見出し画像

黄色

「こんなはずじゃなかったって思うことある?」
と、ユリは萩原に聞いた。
「ないね。逆にある?」
「うーん、今だね。」と苦々しく笑った。
伝票に名前を書きながらの会話は顔が見えなくて、それが助かったような惜しいような気持ちの狭間でホッとしてる気持ちが勝ってる自分を疎ましく思った。
「まあ、あんまり思い悩んでも良くないね。配達ありがとう、君にこれをあげよう」
明るい口調で伝票といつものマカロンを渡された。
「じゃあまた、来週」と言うと
「週末会うでしょ、三人で」
さっきとは違う、自然な明るい声色だった。

トラックに戻って、次の配達先を確認して車を走らせる。高校卒業後、ユリと再会したのは高校時代ユリが将来の夢で言っていた◯◯ホテルだった。ユリは言っていた通りケーキを作る人になっていて、俺はホテルに納入する食品業者の配達員になっていた。再会した時は、「コイツ、マジか」と驚きより引いた気持ちだった。でも思い直せば、ユリが夢を実現してるのは納得がいった。高校時代、進学希望組は何かとピリついているように感じて就職希望組の俺は同じ教室で呼吸するには酸素が薄く感じられることが多かった。ユリは大学進学の希望がなくても授業や勉強の集中の糸が途切れなかったり、進学希望組と張り合うフリが出来るような真面目で優しさに富んだ人だった。だから小学校から高校まで同じのマキがユリと仲良くする理由も分かるし、その二人と話す時は気兼ねがなく息がしやすかった。俺はと言うと、特にやりたいこともなく、勉強が好きでもないから紹介された工場勤務から始まって一年続いたら良い方で、コンビニ、引越し、居酒屋、派遣、など気が赴くままに転々とした。今の仕事は二年ほど続いている。
「こんなはずじゃなかった、か。」
そう思ったことは本当に一度もなかった。今のところは思うがままに生きて、行き当たった場所が目的地じゃなかったらまたすぐハンドルを切るような人生だ。そう考えて、もしかしたら、とピンと来た。次の配達先に着いて、ユリにメールした。
「今日21時暇?」すぐ返事が来た。
「暇だよ」
「◯◯ホテルに迎え行く」とだけ送って納品しに向かった。ここ二年の、納品中の短い会話でユリがホテルにバス通いなこと、残業がなければ21時前後に終わること、次の日が休みなら飲みの誘いに乗ってくれること、を把握していた。高三の一年間の情報量に比べたら笑えるくらい少ないが、高三の頃と比べて察しが良くなったと自分では思っている。

「着いた」と送ってしばらくすると助手席のドアが開いた。
「どの飲み屋にする?」
「今日はドライブでもしようかと思って」
「あぁ車だもんね、いいよ」
飲みではなくドライブに誘ったのは、アルコールで本音を聞き出すのが嫌だったからだ。飲みに行けなくて残念そうな顔を見ると、少しゆらいだがステレオを弄って曲を流した。
「うわぁ懐かしい。この曲聴くと高三の夏を思い出すよね。」
ユリが嬉しそうに笑った。
「いつもこんなの聴いてるの?」
「俺のトレンドは高三で止まってるから」
「あぁ、私たちが布教しなくなったからか」
くくく、と笑って、まあそれもあながち間違いではないなと思ったりした。
「どこに向かうの?」
「うーん、何も考えてない!どっか」
「萩原の将来みたいだ」
と、静かに、でも確かに笑って言った。
「ユリの夢の目的地はあのホテル?」
「そう、、、そのはずだったんだよなぁ」
なんだか表情が見えない会話スキルもこの二年で上がった気がする。
「納得いってませんね?お客さん。でもお客さんがここに行きたいって言いましたよ?」
と、乗ったこともないタクシーの運転手のモノマネをしてみた。ユリはそれを察したのか、
「来てみたらねえ、違ったかもしれないなぁって思っちゃったんですよ。どこかで道を間違えたんでしょうかねえ、それともここじゃなかったんですかねえ」
と少しクセのある話し方に笑いそうになった。ユリは面と向かって話す時は誰が相手でもモジモジしたり言い籠もったりするのに、顔を合わせないで話す時は饒舌なんだよな、と思った。あぁ、あと夢を語る時みたいなこだわりのあることには面と向かってもキッパリ喋るから、不意を突かれたりする。
「お客さん、じゃあ思い切って降ります?それとも新しい目的地探します?」
と、笑うのをこらえて言うと先にユリが笑い出した。釣られて笑えてきて、しばらく喋れなくなった。ユリは目を拭う仕草をしてからお茶を一口飲んでから「ありがとう」と言った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?