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春と風見鶏【シロクマ文芸部】

春と風見鶏はこの街ではセットになっている。
春がやってきたな、と街の誰もが感じる日の朝、
昨日まで屋根のてっぺんにいた風見鶏がいなくなっている。
一年間の役目を終え、風と一緒にどこかに飛んで行ってしまったのだ。
そして街にうすむらさきの夕暮れが訪れるころ、
それぞれの家の屋根に新しい鳥が、
春の風に乗ってやってきたのを
みんなほっとした気持ちで見上げている。
それがこの街の春一番の光景だ。

なのに今、僕は自分の家の屋根のてっぺんを見上げて途方に暮れていた。
僕の家にだけ、新しい鳥が来ていないのだ。
方角を示す矢印だけが、他の家の風見鶏と同じ方向を示している。
その上に鳥はいないままだ。
どうしよう。
急いでなんとかしなければ。
でもどうすればいいのだろう。
初めての出来事だし、だれからも聞いたことのない事態だった。
昨日まではうちの風見鶏は「エミュー」だった。
大きな飛べない鳥のエミューがどうやってうちの屋根までやってきたのか街の話題になった。そして人気者になった。
一年間大好きだったあのエミューは、今頃どこに行ったのだろう。飛んでどこかにいったのだろうか。
ほんの一日前までいたその姿がとても懐かしかった。
新しい鳥は何だろうとわくわくしていたのに、まさか誰も来てくれないなんて。何か僕は悪いことでもしたのだろうか?
それともこれから悪いことが起こるというのだろうか?
僕はゆっくりと家の周りを歩いてみることにした。上を見たり下を見たりしながら、念入りに何か原因がないかと調べた。または悪い予兆のようなものが見つかるかもしれない。
僕はもともとそんなふうに家の周りをのんびり見ることが好きだったので、この寒さがなければグルグルと家の周りを何周も歩くところだったが、幸いそんなぼんやりが許されない冷え込みだったし何も見つからなかった。
ぶるる。
僕は震えると、一周であきらめて家の中に入ることにした。
暖かい家の中で考えた。
明日で良い、明日また考えてみよう。
そう決めると僕は温かい夕食を取って、早めに寝てしまうことにした。

トントントン
朝早く、ドアを叩く音で目が覚めた。
急いで出ていくとノックしたのは隣の家の女性だった。
この街に引っ越してきたばかりでまだ親しくない。
「きっと心配されているでしょうと思って。
早くお知らせしたほうがいいかと」
彼女は早口で言い訳をすると、寝ぐせ頭で目をこすっている僕に、自分の家の上の風見鶏を指さした。
そこには二羽の鳥が睦まじい姿で風見鶏となっていた。
「おたくに行くはずの鳥がうちに来てしまったのだと思うんです」
彼女はほんのちょっと、僕のうちの鳥のいない風見鶏に目をやった。
そしてもう一度自分の家の上の二羽の鳥の風見鶏を見上げた。
「なるほど。きっとそうですね。
お知らせくださってありがとう。
心配で一晩中眠れなかったんです」
僕の言った冗談に彼女は可愛らしい声で笑った。

それが僕と彼女のなれそめだ。
それ以来、この街の独身の男女は、春の風見鶏が入れ替わる日に、
僕たちと同じようなことが起こらないかと期待しながら風見鶏を見上げている。
僕と彼女は彼女のほうの家に住むようになった。
翌年からもずっと、春、風見鶏が入れ替わったとしても、
やはり僕たちの家には二羽の風見鶏がやってくるのだった。

(了)


小牧幸助さんの企画に参加します




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