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角砂糖で女の子を手なずけよう


萩原朔太郎が昔から大好きなので日々の中、ふと朔太郎の詩やアフォリズムの断片が浮かんでくることがある。
ここに書くことが何一つ決めていない今朝、まずみんなのフォトギャラリーを開いてみて思い付き「角砂糖」と検索してみる。ああちょうどいい写真がある。角砂糖から、小さな泡がぷくっと浮かび上がっている。朔太郎と角砂糖のことを書こう。
「この手に限るよ」という短い文章。夢の中で彼は、彼は朔太郎だろうかそうでないだろうか、とにかく彼は数人で喫茶店へ入るがその中の一人、利発で愛くるしい少女の気をひきたくて、紅茶に角砂糖を入れてみせる。紅茶の中で角砂糖から浮かんだ泡がマスゲームのようにさっと茶碗のへりに離れる様を得意そうに披露すると、その少女はひどく関心し彼を感嘆の瞳で見つめる。長い睫毛をしばだたいて。彼は満足し、女の子を手なづけるにはこの手に限るよと大得意でまわりに自慢しながら夢から覚めてそのバカバカしさを自嘲する、
というあまりにも可愛らしい文章に、もう愛くるしい少女などではない私は今でもうっとりとして紅茶に角砂糖を入れてみようかな、などと思う。甘い紅茶など飲むことはないのに。喫茶店に行くとブラックコーヒーを飲む50代なのに。いや、20代からブラックコーヒーを飲んでいたけれど、でも20代の頃から朔太郎のこの角砂糖の泡が時々心の中でぷくぷくと浮かんではさっと離れていく。本当だろうかと試しただろうか、試さなかっただろうか。遠い昔にその手で手なづけられた私はただ幻のように頭か心の中のどこかで、紅茶に角砂糖を落としては小さな泡が時々浮かんでははじけて消えてゆくのを眺めている。

*青空文庫でどうぞ。ページの一番下です。
紅茶の泡と朔太郎を楽しんでください♫


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