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ドナルド・オコナーへ、愛をこめて

憧れの人は誰かと聞かれると、ドナルド・オコナー、と私は答える。

ドナルド・オコナー。1950年代に活躍したアメリカの映画俳優であり、コメディアン。
日本ではあまり聞き馴染みがないかもしれないが、『雨に唄えば』というミュージカル映画を知っている人は多いだろう。土砂降りの中ジーン・ケリーが傘もささずに幸せそうな顔をして歌い踊るシーンはあまりに有名だ。

その『雨に唄えば』が、私がオコナーと出逢ったきっかけだった。オコナーはこの映画で、コズモ・ブラウンという男を演じている。『雨に唄えば』を見る前、そんな登場人物が出てくることは知らなかったし、そもそもどんなストーリーかも全く知らなかった。
この映画を見ようと思ったきっかけも、YouTubeのオススメで流れてきた例の土砂降りのシーンが気になったからである。実際、この映画を観ようと思った人の多くの理由がそれだと思う。

YouTubeで土砂降りのシーンの動画を見ていた時は、「きっと私は『雨に唄えば』を見終わる頃には、ジーン・ケリーのファンになるだろうな」と思っていた。
けれどもいざDVDを再生して10分くらい経ってみると、もちろんジーン・ケリー演じる主人公のドン・ロックウッドも素敵なのだけど、鼻にかかった声でよく喋る小柄で童顔で青い瞳の男のほうが気になった。

そう、その彼こそが コズモだ。ドンとは古くからの親友で、長い長い下積みを共に重ねてきたのにドンの方が先に売れっ子になってしまい、自分は今もパッとしないまま……という、なかなかに辛い境遇を持つ男だった。
何だか可哀想だなぁと思ったが、にこにこしているのであまり悲壮感を感じなかった。それどころかドンの成功を喜んでいるようなので、まぁ悪い奴ではなさそうだな、とも思った。

私はこの男に大いに度肝を抜かされることになる。映画開始から30分くらい経ったあたりだろうか、落ち込んでいるドンを励ますためのコズモのミュージカルナンバーが始まるのだが、これがもう衝撃だった。画面の中で起きていることが信じられなかった。
飛んで、跳ねて、壁にぶつかって、鼻を曲げて(物理的に)、クルクル変わる百面相を披露して、人形と格闘して、何度も床に体をぶつけて、駆けずり回って、果ては壁を蹴っての見事なバク転を二回もやってのけるのだ。とても人間業とは思えなかった。
隣でスマホをいじっていた兄貴も口をあんぐり開けて「すげぇ」と言っていた記憶がある。

超人的なパフォーマンスはそのシーンだけにとどまらない。ドンが発声練習を受けるシーンや、ドン、ヒロインのキャシー、コズモの三人が新しい映画のアイデアを思いつくシーンで、彼は見事なタップダンスを披露する。驚く程に高速なのに全く足がもつれることなく、にこにこの笑顔を絶やさずに軽々とステップを刻むのである。

映画が終わったあと、お目当ての土砂降りのシーンよりも心に残っていたのはコズモだった。人間離れしたパフォーマンスの数々。心地の良い歌声。眩しい笑顔。吸い込まれそうなほどに綺麗な青い瞳。
演じたのはどんな人なんだろう。他にどんな映画に出ているんだろう。そう思い、YouTubeで『ドナルド・オコナー』と検索をかけ、片っ端から動画を見た。
リズムに合わせて風船を割ったり、足で木琴を演奏したり、ローラーシューズでタップしたり、お姫様を華麗にエスコートしたり、ピンポン玉を操ったり。
彼のパフォーマンスは、どれもポジティブなエネルギーで満ちていた。ますます魅了された。

そうしてオコナーと出逢い、2年ほどの月日が流れたが、彼の出演作を見ることはなかなか難しい。日本では未公開の作品ばかりだし、ミュージカル映画が下火になっていくにつれて、活動の場をテレビにシフトチェンジしていったそうだからだ。日本のインターネットで調べても情報があまりにも少ないし、彼の新作を見ることもできない。2003年、彼は心臓麻痺で亡くなっている。没年78歳。長生きされたのだそうだ。そして2003年は私の生まれた年でもある。

ずっと前に亡くなった人を好きになるというのは、何だか不思議な感じがする。それもオコナーはおじいちゃんになるまで生きたのだから、当然ながら歳をとったオコナーの動画も私のYouTubeのオススメに流れてきたりする。
若い頃のオコナーの姿しか知らなかった頃、私はおじいちゃんになったオコナーを見るのが怖かった。コズモの時と全く違うような人になっていたらどうしよう、なんて失礼なことを思っていたのだ。

けれどもそんな不安は杞憂だった。半年ほど前に60歳くらいのオコナーが『雨に唄えば』でキャシーを演じたデビー・レイノルズとタップをしている動画を見かけたのだ。幾分ふくよかになっていたが、かわいい笑顔も、鼻にかかった明るい声も、あの頃と変わっていなくてとても嬉しかった。
その数ヵ月後には、さらに歳をとったオコナーの動画も流れてきた。コズモの時以上に痩せていて、声も弱々しかった。だけど瞳は相変わらず綺麗な青色だった。
嬉しかった。嬉しくて、悲しくて、切なくて、泣きそうになった。


私がこうしてドナルド・オコナーのことを綴っているのはどうしてかと言うと、このnoteを執筆し、そして公開する日がオコナーの誕生日である8月28日だからである。命日の9月27日に執筆するかで迷ったりもした。どちらかというと内容的にそっちのほうが合っているかもしれないが、彼が生まれてきてくれたことに感謝をしたいのだ。

私はオコナーのようなコメディアンになるつもりはない。タップダンスもできないし(いつか習いたいとは思っている)、壁を蹴ってバク転するなんてとても無理だ。けれど 彼のように笑顔を絶やさなかったり 誰かを笑わせることはできなくもないし、実行していきたい。
彼の太陽のような笑顔と比べると私の笑い顔なんて足元にも及ばないけれど、彼のようなエンターテイナーの気持ちを持てるようになりたいと 日々そう願っている。


ドナルド・オコナーへ。
貴方は私の憧れの人です。
この広い広い世界の中で、貴方という素敵な映画俳優に出逢えたことを、本当に誇りに思います。
この世に生まれてきてくれて、私たちを何度も笑わせてくれて、ありがとう。
『雨に唄えば』の公開から60年経った日本にて、貴方のファンより、愛をこめて。


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