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合わせ鏡で口笛吹いて【青ブラ文学部】

ママが洗面台の鏡に向かって身を乗り出し、手鏡で合わせ鏡にしながら角度をあれこれ変えて頭を見ていた。口笛を吹きながら。
「ママ、何やってんの?」
ママはそのままの姿勢で私を見ずに
「はげちゃったから見ようとしてるの」
と答えた。
「指で触ったら円形脱毛出来てたから、大きさ見ようと思って」
「ふうん…」
私は他に言いようがなくて質問した自分を後悔しながら少しずつ後ずさってその場を去った。私は知っている。ママは仕事が大変だったり、役員をいっぱい引き受けてたり、パパやおばあちゃんから無神経なことされたストレスなどでいっぱいいっぱいになると円形脱毛ができるのだ。
でも私にはどれもどうにもできない。というか、ママだって気にしていない。だから口笛なんか吹いてるのだ。私が後ずさって洗面所を出ると口笛を再開した。
あれは…あの曲は…そう、ハイ・ホーだ。白雪姫の小人たちの歌。
ママはハイホーを口笛で吹きながら自分の抜けた髪を確認している。
ハイホー♫
最後にそれだけ、歌ったママの声が聞こえた。
でもママは、ハイホーって歌って働く小人じゃなくて、白雪姫だ。
少し髪が抜けたって、色が白くて髪が黒くて…
私はやっぱりママに何か声を掛けようと思い直して洗面所に戻った。
ママはいない。
「ママ?」
どこかでかすかに口笛が聞こえる。
ハイホー…ハイホー…
私は吸い寄せられるように鏡をのぞく。
鏡の中は森の中。
鬱蒼とした森の中。
ママ?ママどこにいるの?
だめ、のぞきこむときっと鏡の森に吸い込まれてしまう…
もう手遅れ…

私は裸足で森の中に立っている。
じっと耳を澄ます。口笛が聞こえないかと耳を澄ます。
少しの風の音と葉擦れの音、鳥の声。
そのあいまに口笛が聞こえないだろうか?
私は足元に目を落とす。
あ。
足元を行進する鶴嘴つるはしを手にした小人たち。
親指ほどの七人の小人たち。
小さいのに不思議なほどのスピードだ。
待って!
ママはどこ?教えて!
手鏡が落ちているのを見つけて私は無意識にそれを拾い上げる。
ママ!
叫んでいるつもりだが音にならない。
たぶん声は風になってしまう。
手鏡を手に急いで小人たちを追うが木の根に躓いてしまった。
あっ!
転んだ拍子に手鏡が割れた。

私は洗面所の鏡の前にいるママを後ろから見ていた。
「ママ」
ママはもう合わせ鏡をしていない。だって私がさっき手鏡を割ってしまった。
「ママ、ごめんね」
ママは振り向く。
「何が?」
「手鏡を…」
ママはふっと優しく笑った。
「いいのよ。
さあて、一緒に紅茶でも飲みましょ!
おいしいアップルティーがあるのよ」
林檎…
「アップルパイもあるのよ!」
ママは嬉しそうに言う。
「えー。林檎くどーい!」
私たちは笑いながらキッチンへ行き、お湯を沸かし、アップルティを入れ、アップルパイを温めて皿にのせ、そこに更にバニラアイスクリームをのせた。山盛り、のせた。

(了)

*山根あきらさんの企画に参加します






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