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同期入社

大海の渦潮の中を泳ぎ出した三匹の魚がいた。
二匹は小さいが形の良い背びれと尾びれを上手に靡かせて前へ前へと泳いでいく。二匹の尾びれを追ってひとまわり小さく、形の悪い尾びれを持った三匹目がついていく。二匹は時々泳ぎを緩めて三匹目が辿り着くのを見守った。

三匹目より半身ほど先を泳ぐ一匹目の魚は半年後に一隻の舟になった。三匹目より頭ひとつほど先を泳ぐ二匹目もそれから一年後に一隻の舟になった。魚は別れを決め込んでいたが、二隻の舟はそれぞれの航路と魚の潮の流れがぶつかるところで落ち合うことを提案した。

ひと月に一度、半年に一度、一年に一度、会わない時間が長くなっていた。二隻の舟は自らの航路の開拓や進行に、魚は渦潮の中を泳ぎ続けることに、それぞれが必死だった。一度落ち合えた大海の真ん中で一隻の舟が船になったことを知らされた。もう一つの舟と魚は喜び、船を祝福し、船は舟と魚に激励を送った。

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またひと月、半年、一年と会わない時間を船と舟は漕ぎ、魚は泳いだ。泳ぎ続けた魚に突然潮の分かれ道が現れた。立ち止まることも選ぶことも出来ない魚はひれを靡かせて舟のところまで泳いで行った。舟は突然の魚の訪問と魚に頼られたことが嬉しくて、魚の話を熱心に聴き、魚が選べるであろう道をいくつも提案した。

魚は舟に話すために泳ぐことを止め、そして思い浮かべた。魚は渦潮に入ってからというもの最初は二匹の魚の尾ひれを追いかけ、二匹が舟になってからは隣を泳ぐ老魚に尻を叩かれながら泳いだり、言われるままに群れの先頭に立たされたりした。魚が今日まで泳ぎ続けてこられたのは今の渦潮の中で泳ぐ他の魚たちのお陰だった。

そんな魚に舟は魚が魚らしく居られる場所で泳ぐのが良い、と。魚のそういうところがすきだ、とも言って渦潮に戻る魚に手を振った。魚は泳ぎ疲れてはいたが、いつもより海水が潮の流れが優しく感じられた。

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渦潮に戻ってひと月、ふた月、み月と経ち魚は舟の魚時代の恩魚に出会った。その恩魚は魚に言った。舟が居なくなったらしい、と。

突然の一言は衝撃的で、その一言は魚の頭の中を浮遊して口を開けば泡として消えてしまいそうだった。魚は一文字に口を閉じ、急いで船の元に向かった。船は突然の魚の訪問に驚き、魚は挨拶も忘れて恩魚の言葉を繰り返した。

船は魚の言葉を心に落としてすぐに涙を流した。そしてそれを伝えて帰る魚に気を付けて、と声をかけた。何かあったら必ず連絡して、自分もするから、と震えた声で魚に言った。

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魚は帰り道、一文字に閉じていた口を開けて泡を吐いた。船が泣いた、あの恩魚の一言は泡沫になっても消えなかった。魚は遠回りをして渦潮に戻る途中で、深い海底に誘う潮の流れを見つけた。深く暗い闇色の海底を見つめるあまり魚は帰り道を外れそうになっていた。

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魚は闇色の海底に一雫の涙を落とし帰り道に復帰した。魚にはまだ考えることが山ほどあった。涙を流しても舟が居なくなったことを嘘だと思う魚がいた。事実だとしても何も言わずに去るはずがない、とも。そして舟にも魚や船に話したかったことがあるかもしれない、とも。

魚は考えた。もう正解が分かるはずのない問題だった。魚は渦潮の中、今日も答えを探している。時々闇色の海底を見つけてしまう、そこを見つめてしまったら、体を翻して海面を目指して勢いよく泳ぎ、船からも見えるように大きく跳ねている。

魚は、舟が船と魚にまたねと言い忘れてしまったのだと信じている。信じられそうにない日はもう一度魚に問うと決めている。問う力もなくだめになりそうな日は、魚のために生きた死んだ誰かに魚を預けようと決めている。そうしてまた魚は生きていこうと決めている。

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