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アオスジアゲハの女の子

絵を描く友達に、ちょっとモデルをしてと頼まれた。
いつも私のこと、絶対モデル無理なスタイルだと言っていたくせにどうしたの?とたずねると、
今日描きたくなったものにはピッタリだと思ったから、と平気な顔で言う。
そんなふうに前言にこだわらない彼女が好きだ。
私は前言にくよくよするタイプだ。そんな自分が嫌いだ。
だから、いいよと返事してモデルを引き受けた。

彼女の部屋にいくと、彼女が作っておいた蝶の羽を背中につけられた。リュックのような肩紐がつけてあり、それを背負った。うすい布でできているけれど結構重い。重いけど青くて美しい。それを付けるのは嬉しかったので、そのまま立ってて、と言われてそのまま立っていた。
モデルなんているのかな?私いなくても描けるんじゃないかな?と心の中で考える。
「あのね、アオスジアゲハの女の子になった気持ちで立っててくれる?心の中もね」
私は途方に暮れる。アオスジアゲハの女の子は何を考えるだろう?
女の子だから人間の女の子と同じようなことだろうか?
もっと可愛かったら良いのに、とか、もっとスタイルが良かったら良いのに、とか、服を買いに行きたいな、とか、好きな男の子は今日は何してるだろう、とか。
でも蝶なのだから、今日は飛びやすい風が吹いてるな、とか、遠くまで行ってみようかな、とか、昨日ちょっと羽が傷んじゃったどうしよう、とか?
アオスジアゲハの好きな食べ物は何だろう?あとで検索してみよう。
そこまで考えて「どう?描けてる?」ときいてみる。
「もうすぐ終わる」
もう終わるんだ…はやいな。でも助かった。肩が痛くなってきた。
「はい!終わった!ありがと!」
彼女は立ちあがるとこっちにきて羽を下ろしてくれた。
私は一瞬、羽を失った気持ちになった。
でも体がすっと軽くなった。浮かび上がりそうに。
羽をなくしたのに浮かびそうだなんて変なの。
「見せて」
私は彼女の描いていた絵に向かう。
「可愛く描けたよ!」
彼女の絵には、丸いぼんやりした顔の私が蝶の女の子になって描かれていた。笑顔だ。私は嬉しくて大きく頷いた。
「これ、欲しかったらあげる」
彼女はくるくる細く巻いた蝶の羽を差し出した。
一瞬考えてから「ほしい」と返事をして受け取った。
「ありがとう」

私は羽を抱えて帰った。
いつでも羽をつければアオスジアゲハの女の子になれるのだ。
いつでもあの空にふわっと浮かんでいけそうだと思った。

(了)

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