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短編“大切な人からの甘い手紙”【シロクマ文芸部】

手紙には何も書いてなかった。
天井の灯りにかざして透かしてみても、やっぱり何も書いてないのだった。
でも差出人は私にとって大切な人だった。
彼女からの手紙は、たとえ何も書いてなくても、私にはとても大切だった。
大好きな彼女からの手紙。
封筒の宛名に私の名前、差出人に彼女の名前。
もうそれだけで何よりも大切な手紙なのだった。
何も書いてない白い便箋を、元の通りにたたんで封筒に入れようとして、ふと、以前読んだ短いお話を思い出した。

そうだ、「あぶり出し」だ!
いそいそと再び便箋を封筒から取り出す。

そこではたと手を止める。
彼女がそんなことするだろうか?大人なのに。
大人の落ち着いた大人しい女性なのに。
今は夏だから蜜柑もないのに。

大切な人からの大切な手紙をあぶって、何も浮き出てこなければ、
大切な人からの大切な手紙を火あぶりにしたも同然だ。
もし彼女に知られたらひどい人と思われてしまう。

いや、そもそもこんな思わせぶりな何も書いてない手紙を送ってきた彼女のほうに責任がある。
勘違いして便箋を火あぶりにしてもそれは私のせいじゃない。
でも大好きな彼女にそんなことは言えない。
そんなふうに責任を追及したら彼女は泣いてしまうかもしれない。
大切な彼女を泣かせたくはない。
そもそも滅多に会えないし、滅多に話もできない彼女にもしも会えたら、そんなふうに責めたりしたくない。とにかく手紙をありがとう、と言いたい。
よし。もう良いから手紙を少しあぶってみよう。

よく分からない心の逡巡しゅんじゅんを経て、私は便箋を手に台所へと向かった。
が、くるりと向きを変えて部屋にもどりパソコンに向かった。
ガスの火であぶれば最悪便箋が燃えてしまう。
他の方法はないだろうか?
検索したところ、ドライヤーを使っても良いらしい。
私は洗面台に向かった。ドライヤーを準備して便箋に熱風を当てた。

結果、大人の大人しい彼女からの何も書いてない手紙は「あぶり出し」だった。
「さとう」
という文字が浮き出てきた。
さっき検索したとき、あぶり出しの文字を書くには蜜柑汁でなくて、砂糖水でも良いと書いてあった。
彼女は砂糖水でこの手紙を書いたことを、ここに書き記したのだろう。
私はあぶり出しだったことに気がついた自分への喜びの中、失望も感じた。もっと「すき」とか「あいしてる」とか「あいたい」とか、そんな甘い言葉を期待していたのだった。
でも気を取り直した。砂糖ほど甘いものはない。砂糖は絶対に甘い。
これは大切な人からの「甘い手紙」だ。

すぐに返事を書く支度を始めた。砂糖と水を用意した。
返事には三枚の便箋を使おう。
「すき」
「あいたい」
「あいしてる」
こう書こう。

と思ったが、そんな返事を書くのは大人の男性としてはなんだか勘違いして気持ち悪くてヘンタイじみているような気がしてきた。
嫌われるのは嫌だ…。
私はため息をついて作業を中止した。
用意したコップの水に、砂糖と檸檬と氷を入れて混ぜて飲みほした。

(了)


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