獅子の流星

「来年もこの国が実り豊かに栄え、民が平和で穏やかに暮らせるよう、大地を司る聖なる神にお願い申し奉る。」
朗々とした声が神殿に響き渡り、聴衆はその残響が消えるまでうっとりと余韻に浸る。漆黒の空からは無数の星々が流れ落ちる。オルフレイア王国の王、レオナルド=オルフレイアは秋の実りの大地を思わせるような黄金の髪をなびかせ、民の方を振り返った。みずみずしい若葉を思わせる碧の瞳で慈愛の眼差しを向ける。
「大地の神の御恵みとともに、民の皆の信心深い心と勤勉な努力のおかげで、今年も大きな災いはなく実りも豊かであった。皆がこれからも安心して穏やかに暮らせるよう尽力しよう。」
王の言葉が終わると同時に、熱狂的な民衆の歓声が上がる。王の生誕祭の夜、王自身から慈悲深い言葉を頂き、感涙にむせぶ民もいた。当代の王、レオナルドは堂々とした偉丈夫であり、民への慈愛を忘れない名君として名を馳せていた。前代までは国王派と神殿派の勢力争いで国が乱れたこともあったが、当代からは神殿派とも確かな信頼関係を結んでいた。レオナルド王は神官長とともに揺るぎない治世を行い、オルフレイア王国を脅かす影は周囲に微塵も感じられなかった。
 レオナルド王が神殿派と和解できたのは、その生まれが大きな理由である。レオナルド王が誕生したのは11月のある夜、神殿が大地神と崇める獅子を象る星座から多くの流星が流れ落ちた夜のことであった。オルフレイア王国には古くから、神々が天の扉を開き、人々の願いを叶えるために星を落とすという言い伝えがある。神々が落とした流星に願い事をすると願いが神に届き叶うため、転じて流星は吉兆の現れとされた。レオナルド王の治世が盤石のものとなるほど獅子座から落ちる流星の数は増していく。レオナルド王は民から尊敬の念を持って「流星王」と呼ばれた。

「今年もなんと多くの者が死んでいったことか…。」
 暗い城の中でカストロリア王国の王、ローベルト=カストロリアは力なく呟いた。黒い髪には心労による白髪が混じり、実際の年齢よりもかなり老けて見える。周りに侍る家臣たちも皆俯き、顔色を失っている。毎年、北の国との国境付近の小競り合いはあったが、ここ20年程その規模が拡大する一方なのだ。近年の争いは、北の国の一方的な虐殺に近いものとなっている。カストロリア王国を占領するわけでもなく、金や資源を要求するわけでもない。北の国はカストロリア王国よりも豊かで食料に困っていることもないはずなのだ。しかし、北の国は決まった時期に戦を仕掛け、ある程度こちらの兵を殺し尽くすと、それで満足したように引き上げていく。ある時は北の国の王に和平の使者を送り、またある時は王との仲立ちを依頼するため、北の国の神殿に使いを送ったが、誰一人として帰ってこなかった。毎年、北の国が戦を仕掛けてくるのは、北の国の王の誕生日、つまり獅子座からの流星が見られる日であった。カストロリア王国では古くから、人間にはそれぞれ自分の星が空にあるという言い伝えがある。人が死ぬと、その者の星は流れ星となって地上に落ちて行くのだ。転じて、流星は凶兆の現れとされてきた。北の国、オルフレイア王国との戦闘が激しくなるほど獅子座から零れ落ちる流星は増えていく。カストロリア王国ではオルフレイア王国のレオナルド王のことを、怨嗟の念をもって「流星の魔王」と呼んだ。

 もう、カストロリア王国にはオルフレイア王国と満足に戦える戦力は残っていない。カストロリア王国の民たちも、オルフレイア王国の異様さに恐れおののき、絶望に染まっていく。ローベルト王は王国を捨て、険しい山々を越えて南方の乾いた大地に民を引き連れ、移り住むことを決めた。今の土地ほど豊かではないが、険しい山々がそびえ立つため、オルフレイア王国も例年のように戦を仕掛けられまいと見越してのことだ。ローベルト王は神々に祈る。来年こそは数多の星が落ちませんように…と。


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「こちらタウ・ケチR701。被災状況報告を行う。」
星々が遠くに瞬く闇の中、青白い光に顔を照らされた男が1人、無表情で声を発する。
「本日、タウ・ケチe惑星のC/3329 W1彗星のダストトレイルとの交差を確認。e惑星で観測された流星群は極大値を記録するも地上への被害は認められず。今回の特定救助は必要ないものと判断する。以上。」
男が話し終えると青白い光は消え、男はふぅーっとため息をつくと、優しい闇の中にその身をゆだねる。
「今回も何も起こらなくて本当に良かった…。」
男は胸元から昔の被災状況報告の記録キューブを取り出し、開く。230年前にくじら座タウ星系彗星C/3329 W1の彗星核が分裂し、第4惑星であるe惑星にその多くが降り注いだ。地上は甚大な被害を受け、せっかく発生したこの星の文明も絶えてしまうかと思われた。これまで500年以上に渡り、この星の文明の発展を干渉することなく見守ってきた我々、国連宇宙開発機構(UNAEA)もさすがに重い腰を上げざるを得なかった。災害救助および復興にあたってはこの星の文明への影響をなるべく小さくするため、現地人と姿形の似通った地球人型ではなく、ライオン型ナビゲーションシステム(LNS)を採用することにした。現地言語をインストールしたLNSを先にe惑星に派遣し、“我は神の一柱である”と宣言させた。そして、”神の慈悲”という名目で救助や食糧支援、村々の復興を行った。傷つき、絶望に染まった現地人の前で、LNSが吠えると同時に地球とのワープゲートを上空に開いた。ワープゲートから救助物資を載せた輸送船団が地上に降り立つ様は、今でもe惑星の各地に言い伝えとして残っているという。

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