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待ち合わせの駅前でキョロキョロしていると
「ユリ!」
とマキちゃんが駆け寄ってきた。既に懐かしさで心が揺らいだ。
「萩原、夕方から来るって〜」
出来るだけ穏やかに言った。数年ぶりに会ったように思えない親しみと、何年も会うことがなかった事実に違和感を覚えた。
「何で私たちずっと会ってなかったんだろうね、会わないどころかどこに住んでるかさえ知らなかったなんて。」
同じことをマキちゃんが考えていたことに嬉しくなって、思わず笑った。
「とりあえずお茶しに行こ!いっぱい喋りたい」
マキちゃんの隣を歩きながら、さっきの違和感と萩原の夢、私自身の夢の現在地と目的地、そのそれぞれは全く違うものなのに全てが同じ場所に終着するような感覚がした。
「私ね、ユリの、怒ってないけど怒りそうになったよ。を思い出しちゃって」
マキちゃんはアイスティーのストローを弄りながら項垂れている。
「それで連絡くれたの?」
正直、その事で私を思い出されるのは嫌だった。その件はよく覚えているのだけど、マキちゃんが覚えている理由とは別の理由だから、苦笑いしか出来なかった。
「違うよ!それで、じゃなくて。ちょっと嫌なことが続いた時にちょっといいホテルのスイーツを食べに行ったんだけど、その時あんまりケーキが綺麗で、美味しくて、モヤついてたのスッキリ忘れさせてくれて、こういうのどっかで味わったことあるな〜って思い出していったらユリだった!」
「ユリの、誰かの思い出とか特別を作る手助けをしたいっていうのとか色んなこと思い出して、二人に連絡したんだよ」
体の中の自分じゃ触れられないところをくすぐられているような、恥ずかしいような、気持ちで唸ってしまいそうなのを堪えていると
見て見て、これ〜、と写真を見せてくれて
「え!こんな良いところ誰と行ったの?」
と苦し紛れに話題を逸らしてから少し後悔した。こういう所、というか私の職場であるホテルでも大体食事するとしたら、五割はデートだからだ。
「ママが勝手に知り合いの息子さんとの約束を取り付けてきたんだけどさ、乗り気なのは知り合いの人だけで、息子さんもその気は無いって言ってたし、後からママも謝ってくれたから。誰と食べたか、じゃなくて何を食べたか、が重要なんだよ」
あんまりスッキリした顔で言うから、これは本当に何も無かったやつだな、と感じた。マキちゃんはサッパリとした第一印象からはあまり想像できない恋愛脳なタイプで、高校時代は些細なことで好きかも!と言っては、数日後には付き合うところまで漕ぎ着けてしまう押しの強さとそれを裏付けする顔を持った、一定数の人からは信用に欠く人だった。私は何よりマキちゃんの声が好きだった。人よりよく通る声は、マキちゃんの持って生まれた才能だと思うし、調子に乗ったらすぐ失敗するところとか、騙されやすいところ、まあ少しおバカなところが憎めない通り越して愛おしいと思ってしまう。
「マキちゃんママも相変わらずだねえ」
「お父さんにママ離れしろってうるさく言われるから、ちゃんとしなきゃなって思ってるんだけどね」
「お父さん厳しいもんね。良いバランスだと思うけどな」
「お父さん、ママには何言っても治らないからって私にばっか言うんだから。でも私もちゃんとママに世話焼かれないように部屋の掃除とか食生活とかちゃんと連絡入れるとか善処するつもり」
「マキちゃん偉いねえ」
「あ、馬鹿にしてるな?」
と、二人で笑った。

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