻略対象の男性キャラにはそれぞれ好みの服装傾向が設定され、その好みに合うコーディネートでデートに行くと服装を褒めてもらえる、逆に前回のデートと同じコーディネートで行くと冷たい言葉を掛けられるので、お洒落に手を抜けないのである。また、KONAMIの恋愛ゲームに多い特徴として、「ときめきメモリアル2」以降、エモーショナルボイスシステム(EVS)が搭載されている。2章の「スタ☆スカ春」で見たとおり、通常主人公の名前変更ができるゲームでは、主人公の名前の部分は音声が収録されないか、人称代名詞に置き換えられた音声が普通だった。しかし、このEVSでは「名前を呼んでもらえる」のである。簡単に仕組みを説明すると五十音が一音ずつ録音されておりそれを合成することで、自由に名前の音声を作りだすのである。これらのシステムがユーザーの心をつかみ、GSシリーズは大ヒットとなった。ナンバリングタイトルは3まで登場し、DSへの移植、更にはPC用のタイピングソフトやGSのキャラクターや背景をつかって自由にシーンが作れる「ときめきファクトリー」というソフトまで展開は広がっていった。

 さて、この作品の登場を取り上げたのは、やはりここが乙女ゲーム業界にとってひとつの節目だと考えるからである。『乙女ゲーム胸キュンガイド』によると、このGSが「記録的な大成功を収めた」とある。実際、女性向ゲーム専用の売り場ガールズフロアを持つメッセサンオー[17]の、ガールズコーナー担当者も「どこで「乙女ゲーはイケる!」って思った?」という問いに対し、「やっぱり「ときメモ ガールズサイド」ですね。」と述べている。また2章で述べたように、GSは「学園モノ」の金字塔的な作品である。それまでファンタジー作品が多く、「現代学園モノ」は全体の4分の1ほどだったが、GS以降は80作品以上、全体の3分の1程度を現代学園モノが占めるようになった。少女マンガで定番の学園恋愛モノが乙女ゲームに取り入れられるようになったのは、ただ作品の幅が広がるだけでなく、様々な女性を乙女ゲームに取り込むことができるようになったということだろう。

 続く2003年には乙女ゲーム界にとってもう1つの転機が訪れた。乙女ゲームに初めて18禁と呼ばれる性描写を含んだ作品「星の王女」[18]が美蕾発売されたのだ。それまで、女性向けの18禁ゲームといえばBLゲームであった。しかし「星の王女」は、あえて女子大生を主人公に据え、ただ綺麗で甘いだけの世界ではなく、悲恋やレイプシーンを描いた。この作品はその後シリーズ化され、「星の王女」とタイトルに含まれる関連ゲームは7タイトル発売されるほどの人気を誇っている。このゲームが発売された当時「女性向ゲームだけを作っているメーカーがほかにない時代」とプロデューサーが言っていたが、確かにそれまでのコーエーやKONAMIなど大手のメーカーは多種多様なゲームの1つとして乙女ゲームであった。美蕾はそれほど大規模な企業ではないが、乙女ゲームだけで1つの会社が出来てしまうほどに、乙女ゲームが売れるようになってきたのである。

◇新ブランド、新規企業の参加―参入期(2004年~2005年)

 2004年 に発売された乙女ゲームのタイトル数は15本と、初めて2桁になった。「GS」のヒットから、多くの企業が「女性向けゲーム」の分野に目を付けたのだと考えられる。事実、IF乙女いと♪(現在のオトメイト)・ツーファイブ・QuinRose・aromarieなど新規参入企業の増加という特徴が見られる。もちろん、参入をしてきたものの、1本ゲームを発売して撤退を余儀なくされた企業も見られるが、上記の4つのブランドは現在も乙女ゲームを提供し続けている。

◇乙女ゲームブーム―成長期(2006年~2008年)

 2006年に発売された乙女ゲームタイトルは39本となり、2005年からほぼ倍近い数のタイトルが発売された。これには移植や廉価版を含んでいないので、それらを含めると更に多くの乙女ゲームが発売されたといえる。これほどまでに乙女ゲームのタイトルが増えると、製作する際に他のゲームとの差別化を図る必要が生じる。だからこそ、体重100kgの主人公がダイエットに挑戦する「乙女的恋革命★ラブレボ!!」[19]やホストクラブに通い、ホストと恋愛をする「ラストエスコート」シリーズ[20]、主人公が男装して男子校に潜入する「放課後は白銀の調べ」[21]といった、ユニークな設定の作品も生まれてきて、またそれらがヒット作へとなっていく。「乙女的恋革命★ラブレボ!!」はPS2版以外にDS版・Win版・PSP版と現行のゲーム機では軒並み遊べるほどに移植され、「ラストエスコート」シリーズは、4作品が発売されている。

 また2008年頃から携帯電話で遊べるアプリケーションの乙女ゲームが話題となった。男性キャラクターと恋愛ができ、恋人のように甘い台詞を投げかけてくれる。VOLTAGEはそのようなアプリケーション[22]を多数開発し、「恋人ゲーム」としてサービスを開始すると、徐々にユーザーが増え、アニメなどに興味のない一般の女性の心までもつかんだ。他に、「執事たちの恋愛事情」(StyleWalker 2008)も人気を獲得した。またこういったゲームも、他の乙女ゲームと同様メディアミックス展開を見せる。展開として一般的なのはドラマCD化で、またコンシューマーゲーム機に移植されたものもある。

◇テレビアニメで花開く 乙女ゲームの輪―開花期(2009年~)

2008年まで成長を続けていた乙女ゲームであったが、「薄桜鬼 新撰組奇譚」「Starry☆Sky」が、それぞれ2010年・2011年にテレビアニメ化をし、大きなヒットへと繋がった。勿論、アニメ化される前にも評判のいい作品ではあったのだが、アニメ化によってより多くの人の目に触れることとなり、それによりゲームが更に売れるというサイクルへと繋がった。2011年7月からTBS系列で全国放送が始まった「うたの☆プリンスさまっ♪」ではUHF局で放送された「薄桜鬼」や「Starry☆Sky」以上に盛り上がり、アニメ放送中の8月11日に発売された「うたの☆プリンスさまっ♪ Repeat」は品切れになる店も多かった。アニメの主題歌もオリコンのウィークリーチャートで11位にランクインし、キャラクターソングも初登場トップ30にランクインしている。アニメキャラがオリコンチャートで1位を取れる時代に、トップ30は地味にみえるかもしれないが、女性向けゲームから派生したCDがこれほどの売り上げを記録したのは初めてなのだ。今後は「緋色の欠片」のアニメ化も決定しており、これから更に盛り上がりを見せていくと考えられる。

この人気を一時的なもので終わらせるのではなく、定着させ「ユーザー」へと変化させていくことが、今後ゲーム業界の課題になるだろう。その際に、移植やリメイク、ファンディスクの他、関連商品の発売というのは有効な手段と考えられる。実際、「Starry☆Sky」以降、1つの世界観で攻略対象をいくつかのグループに分けて、そのグループごとにゲームディスクを発売する手法(この論文では連作と呼ぶ)も展開されている。1つのゲームの価格を抑えられるというメリットがある上、攻略対象も3人ほどと手軽に攻略できるボリュームとなっていることも多い。この「手軽さ」というのは、携帯で遊べる乙女ゲームや携帯ゲーム機と共通するキーワードであり、限られた余暇の時間や資金を他の趣味やレジャーと両立させる時に、この「手軽に遊べる」というのは有利に働くだろう。

しかし、こういった風潮(メーカーによる「商法」と皮肉を込めて呼ぶこともある)が、一部のファンにとって好ましくないものと映っているのも確かである。後述の乙女ゲームユーザー投票企画に投票されたアンケートを眺めていると、移植などを繰り返すメーカーに苦言を呈している意見も見受けられる。今後乙女ゲーム業界を発展させようと思った時に、1つの人気作品を何度も消費するよりも、新しい作品を定期的に生み出し新しい魅力を提示し続けることと、1本のゲームの質を高めユーザーを満足させることが重要となっていくだろう。

 

第5章 乙女ゲームに携わる人々

さて、第4章で見たように乙女ゲームというのは今日まで発展し続けてきていることはお分かりいただけただろう。その発展に寄与したのはどんな人がいるだろうか。ゲームを作るメーカーと声優、それで遊ぶユーザー、更にその2者の間に商品の流通に携わる小売店と情報の流通に携わるメディアの5つの行為者が関係している。それを図に現すと図13のようになるだろう。まずメーカーつまり作り手が声優のキャスティングを行い、ゲームを開発していく。それと同時進行でメディアや小売店への情報提供や販促グッズの提供が行われ、主にメディアとメーカーの公式サイトを通しユーザーは情報を得ていく。そして気に入ったゲームがあれば小売店で予約をし、発売日以降小売店から商品が届けられ、ユーザーが楽しむ。また、ゲームで遊んだ感想をユーザーアンケートでメーカーに還元することも考えられる。更に図の中には書かなかったがユーザー同士が互いに情報発信をしあい、コミュニティを形成している場合もある。メーカーが中心となり動いており、情報・商品の受け手としてユーザーが存在している。簡単に説明すれば、これが「乙女ゲーム」世界である。それでは、それぞれの行為者を詳しく見ていこう。

◇乙女ゲームを生みだす―メーカー(作り手)

 最初に、ゲームは自然に出来るものではなく、それを作る人間がいる。多くはゲーム会社である。このゲーム会社には大きく分けて「ゲームメーカー(パブリッシャー・販売会社)」と「ディベロッパー(開発会社)」の2つがある。例えば、4章で取り上げた「うたの☆プリンスさまっ♪」は発売元はブロッコリーという会社だが、開発を行ったのは日本一ソフトウェアという会社である。この2つはどう違うのだろうか?

「ゲームメーカー」はゲームを作る為の資本を持っている会社であり、多くは株式会社など大手の企業である。彼らがゲームを制作する際には、社内にある開発部署に作らせる他、外部のディベロッパーに制作を依頼することもある。また大手企業であるため、ゲーム以外に関連書籍やキャラクターグッズ等まで自社で発売することも可能である。有名なところでは、カプコンやKONAMI、コーエーがここにあたるだろう。

 もう一方の「ディベロッパー」は、ゲームメーカーからゲーム開発の依頼を受託してゲームを作るのが仕事である。具体的には、プログラミングやシナリオ、デザインなどを行うことが仕事であるが、販売会社の大まかな意向をもとに企画を考えることもある。ゲームメーカーは大手であることが多いが、ディベロッパーは従業員が5~30人ほどの中小規模の会社が多いのも特徴である。

更により専門性の高いキャラクターデザインや原画、音楽などは、外部の人間を起用することもある。この場合、外部の人間が個人である場合だけでなく、シナリオを専門に請け負う会社も存在していることも併せて紹介しておこう。

 一般的に、大企業であり資本を出す側のゲームメーカーの方が立場は上となることが多い。更に、ゲームメーカーの方が、テレビCMなどで目にする機会も多いので知名度は高く、人々はこちらの名前でもって認識していることが予想される。

ただしパソコンのゲームにおいては、コンシューマーのゲームに比べ、ゲーム機を開発したハードメーカーにランセンス料を支払ったり、共通のパッケージにしたり必要がなく、大きな資本を必要としないこともあり、大企業でなくとも販売を行えるので、比較的小規模のゲームメーカーも多い。

ちなみに、乙女ゲームで遊ぶ人々は、ゲームメーカーや開発会社の名前よりも、「ブランド」で語ることが多く、特にパソコンゲームにおいて顕著である。ブランドとは、企業が持つレーベルのことで、会社の中の部門という捉え方をしてもいいだろう。同じ会社の中に、女性向けの乙女ゲームを作っているブランドがあったり、男性向けの美少女ゲームを作っているブランドがあったり、ハードな描写を含む作品を特徴とするブランドがあったりなど、ブランドによって特色が異なっているのである。

 この章の最初に私は「ゲームの作る人間の多くは、ゲーム会社である」と言った。「多く」であり「全て」ではないのは、アマチュアの個人や同人サークルなどが制作した同人ゲームが存在するからだ。企業が作る商業ゲームと違い、基本的に制作者からユーザーへ商品が流通する過程に、卸業者を含まない。ハードはパソコンであることが多く、それは中小規模の会社でもパソコンゲームが作れるのと同じ理由である。同人ゲームは、無料でダウンロードできるものから、数百円~2000円程度で販売されるシェアゲームがある。入手する為には即売会(コミックマーケット等)、アニメイトやとらのあなといった大手小売店・ダウンロード販売サイトでの委託販売、制作者の同人サークルのホームページでダウンロードなどの方法がある。また、既存の作品のキャラクターを使ったパロディ的なゲームも同人ゲームで存在しており、「遙かなる時空の中で」や「薄桜鬼」の乙女ゲームから、「テニスの王子様」などの人気コンテンツが題材として取り上げられている。この論文でのメインは、企業によって作られたゲームなので、同人ゲームについてこれ以上言及はしないが、乙女ゲームを作りたいと思えば誰でも作り手になれるということだ。メーカーの後に(作り手)と表記しているのも、「乙女ゲーム」世界において、企業だけがゲームを提供しているものではないということを意識してのことである。

◇キャラクターに声という命を吹き込む―声優◇

 今やテレビに顔出しで登場したり、子どものなりたい職業でも上位に食い込むようになったりと、声優という職業を聞いたことがないという人もほとんどいないだろう。声優とはアニメやゲームのキャラクターなどに対して、声のみで演技をすることを生業としている人々と説明することができる。彼らの収録の様子を簡単に紹介しよう。

 アニメやドラマCDなどでは、複数の声優が一堂に会し、マイクの前を出番のある声優が入れ替わり立ち替わりしなから演じるのが普通である。何回かテストを行い、本番の収録に臨むのである。声優たちがいるブースの外には、彼らの演技の良し悪しを判断する音響監督や音響機材を操るエンジニアなどのスタッフがおり、チェックをしている。

 しかし、ゲームの収録は少し様子が違う。ゲームの収録は1人ずつ行うのである。1人でマイクの前に座り、淡々と用意された台詞を順番に読んでいく。私が実際にお邪魔させていただいたある携帯電話アプリケーションの乙女ゲームの収録現場では、キャスト自身の判断で台詞を読み直しすることもあった。その収録は音声が付く台詞があまり多くないゲームだったため1~2時間ほどで終了したのだが、コンシューマーでフルボイスの乙女ゲームともなれば台本が電話帳ほどの厚さで何冊も届くという話もあるので、おそらく数日に分けて収録をしていくのであろう。また、収録の後には、メディアによる取材があることもある。メーカーの関係者立会の元での取材では、最初にメーカー側から共通質問として、収録の感想やキャラクターの第一印象、印象に残った台詞など、無難な質問をしていき、残った時間で各媒体からの質問を受け付けるといった形となることが多い。また収録の前後に用意された色紙にサインをし、これらはメーカーの手で他のメディアに分配され、ユーザーへのプレゼントとして提供されることもある。

 ところで、資料にある乙女ゲーム出演声優一覧表を眺めていると、例えば「青島刃」や「神楽飛鳥」といった芸名っぽい名前や、「初回特典(うぶかいとくのり)」や「先割れスプーン」といった、芸名にしてもふざけたような名前を見ることができるだろう。これらは、主に18禁のアダルトゲームに出演している声優である。彼らは18禁ゲームを中心に活躍しているが、全年齢のアニメなどに出演しているようには見えない。これには一つのからくりが存在している。というのも、実際に先割れスプーンさんや青島刃さんの声を聞いてみると、アニメや全年齢のゲームでも活躍をしている声優とよく似た声が聞こえてくることもある。ユーザーは、ゲーム会社の公式サイトで公開されたサンプルボイスを聴いて「あっ、これは○○さんの声だ」と推測をしているのである。この時の彼らの名前は「源氏名」や「裏名」と呼ばれる名前になる。声優さんが18禁作品に本来の名前で出演しないのには、色々な理由があるが、1つは声優自身のイメージを守るという意味もあるし、18歳未満の声優ファンの子がその作品に興味を持たないようにする役割も果たしている。

◇乙女に伝われゲーム情報―メディア◇

 乙女ゲームの情報をメインで扱うメディアは大きく分けて2つあると。1つは紙媒体である雑誌だ。特に、乙女ゲームを含めた女性向けゲーム雑誌は、乙女ゲームをする人間にとって大きな情報源となっている。女性向けゲーム雑誌は主に3誌刊行されており、月刊誌の「B’s-LOG」(エンターブレイン 2002年3月創刊 季刊から2004年5月より月刊)、そして隔月誌の「電撃Girl’s Style」(アスキーメディアワークス 2003年12月創刊 月刊化2007年10月より隔月化)「Cool-B」(宙出版 2005年5月号創刊)である。「Cool-B」はBLゲームをメインで取り扱っており、乙女ゲームでも特にアダルトシーンが掲載されていたり、オリジナルのショートストーリーが掲載されたりと、特色の濃い雑誌となっている。また不定期の増刊として乙女ゲームの記事のみで構成された「Sweet Princess」を、そして18禁乙女ゲームだけを掲載した「Bitter Princess」を出版している。一方の「電撃 Girl’s Style」や「B’s-LOG」は表紙や記事の量から考えても圧倒的に乙女ゲームがBLゲームよりもメインとなっている。ただ、新作ゲームの紹介や攻略情報を載せるだけでなく、ゲームメーカーと共同で読者がデザインした衣装や考えた台詞がゲームに採用される企画を行うなどの工夫が見られる。また、メーカーに広告の場所を提供した見返りの広告料や、新作ゲームの制作決定を伝える発表やキャスティングの決定といったスクープとなりそうな情報を、雑誌は受けており、メーカーとの結びつきの強い乙女ゲーム情報メディアといえる。

ちなみに、こういったゲーム雑誌には先程述べた未発売のゲーム紹介や攻略情報以外に、メーカーからのコメント、キャストの音声収録時のコメントの掲載や、読者投稿のページも用意されている。乙女ゲーム・BLゲームだけでなく、女性が興味を持ちそうな一般ゲーム(例えば、戦国BASARAや逆転裁判、ファイナルファンタジーシリーズなど)の情報も載っている。更に言えば、ゲームだけではなく読者層である女性たちの好みそうなアニメ、ドラマCD、声優イベントに関する情報も掲載されており、特にアフレコレポや声優イベントのレポートなど、声優に焦点を当てた記事も多い。逆に、ゲームのレビューなどはほとんど無く、「週刊ファミ通」のクロスレビューや「電撃プレイステーション」のレビューなどゲームの出来を点数化して評価していることはまず無い。

 次にweb媒体である、情報サイトである。女性向けゲーム雑誌3誌もそれぞれ公式サイトを運営しているが、webのみの媒体というのも多く存在している。たとえば「Girls-Style」

(株式会社ビートニクス運営)や「おとめん」(有限会社ふりーむ運営)などが一例として挙げられるだろう。雑誌と違い即時性が期待できるのがweb媒体の利点であり、ゲームメーカーの公式サイトから新着情報を紹介したり、声優イベントのレポートを翌日に掲載したりしている。他にも、「Girl’s Style」では、サイト読者から新作ゲームのモニターを募集しその感想を掲載する、「おとめん」では毎月ミニアンケートを行うなど、ユーザー発の情報を他のユーザーに伝える役目を果たしている。ここでは、企業が運営している情報サイトを例に挙げているが、個人で運営している女性向けゲーム情報サイトもある。企業で運営しているものと同じ様に、公式サイトから得た情報を配信しており、ユーザーにとっていち早く情報を知ることができる情報源として活用されている。

 また、乙女ゲームがメインという訳ではないが、声優雑誌の記者が乙女ゲームのイベントや収録の取材に来ていることも珍しくはない。また、女性誌の特集の一部として取り上げられることもあるが、その時は実際にそのゲームで遊ぶ人たちの対談形式の感想の体裁をとっている。

◇ゲームと特典とサービス届けます―小売店◇

 情報を提供するのがメディアであり、商品をユーザーに提供しているのが小売店である。乙女ゲームを買いたいと思うなら、実際の店舗であるゲーム販売店か通販サイトで購入することができる。

ゲーム販売店で取り上げたいのは、東京・秋葉原にある「メッセサンオー」である。ここは、まだ乙女ゲームがそれほどメジャーになる前の2002年から、女性向けフロアを設置し、女性向けゲームのみを取り扱う店舗の先駆け的な存在であると考えられるからである。店舗と言っても、残念ながら店頭では、洋ゲーのような他のジャンルを販売するフロアと同じビルの中に存在しているが、通信販売では「メッセサンオーガールズショップとして独立している。この女性向けフロアでは、乙女ゲームの他に、BLゲームなど幅広く取り扱っている。

それでは、実際店内はどうなっているのだろうか。まず店に入ると、最近発売されたゲームばかりのゲームが一番目に付くところに置かれており、そのすぐ裏には現在フェアが行われているオトメイトのゲーム。そしてコンシューマーの乙女ゲーム・全年齢のPC乙女ゲーム、BLゲーム関係・18禁の乙女ゲーム・同人ゲーム・同人誌の順に奥へと並んでいた。また壁際には女性の好きそうなアニメのグッズ、ゲームなどの売場から少し離れたところには、女性向けのCDや声優イベントDVD、書籍が並んでいた。これらは、乙女ゲームのドラマCDやコミック・ノベル・雑誌が中心で、特に書籍はゲームに関係したものが多く並んでいた。また、入り口を入ってすぐのところには、商業ゲームのチラシと同人関係のチラシをおくスペースがあった。同人関係のチラシというのは、一般的には同人誌即売会のイベント開催と出展募集のお知らせを兼ねたものが多いのだが、ここでは同人ゲームの制作者が自分のゲームを宣伝するチラシが複数置かれていたことに驚いた。また、先ほど店内の最奥に置かれていた同人誌であるが、これらの多くは、乙女ゲームの攻略キャラクターと主人公のラブラブな恋愛を描くものであるが、一般的なRPGの男キャラ同士が表紙のものや、「ヘタリア」「デュラララ!」といった、「やおい」二次創作でよく取り上げられるジャンルの同人誌も並んでおり、乙女ゲームと同人との親和性は決して低くはないとも言える。

それを裏付けるように、他の乙女ゲーム販売店舗のlivret、中央書店コミコミスタジオ、とらのあななど、同人誌を販売している店舗で乙女ゲームが販売されていることは珍しくない。また、アニメイトやゲーマーズといったアニメグッズショップやソフマップなどの家電量販店で購入することもできる。もちろん、コンシューマーゲームはGEOやTUTAYAといったゲームショップでも購入可能であるが、入荷するかどうかは店員に尋ね、出来るなら予約をする方が確実に入手できると言えよう。

一方、通信販売を利用して購入することもできる。大手通販サイトであるamazonや楽天、また店舗を持っているゲーム販売店でも通販を受け付けているところも多いので確認をしてみるといいだろう。忙しい人の他、店舗特典の為に買いたいけれど遠方でお店まで行くことができない人や、店員に商品を渡して購入するのが恥ずかしい(主に18禁ゲーム)場合にはよく利用される。2章で、家族の前でプレイするのが恥ずかしい人がいるという話をしたが、と同時に家族に乙女ゲームをプレイしていることを知られたくない人もいる為、シンプルな梱包、具体的な商品名を記載しないなど、中身が特定されにくい工夫をして発送を行っている。

ちなみに、メッセサンオーでは店舗にお邪魔させて頂いた直後に、2011年8月末でのこの女性向けフロア及びガールズ販売部の閉店が決定した。この知らせは、乙女ゲームユーザーに少なからず衝撃を与えることとなった。というのも、メッセサンオーはゲームやCDに店舗オリジナル特典として、ドラマCDやブロマイド、図書カード、ファスナーアクセなどを積極的に付けてくれた店舗だったからだ。

この店舗オリジナル特典は、小売店とメーカー、そしてもちろんユーザーにとって重要なものになってくる。ただゲームで遊べればいいというユーザーもいるが、出演声優のファンであったり原画家が好きであったりするなら、特典を望むユーザーも多い。特に店舗ごとに異なる内容のドラマCDや絵柄が違うグッズが用意される店舗特典では、どの店で買うか真剣にユーザーは悩むのである。そして、そういったユーザーに訴えかけるべく小売店もメーカーも躍起になるのだ。ちなみに、こういった店舗特典は絵柄やデータはメーカーが用意し、店舗の方でそれを加工することが多いと聞く。また、特典を目当てにしたユーザーが、1人で何本も別の店舗で購入することもあり、メーカーからしたら売上に大きく関わるのである。

また、店舗特典と呼ばれることは少ないが、特定の店舗で特定の商品を購入することで、声優によるイベントに参加出来る機会を得ることもある。この場合、イベントはメーカー側で企画を立て、協力してもらえる店舗にお願いをするという形をとなっている。

このように、小売店がユーザーにゲームを届けるのは当たり前で、それ以上にどんな付加価値を付けられるかが試されているのである。これは店舗特典だけでなく、中身を分からなくする様な梱包や値引きという形でのサービスもありうるし、店員のオススメゲームを紹介していくといった、情報提供的なサービスの場合もある。

◇集団から見る「乙女」―ユーザー(遊び手)◇

 さて、乙女ゲームで遊ぶ人たちとは、いったいどんな人たちなのだろうか。

 まず、「乙女ゲーム オブ ザ イヤー」というweb上のユーザー投票企画の参加者データを見てみよう。この企画は2007年から行われており、乙女ゲームに関する投票企画としては息の長いものとなっていること、投票者のデータが公開されていることからこのデータを参照することとする。

乙女ゲームが「女性向け」である以上、勿論そこには女性ユーザーが圧倒的に多いことは想像に難くない。実際に投票する人たちを見ても、女性の割合は常に90%を超えており[23]圧倒的に女性が多いことが分かる。では年齢層はどうだろうか。ゲームというくらいだから子どもが遊んでいるイメージを持つ人もいるかもしれない。しかし、実際は付表を見ると分かるように、20代のユーザーが多くなっている。職業から考えると、10代では高校生以上のハイティーンと思われる人の方が多い。また上は40代くらいまでのユーザーがいると考えられるが、多いのは30代までのユーザーだろう。また、職業から見ていくと、学生(小学生~その他学生までを含む)と学生以外(社会人・フリーター・家事手伝い・その他[24]を含む)の割合を比べて見ると、やや学生以外の方が多いといえるだろう。ゲーム自体が通常版でも1本5000円~7000円ほどする高価なものであること、またその作品の関連グッズなどの展開が幅広いことを考えると、自分で自由に出来るお金を持っている人である方が、よりユーザーとなりやすいと考えられる。しかし、最近では4章でも述べたように、携帯電話やスマートフォンでできるアプリケーションでできる乙女ゲームやSNSゲームサイトで遊べるものも広がっており、これらは基本プレイ無料から月額315円くらいでプレイできるので、今後はより若い人でもより遊びやすくなると考えられる。

また最初に私は、「腐女子」と「乙女ゲームユーザー」とは必ずしも一致しないという話をした。それを示すように、BLを「好き」だと答える人は2~4割となっており、多くは「普通」、また2割程度は「嫌い」だと答える人が存在している。

それでは、これまで述べてきたユーザー像を簡単にまとめてみよう。ユーザーの多くは、女性で且つ、年齢は高校生から30代である。自分で自由にできるお金のある大学生や社会人がコンシューマーゲームにおいてユーザーとなりやすい。また、彼女たちは、オタク女性としてイメージされがちな、腐女子とは必ずしも言えず、BLが好きだという人と同じくらい、BLが嫌いだという人もいるといえるのである。

◇個人からみる「乙女」―ユーザー(遊び手)◇

では、数字だけでは見えにくい、実際のユーザーの意見はどのようになっているだろうか。2010年5月から2011年1月にかけて9人のユーザーにインタビュー、もしくは同じ質問をアンケートという形で答えてもらった。上記で述べたようなユーザー層に近い、20代から30代の女性であり、職業に関しても学生や会社員・フリーターなどが含まれている。いずれも、コンシューマーゲームを中心に遊ぶ層である。

インタビュー・アンケートによって得られた興味深い意見をいくつか紹介しよう。

まず、1つは主人公についてである。私は3章で主人公はユーザーから見て魅力的に映らなければならず、そのために性格は「明るい」「前向き」「優しい」「芯が強い」といったものに設定されることが多いという話をした。実際にユーザーたちが魅力を感じる主人公像として挙げているのは、まさに上記のキーワードである。ただもう1つ見えてきた理想の主人公像がある。それは、「クセや個性のない」主人公である。それは、プレーヤーが感情移入する時に、自分の感じている思いや考えと違う行動をとる主人公であってはいけないというのだ。「共感できる」という言葉で言い換えてもいいだろう。乙女ゲームで主人公の名前を変換でき、他のキャラが全編にわたって音声がついているにも関わらず、主人公にのみ音声がついていないということが起こるのも、プレーヤーの感情移入の邪魔をしない為と考えられる。

また乙女ゲームは、辛く苦しい「現実」を忘れてもらうために、敢えて非日常的な(2章の言葉でいうならファンタジーな)世界観を設定することがある。それを現すかのように、ユーザーは乙女ゲームの魅力として「普段ならやれないとか言われないこと」が楽しめ、「実際にはあり得ないことが起こるところ」と答える。まさに「二次元の世界に入れる」のである。そしてそこで、「ときめきを供給」し、現実での「息抜きとかストレス発散」をして癒され、「忘れてた乙女心を思い出す」のである。

他の趣味に関する質問からもユーザー像を浮き彫りにしてみよう。彼女たちは「読書」や「マンガ」「声優イベント」「音楽鑑賞」といった比較的インドアな趣味をもっており、またゲームだけでなく、他のオタク系文化にも何かしらの知識や興味があると考えられる。しかし、BLに対する嗜好は前の節でも説明したように、必ずしもBLを好む人間ばかりではなく、かといって完全にシャットアウトしているわけではないこともわかった。

彼女たちの現実での恋愛はというと、残念ながら男女交際をしたことがないという人も多く、現在三次元に恋人がいる人は少数派であり、しいて恋をしているといえる相手は二次元のキャラクターだという人もいるくらいだった。代わりに、友人関係の方が充実しており、同じ乙女ゲームが好きだという趣味を持つ仲間が10人以上いると答えてくれた人が多かった。知り合うきっかけとしては3パターンあり、声優イベントやインターネット上、SNSサイト上での付き合いと、もともと(お互いの趣味を知らないまま付き合っていた)友人だったのが実は同じ趣味をしていたというパターン、そして乙女ゲームを始めるきっかけとしても挙がっていたように、友人たちの間で乙女ゲームが広がっていくというパターンである。友人たちと一緒にイベントに参加したり、お互いに情報を交換したりと、自分が乙女ゲームを楽しむ中で、友人の存在が欠かせないものとなっているのである。

最後に、ユーザーたちはゲームを買う時にどんなところに着目をしているのだろうか。インタビューやアンケートで多くみられた回答に「キャスト」があった。ここは重要なので、他のデータからも確認をしてみよう。乙女ゲーム情報サイト「おとめん」で行われたアンケートによると、声優・キャラクター・シナリオ・ビジュアルの順で着目されていることが分かる。またこの4項目については、声優がやや多いもののさほど大きく差は開いていない。またAmebaの中にある「乙女ゲーム好き!!」という乙女ゲームが好きな人同士が集まるサークル内にあるトピック「オススメする乙女ゲームは?」の中にあるコメント(全コメント数26)を見ていくと、声優について言及するコメントは10、キャラクターが10・シナリオ(ストーリーの雰囲気)が8つ・ビジュアルが6つとなっている。特に声優についてのコメントには、出演キャストを紹介する以外は「声優が豪華」「声優がイイ」と具体的ではないが否定的な言葉は存在しない。ほかの項目に関しては「絵に好き嫌いがある」「絵とかはがびがびです」「ストーリーはもの足りません」と否定的な言葉も交じる。ユーザーがいかに声優と言う存在を特別に考えているかが分かるだろう。これについては、次の章で改めて見ていきたいと思う。

この節では、インタビュー・アンケートからそれまでの章で述べてきたことの裏付けをユーザーの言葉から取ったことと、それらから分かったユーザー像を提示した。恋愛する物語を楽しんでいる彼女たちは、現実では恋愛とやや縁遠い存在となりがちである。もちろん、全く恋をしない・現実の男性に興味がないと言っている訳ではないのだが恋愛とは別の楽しみを見つけ、友人との関係を育むこと、趣味を充実させることを楽しんでいるだけなのである。また、ユーザーにとって「声優」という存在が特別であることも述べておいた。

 

第6章 作り手と遊び手を結びつけるもの

◇タレント化する声優◇

5章ではゲームを作る過程において声優がどのような仕事をしているのかを確認してきた。ただ、3章の歴史を見ても分かるように一度音声を収録しただけで終わることばかりではなく、ドラマCDや声優イベント、テレビアニメ化や主題歌の歌唱といった多岐にわたる仕事が付随していることも多い。そこで声優が仕事として行っているであろうことを、2つの軸を使って座標に表してみた。それが資料の図14である。横軸は本来の声優の仕事であるはずの演技する仕事かそうでないかという部分である。例えば、キャラクターソングを歌うというのは、演技でもあり演技以外の仕事でもある。キャラクターを演じていることと同時に、歌唱力も求められる高度な内容である。逆に、自分で劇団を立ち上げたり、劇団に所属したりすることで、舞台に立つことを並行して行う人もいる。縦軸には、何かの作品がありその世界を表現するのか、それとも声優自身の個性(パーソナリティー)を表現する仕事なのかという話である。例えば同じ歌を歌うことであっても、キャラクターソングを歌うのと本人名義で歌を歌うこととは、表現をしているものが全く逆なのである。そして、演技の仕事で作品を表現する仕事(①の部分)は一番声優らしい仕事であるが、最近はそれ以外の部分、特にパーソナリティー重視の③・④の部分の比重が大きくなってきているのである。男性声優が本人名義でCDデビューをするためのレーベルが出来たり、作品のタイアップなどない声優のラジオ番組が放送されたりと声優は今マルチタレント化していると言っても過言ではない。最近では、女性声優がゴールデンタイムに民放でやっているバラエティ番組に出演するなどがいい例である。また最近はブログやTwitterなどで、声優が自身の言葉をファンに伝えられる機会も増えており、より声優のパーソナルな部分がファンの目に触れる機会が増加している。

 こうなってくると、声優という存在がキャラクターを演じる裏方としてではなく、アイドルを見る様なまなざしでもって見られ、それ故ファンたちは声優に心酔していくのである。

◇声優イベント◇

さてこれまで述べてきたように、声優がただキャラクターに声を当てる裏方ではなく、タレント的な仕事が増えてきているのである。そうなった時に、声優とファンとが距離を縮めるイベントというものが重要な役割を帯びてくる。

では声優イベントとはどんなものなのだろうか? 最初に声優イベント全般について簡単に紹介をしよう。

まず声優イベントは、声優がステージに登壇し、トークや朗読・ライブを繰り広げ、ファンがその様子を客席から観賞し、共に時間を共有することと言えるだろう。これが、オーソドックスな一つの形である。その他に、(主にラジオやWeb動画の)公開録音・公開録画も開催されているし、握手会やサイン会、声優から品物を手渡ししてもらえるお渡し会といった、声優さんと直に会話が出来る機会というのも存在する。

 声優イベントの規模は、本当に様々である。先ほど述べた様な握手会やサイン会などは100人~200人の規模であることが多い一方、大きな会場を貸し切って2日間4公演を行いのべ2万人を動員するような大規模なものもある。逆に、小さなライブハウスや店頭でのインストアイベントでは観客は20人ほどの場合もある。

一方、そんな観客をもてなす側の声優の人数としては、握手会・サイン会・お渡し会などの1人から3人ほどの少人数なものから、大規模なものでは20人を超える声優が参加した声優イベントも存在する。イベントの規模と比例する部分もあるが、声優アーティストのライブになると、1人で2万人以上を動員する声優も存在する。[25]

また、開催される地域は首都圏が中心となっている。東京都内だけでなく、千葉の幕張メッセ・神奈川の横浜アリーナやパシフィコ横浜といった大きな多目的ホールが会場となることもある。逆に地方は、やはり首都圏に比べると開催される機会はグッと少なくなるが、大阪や名古屋の大都市では開催されることがある。首都圏で開催が多いのは、もちろん人々を集客しやすいからというのもあるだろうが、声優自身が首都圏に住んでいることにも関係しているだろう。

また、大人数が集まれるような多目的ホールの他に、市民会館・ライブハウスのような会場が利用されることもある。これらは、声優によるイベントに限ってのことではない。逆に「声優イベント」ならではの場所としては、アニメグッズショップの店頭が挙げられるだろう。またコミックマーケットなどの同人誌即売会でも、企業が出展するブースで、声優を招いてのお渡し会が行われることがある。

それでは、このようなイベントに参加する人達はどんな人だろうか?おそらく、多くの人は、そのイベントに出演する声優のファンであると考えるだろう。それは参加者の一面を示すものであるが、アニメやゲーム等の作品を冠するイベントでは、ただ声優だけを目当てに、その作品を知らないまま参加することは「失礼」だというマナーが存在することも考えなければいけない。「その声優のファンであれば、その作品もチェックをし、作品のファンになる」という暗黙の不文律が成立しているのである。

ちなみに声優イベントに参加するためには、基本的に参加者たちはチケットを入手する必要がある。この入手の方法には大きく分けて2種類ある。1つは公式による販売・プレイガイドで購入する場合であり、インターネットや電話、またプレイガイドは全国展開されていることも多いので、どこに住んでいようと入手できる方法であり、アーティストのライブや演劇と同じ入手方法である。2つ目は、CDやDVD・Blu‐ray Discなどの商品を予約・購入した際にもらえるもので、特定の店舗において先着順で参加券がもらえる。また、イベント参加の権利をかけた抽選に応募する為の応募用紙が配布される場合も存在し、当選するとイベントに参加できるのである。こちらは、特定の店舗(多くはアニメイトやゲーマーズといったアニメグッズショップや大きなCD販売店)に行ける人間でなければ入手は難しい。例えば、全国に支店を持つショップだとしても、特定の地域の店舗(主に首都圏・大都市圏。イベント開催地に近い店舗)での配布に限られてしまうので、遠方に住んでいる人ではなかなか入手が難しい。

 基本的に、土日や祝日といった多くの人が休める日に声優イベントが行われるのは、他のライブやイベントなどと変わらない。規模に拘らなければ、毎週どこかで、誰かの声優イベントが行われる[26]と言っても過言でもないだろう。

 さてここで今まで出てきた情報をまとめてみよう。例外も存在するが、声優イベントは、その規模によって大きく2種類に分けられる。1つは数千人が入るような多目的ホールのような会場で行う大規模なイベントだ。こちらは、10人前後のキャストが登場し、朗読劇やライブ・トークで構成されるイベントを行う。開催地域は首都圏が中心で、地方ではせいぜい大阪くらいだろう。このようなイベントに参加する為にはプレイガイド等でチケットを購入する必要がある。一方、数百人以下の規模のイベントの場合、会場は小さなライブハウスやアニメグッズショップの店頭、もしくは展示会等の企業ブース内でのイベントとなる。キャストも5人前後と少なく、その分声優とファンとの距離が近くなる握手会やサイン会・お渡し会などが内容としては一般的である。首都圏のみならず大阪・名古屋・福岡などで開催されることもある。これに参加する為には特定の店舗において、チケット(もしくは、チケット抽選に応募するための用紙)が付いている商品を購入することになる。どちらの場合にしても、基本的に土日の開催であり、声優のファンであり「作品や番組のファン」が参加していると言える。

◇乙女ゲームと声優イベント◇

 もちろん、声優に重点をおいている乙女ゲームが、ベントを開催しないわけがない。

大規模なイベントとしては、コーエーによる「アンジェリーク メモワール2000」「ネオロマンス・フェスタ」が2000年に開催されたのが走りである。朗読劇・トーク・ライブといった、今の乙女ゲームのイベントの定型を作り上げている。また朗読劇やトークの時には座って、ライブの時には立って盛り上がるという形も、同イベントでライブコーナーの際に岩田光央氏の発言がきっかけで築き上げられたものである。

現在ではコーエーによる「ネオロマンスイベント」が年に4~5回程度、オトメイトによる年に1度の「オトメイトパーティー」、ディースリー・パブリッシャーによる1つのゲームに特化したイベントが大規模なイベントといえる。また、コーエー・オトメイト・B’s-LOG(女性向けゲーム雑誌)の合同イベント「Japan 乙女 Festival」が2011年2月に開催された際には、競合他社であるはずの会社のコラボレーションであるということで、ファンの間でも話題になった。また、主催が特定のゲーム会社であるイベント以外にも、コミックマーケットや東京ゲームショウなどの即売会・展示会形式のイベントにおいて、それぞれの企業が自分のブースで声優を招いてのイベント内イベントを開催することもある。

◇声優イベントに行ってみる◇

それでは、1つのイベントを取り上げて、具体的に紹介しよう。

取り上げるイベントは、2011年4月30日、東京の五反田ゆうぽうとで行われた「STORM LOVER 春恋嵐[27]」の夜の部である。このイベントは昼夜2回公演で出演者は「STORM LOVER」というゲームに出演する声優8名(羽多野渉・寺島拓篤・梶裕貴・三浦祥朗・浪川大輔・安元洋貴・小野坂昌也・木村良平)であった。

開演前の諸注意は味気のないアナウンスなどではなく、出演声優の演じるキャラクターによって行われる。このイベントでは、録音された声ではなく、舞台袖で実際に声優が台本を読んでいたので、客席の反応に応じてアドリブをする様子も見られ、客席から笑い声が上がる。こういったところから、すでに観客を世界観に引き込むのである。

ゲームのオープニング曲を声優が歌うところ(ライブ)からイベントはスタートし、その後、朗読劇が行われた。キャストが台本を片手に身振りをしながら演技をする。このイベントでは、声優たちがそれぞれゲームに登場するキャラクターの服装を模した格好(コスプレ衣装)で登場したり、大掛かりなセットが用意され、自転車をこいだり、ダーツをしたりといった動作が見受けられた。ちなみに、他の声優イベントでは、スタンドマイクの前で立ったまま朗読を行うことが多い。今回の朗読劇のストーリーは、誕生日を翌日に控えたヒロイン(観客を想定しているので、演者がいる訳ではない)に気に入ってもらえるプレゼントをして、誕生日を一緒に過ごそうと、男たちが口説きまくるという話だ。キャラクター同士がコミカルな掛けあいをして、アドリブで笑いをとるシーンと、ピンスポットライトの中に入り観客(もちろん、ストーリー上はヒロイン)に向かって甘い口説き台詞を囁くシーンとが織り交ぜられており、観客は、笑ったり歓声を上げたりすることもあるが、基本的には座席に着き大人しくステージに熱い視線を注いでいる。

また、ずっと声優が出っ張りという訳でなく、新作案内の映像も流れる。「STORM LOVER」のファンディスク[28]の紹介や、発売元であるディースリー・パブリッシャーの人気乙女ゲーム「VitaminX」の新情報が公開された。この新作案内では、他のイベントでも行われており、ファンディスクの制作決定やキャストの発表、アニメ化などをイベントの場で初めて公にすることも珍しくない。もともと声優や乙女ゲームに関心の高い観客たちに向けてアピールすることのできる場であり、またユーザーの正直な反応が得られる場にもなっているからだ。過去に参加したイベントでも、キャストが発表されるたびに大きな歓声が聞こえることもあれば、あまり嬉しいと思えない発表に関しては客席から淡白な反応ということもありうるのである。

トークコーナーでは、キャストによる挨拶と、2つのミニコーナーが用意されていた。ミニコーナーではキャストが動物の絵を描いたり、ポエムを朗読したりする様子がゲーム形式で楽しめる。このミニコーナーはそれぞれ、「美術」と「国語」と銘うたれ、教師役の声優2人が進行役で、生徒役の声優がゲームに挑む。授業の様相を呈しており、学園モノであるゲームの世界観を反映したものになっている。ただゲームの内容だけではなく、出演者のやりとりを含めて観客は楽しむことが出来る。またこういったトークやゲームコーナーでは、観客の反応の大きさを勝敗に絡めることがある。ただステージを見ているだけではなく、声優と観客との距離の近さを観客に感じさせ、観客をより楽しませようとする意図が感じられる。

続くライブコーナーでは、その名前の通り声優がキャラクターソングを熱唱する。アーティストなどのライブと異なり、音楽は生演奏ではなくカラオケが流れるということの方が多い。また、ただ歌うだけでなく、簡単な振り付けがあったり、間奏で「みんな盛り上がってますか~」といったような観客を煽るような言葉やキャラクターの台詞を言ったりすることで、より会場を盛り上げようとする。ちなみにこの時、観客は客席から立ち上がり、ペンライトを振る。「オタ芸」やヘッドバンギングのような激しい動きをするのではなく、リズムに乗ってペンライトを前後や左右に振るくらいのものである。

最後に出演者全員から一言ずつ挨拶があり、笑いがあり、感動的なメッセージがありで幕を閉じる。閉幕後にも、開演前と同じ様なアナウンスが流れる。忘れ物の注意を促したり、イベントに関するweb上で出来るアンケートへの協力を要請したりする。

 以上が声優イベントそのものである。ここには詳しく書いていなかったが、ホールの外では物品販売も行われ、講演のパンフレットやライブの時に振っていたサイリウム、オリジナルのキャラクターグッズなどが販売される。この時はキャラクターソングCDの先行販売も行われた。またゲームメーカーのスタッフによる販売の他、例えば「STORM LOVER」のwebラジオをやっている企業から、特典付きでラジオCDの先行販売や発売中の他の関連商品が売られていることもある。こういった場では、ユーザーの反応がダイレクトに感じられ、ゲームメーカーにとっても貴重なマーケティングの場となっていることだろう。

 私が5章の最初に示した図13では敢えて書かなかった、声優(と声優イベント)を介した、ゲームメーカーとユーザーの情報交換の場が存在しているのである。また図13では、一方的にメーカーが様々なものを発信し、その間にメディアと小売店を配し、情報や商品を受け取るユーザーというかなり一方通行的な世界として描いた。しかしそれだけではなく、ユーザーの意見をメディアが集めメーカーに還元することもあれば、小売店が自分たちの経験からユーザーの嗜好を読み解き、メーカーに提言することもある。その一例として、「乙女ゲーム オブ ザ イヤー」のスタッフに話を聞くと、「専門家の意見やゲームメーカーとの利益関係無しに、ただユーザーの意見だけで評価する場を設けたい」気持ちから始めた企画であり、また自由記述である「乙女ゲーム業界に期待すること」や各ゲーム・声優へのメッセージなどを届けることもあるそうだ。このような働きに関して、あるゲーム会社勤務の女性は「投票者のデータも公開されており、申し出れば投票された意見の一覧が無料でもらえるのは、マーケティングとしてもありがたい」と言っていた。

 つまり、上からのトップダウン的なやり方だけでなく、ユーザーからのボトムアップ的に意見を伝えることもできる環境にあるのが、乙女ゲーム世界の真の姿なのである。

 

第7章 グローバルになる乙女ゲーム

このような、二次元と恋愛をするゲームに熱狂するのは日本人だけなのだろうか?それとも、他の国の人も「乙女ゲーム」をプレイするのだろうか?

この疑問に答える前に、「カワイイ」文化の話をしよう。制服ファッション、ロリータ服、はたまた日本生まれのキャラクターのハローキティなどが、世界中の女の子たちの注目を集めている。それは、日本のアニメやマンガをテーマとしたイベントの中でも最大規模の「ジャパン エキスポ」の開催されるフランスだけではない。タイやイタリアでも、「カワイイ」文化が浸透し、日本でもそのことを伝える書籍が刊行されている。

 さて、その中の1冊『世界カワイイ革命』(櫻井 2009)という本の中にこんな一文がある。「日本人は日本のアニメやマンガが、恋愛観をはじめ、ヨーロッパの若者の考え方に大きな変化を与えていることを知っているのですか?」 ヨーロッパの若者にどんな変化を与えているというのだろうか? あるゲーム業界関係者が言うには、フランスが今乙女ゲームブームらしいのだ。彼女たちは、Amazonの通信販売や日本を訪れた時に購入し、日本語を少しずつ理解しながら、また日本にしかない恋愛を楽しんでいるのである。日本にしかない恋愛とはどういうことだろうか。実はフランスでは、一度結婚をしてしまうと、離婚をするさいの手続きや承認が大変なため、戸籍を一緒にすることなしにお互いの合意の上で結婚しているとし、同棲をするカップルが多かったのである。しかし乙女ゲーム等で日本の恋愛を学ぶことによって、永遠の愛を誓う恋愛に美学を感じ、フランスの若者が婚姻届を提出する結婚という選択を選ぶようになったのだ。これは一例であるが、日本のオタク系文化が世界に与えている影響というのも小さくないのである。

 

第8章 おわりに

 この論文では、乙女ゲームについて2章から4章まで紹介し、5章からはその行為者・そして行為者同士の関係性・世界と乙女ゲームの関係について語ってきた。「女性を主なユーザーと想定して作られた、女性主人公と男性キャラクターが恋愛をするゲーム」、乙女ゲームは、感情移入をしやすくしたり、女性が現実の嫌なことを一瞬でも忘れられたりする工夫が物語の中に施されており、ユーザーにとっての癒しとなっている。またユーザーたちは声優という存在を特別視している人が多く、声優を媒介とすることでメーカー側の意図や主張を伝えることができる。それだけでなく、「乙女ゲーム」に関わる行為者であるメーカーと声優とユーザー、そして取材に訪れるメディア、物品販売の為にやってくる小売店が集う声優イベントというのは、まさに「乙女ゲーム」世界の縮図ともいえる場である。そこでは単に品物を宣伝したり、販売したりをするだけの場ではなく、本来ゲームを享受する側であるユーザーたちが、その歓声や態度でもって他の行為者に自分たちの思いをぶつけられる場でもあったのだ。そのように考えると、「乙女ゲーム」世界と言うのは、商品と情報の流通というメーカーからの一方通行ではなく、ユーザーやメディア、小売店からメーカーへと伝えたいことが伝えられる世界でもあったのである。

 私ははじめにで、オタク系文化の中でも今まで注目されなかった「乙女ゲーム」を取り上げることは今の社会を理解する上で意味はあると言った。しかし、私の力不足により、社会構造と結びつけるまでには至っていない。今後、「乙女ゲーム」世界の動向を見守りながら、考えていかなければならないと思っている。

 最後に、今回インタビューやアンケートでお世話になった乙女ゲーム仲間や、ゲームの収録・イベントへ取材という貴重な経験をさせて下さったアルバイト先の社長やメーカーの方々、一緒に苦しい時間を過ごしてくれた学友、私を見捨てずに導いて下さった小川先生と寺岡先生、本当にありがとうございました。また、凹んだ時、泣きたくなった時にいつも画面の中から私を支えてくれたたくさんの「恋人候補」とその「中の人」、いつまでも愛しています。

 これからも、ますます発展していくであろう「乙女ゲーム」世界を、ユーザーとして楽しみにしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考文献・参考資料

東浩紀 『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』講談社 2001

東浩紀 『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』講談社 2007

古賀令子 『「かわいい」の帝国 モードとメディアと女の子たち』2009

金寿彦『秋葉原メッセサンオー店長 金の魂~略して金タマ』2008

櫻井孝昌『世界カワイイ革命 なぜ彼女たちは「日本人になりたい」と叫ぶのか』 PHP研究所 2009

佐藤郁哉『暴走族のエスノグラフィー モードの叛乱と文化の呪縛』1984

杉浦由美子『腐女子化する世界 東池袋のオタク女子たち』中央公論新社 2006

橘寛基『最新ゲーム業界の動向とカラクリがよ~くわかる本』秀和システム2006

菜の花すみれ 『なぜ、きみに恋をしたんだろう』2007

本田透『萌える男』筑摩書房 2005

 

『B’s-LOG 別冊乙女ゲーム白書』エンターブレイン 2006

『B’s-LOG 別冊乙女ゲーム白書2007』エンターブレイン 2007

『B’s-LOG 別冊BLゲーム白書』エンターブレイン2006

『B’s-LOG Dolce』エンターブレイン2008

『B’s-LOG Dolce2009』エンターブレイン2009

『B’s-LOG Dolce2010』エンターブレイン2010

『B’s-LOG Dolce2011』エンターブレイン2011

『乙女ゲーム胸キュンガイド』ブックマン社 2006

『B’-sLOG』エンターブレイン

『Cool-B SweetPrincess』宙出版

『Cool-B』宙出版

『Girl’s Style』メディアワークス

『月刊ぱふ』雑草社

『女の子のための同人誌・コミック・ゲーム・イラスト クチコミ&投稿マガジン』学研

『アプリガールズ』エンターブレイン 2011

『東京お出かけガイドTOKYO Otome Road』マッグガーデン2006

 

2011年 修士論文

「乙女ゲーム」世界のエスノグラフィー 資料編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   高杉美菜



[1] 例えば、東浩紀氏の『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』では、美少女ゲームや美少女キャラクターを具体例をしている、また本文中に「男性のオタクたちがロリコンものを好み、女性のオタクたちが男性の同性愛者が登場する「やおい」ものを好む」とある。

[2] 秋田出身の女優・タレント。アニメに声優として出演するなど、活躍の幅を広げている。特撮・アニメ好きはよく知られているが、「ときめきメモリアル」などの乙女ゲームで遊ぶということは、テレビなどで語られることは少ない。

[3] 「堕天使の甘い誘惑×快感フレーズ」(フリュー)と「ときめきメモリアル Girl’s Side 3rd Story」(KONAMI)

[4]テキストを読み進めながら、一定の分岐点で登場する選択肢を選ぶことでゲームを進めていくゲーム。

ADVとSLGの違いを明確にするのは難しいのであるが、結末に至るまでの過程が複数存在し、より自自由度の高いのもをSLGとする場合が多いようだ。

[5] 幼馴染である東月錫也・七海哉太と天文学を学んでいた主人公。そして、フランスからの転校生の土萌羊がやってきたことによって、幼馴染たちとの関係性に変化が訪れるというあらすじのゲームである。

[6] 「デフォルト」はもともと「コンピューターであらかじめ標準として用意されている状態や動作。初期設定。」という意味であり、デフォルトネームは制作者側が主人公に付けた名前である。

[7] ただし、西洋を舞台としたファンタジーでも、主人公が現代からトリップしてきた高校生という設定もありうることを補足しておく。

[8] 舞台設定が西洋などで、学校が「高校」となっていないものは高校生とせず学生にしてある。また日本が舞台だとしても、「学園」「学院」など高校と明記されていないものは学生にしてある。

[9] 「信長の野望」(1983年4月 光栄(後のコーエー))に始まる戦国時代をテーマにした歴史シミュレーションゲーム

[10] 「三國志」(1985年 光栄(後のコーエー))に始まる歴史シミュレーションゲーム

[11] 「アルバレアの乙女」(1997年6月27日 NECホームエレクトロニクス)

[12] 「卒業M~生徒会長の華麗なる陰謀~」(1998年7月30日 イーリースタッフ・ハーティーロビン)を始めとして、「ファンタスティックフォーチュン」(1998年11月27日 富士通・サイバーフロント・ソースネクスト)など。後述の「ときめきメモリアルGirl’s Side」(2002年6月20日 KONAMI)なども男性向け美少女ゲームからの派生作品と考えられる。最近でも「D.C.Girl'sSymphony~ダ・カーポ~ガールズシンフォニー」(2008年9月26日 サンクチュアリ)があり、乙女ゲーム制作の発端として1つのパターンとなっている。

[13] 「遙かなる時空の中で」(2000年4月6日 コーエー)

[14] 「ファンタスティックフォーチュン」(1998年11月27日 富士通)

[15] ネオロマンスとは、コーエーから発売されている女性向ゲームの総称である。「アンジェリーク」シリーズ「遙かなる時空の中で」シリーズ、「金色のコルダ」シリーズ、「ネオ アンジェリーク」シリーズ「ラブφサミット」がある。(2011年現在)

[16] 「女の子のための同人誌・コミック・ゲーム・イラスト クチコミ&投稿マガジン」(学研 2001年12月発刊)

[17] 東京秋葉原に本店を持つゲームショップ。男性向のソフトや一般ゲームなど幅広く取り扱っている。2008年現在、本店の2階フロア半分と3階フロアが女性向作品の売り場になっている他、通信販売でも「メッセサンオーガールズゲームショップ」として男性向や一般ゲームとは別に販売されている。ゲームを購入した際に付いてくるショップオリジナルの特典に力を入れている。

[18] 「星の王女」(2003年8月25日 美蕾)

[19] 「乙女的恋革命★ラブレボ!!」(2006年1月26日 インターチャンネル)

[20] 「ラスト・エスコート~漆黒の黒蝶物語~」(2006年1月26日 D3パブリッシャー)「ラスト・エスコート~黒蝶スペシャルナイト~」(2006年7月27日 D3パブリッシャー)「ラスト・エスコート2~深夜の甘い棘~」(2008年2月21日 D3パブリッシャー)「Last Escort―Club Katze―」(2010年2月11日 D3パブリッシャー)の総称 

[21] 「放課後は白銀の調べ」(2008年2月28日 ディンプル)

[22] 一例として「恋人はNo.1ホスト」(VOLTAGE 2006)が挙げられる

[23] 投票者データ 女性 2007年 92.2% 2008年 95.3% 2009年 93.6% 2010年 96.1%

[24]今回選択肢の中に「主婦」が無いアンケートとなっており、その他の中に主婦が含まれていると推測されるため、その他を学生以外に含めることにした

[25] msnエンタメニュース 「水樹奈々、横浜アリーナ公演2日間で2万4000人を動員!」http://music.jp.msn.com/news/article.aspx?articleid=245941 (2011年8月3日現在)

[26] 声優系イベント予定表 http://www.tt.rim.or.jp/~makoto-s/event/future/

 シンブログ(敬称略)男性声優イベントカレンダー http://ameblo.jp/sin44/entry-10272431609.html  (どちらも2011年8月4日現在)

[27] イベント詳細 http://www.d3p.co.jp/otome/event/file/stormlover/index.html

(2011年8月2日現在)

[28] もともとのゲームと世界観やキャラクターを共通させて、ヒロインとキャラクターとの後日談など別の物語を楽しめるようにしたゲーム

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