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ヒマワリの海へ【シロクマ文芸部】

ヒマワリへ飛び込んで。
彼女は僕にそう言って、眼下に広がるヒマワリ畑を指さした。
え…死ねってこと…?
僕はたじろいで彼女をみる。
彼女はふふっと笑顔をみせる。
そんなわけないでしょ?そこは海だから。ヒマワリの海だから。海へ飛び込むだけだから。でも怖いのなら私も一緒に飛び込むよ。そうしたら怖くないよね?
いや、それより、僕のあの大切な黄色い自転車を置いてどこへも行けない…つぶやく僕を彼女は僕をぎゅっと抱きしめた。僕たちはそのままヒマワリ畑へと倒れて落ちて行った。土に激突して死んでしまう…彼女と一緒に?僕だけ?彼女だけ?いや、彼女、誰?
落ちてゆく時間は思ったよりも長かった。気がした。

気がつくと僕は一人で倒れている。
ふかふかした土の上でどこも痛くない。温かく気持ちいい。
身体の下の土が、良い土なのだな、などと思う。なぜそんなことを思ったのだろう。良い土とか悪い土とか、そんなものがあるのだろうか。
でもこの土は僕にやさしい。
倒れたまま、手で届く土を握ってみる。ぎゅっ。ぱっ。離してみる。やはり良い土だなあ、と倒れたまま思う。起き上がろうか?いや、身体に力が入らない。起き上がれない。でも少しなら動ける。ごろん、と転がる。身体にもっと土がつく。もっと、もっと。僕は力を振り絞って転がる。そして力尽きて動けなくなる。ああ、土が気持ちいい…

一人で自転車で遠出して、パンクのトラブルで熱中症で倒れてしまってから数日寝込んでいた。延々と繰り返し繰り返しおかしな夢を見ていた。あの知らない女の子は誰だろう誰だろう…と、うなされていた。自転車に乗れるようになってすぐ、僕は倒れた場所へ向かった。いつもの黄色い自転車で。ヒマワリの海へ。正確にはヒマワリ畑の上の丘で僕は倒れてしまったのだ。初めて行った場所だった。唐突にひらけたヒマワリの海だった。
しかしその丘の下にはもうヒマワリ畑はなかった。
「あれはね、肥料のヒマワリだから」
呆然と見下ろしている僕に誰かが告げた。
「花が終わる前だったけどもう畑の肥料になってしまったの。バラバラに梳きこまれてね」
思い描いたその様子がひどく恐ろしく感じて僕はまためまいを起こしそうな気がして座り込んだ。
「だいじょうぶ?まだ無理しちゃダメなんじゃないの?黄色い自転車くん」
一緒にしゃがみこみながら、向日葵のような彼女が僕に笑顔を向けた。

(了)



*小牧幸助さんの企画に参加しています。


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