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たくさんの菫を摘んだ午後

それは昨日の午後だった。お客さんのところに配達に行った。農家さんのところだ。一番親しいお客さん。
庭先に、とてもきれいな 良い菫がたくさん咲いていたので、とてもきれいな良い菫がたくさん咲いてますねと言ってみたら 、好きなだけ、たくさん摘んでいいよ と言われた。
人生で初めての、たくさんの菫を摘んでいい時間。
小さなまほうのような、小さなタイムスリップのような、どこかと遮断された特別な時間。
たくさん摘んでもひとにぎりの菫。
手の中の小さな花束に顔を近づける。良い匂いがする。初めてかいだ、すみれの花束の匂い。
れんげも摘ませてもらった。ぬかるんだ田んぼの土に遠慮しながら足を下ろす。れんげを摘むなんて何年ぶりだろう。何十年ぶりだろう。
摘んだれんげにも顔を寄せる 。何十年ぶりかのれんげの香り。
一面のれんげ畑を見たの最後に見たのはいつだろう 。もう思い出せない 。
記憶を揺らめかせながら、ああ、これで菫の花の砂糖漬けを作ろう、と思う。花をそっと洗って、水気を拭いて、卵の白みをつけて、グラニュー糖をまぶすのだ。
菫の花の砂糖漬けができたら今度はお菓子を焼こう。菫の花のついた焼き菓子。
なにかが憂鬱な日常の時間から意識がすべり落ちて、一日中うすむらさきやバラ色にかすんだ時間にひたされる。そこは野の花を食べてすごすところでたぶん空のむこうにある。
でもそこから戻ってきて家に帰って、菫の花の砂糖漬けを作ろう。

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