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D・H・ロレンス『海とサルデーニャ』武藤 浩史訳、晶文社

長いこと積ん読だったこの本、読んでみたら予想以上に面白かった。『チャタレー夫人の恋人』などで有名なD. H. ロレンスが第一次世界大戦直後に妻とともにリュック背負って旅したときの紀行文だ。シチリア島からサルデーニャ島に渡って再びイタリア本土に帰るまでの話。

サルデーニャ島はかなり大きい地中海の島だがロレンスによればまだ近代化されていない古い文化が残っているとのこと。長時間バスを乗り継いで旅しながら、偶然出会ったお祭りの民族衣装に感嘆したり、汚い安宿に憤慨したり、荷物を運ぶという少年たちに吹っ掛けられたり、おしゃべり好きな車掌に辟易して逃げ出したり。あるページで現地の素朴さを褒めたたえるかと思うと、2ページあとでは気に入らない出来事に激怒している。ほんとうに短気な男だ。ロレンスがさんざん妻と喧嘩や別居を繰り返したという話もうなずける。ちなみにこの旅行中は喧嘩はしていない。妻フリーダはドイツの貴族出身で既婚者だったのに、ロレンスが略奪して結婚したのだ。この本では常に「女王蜂」と夫に呼ばれている。元気で好奇心旺盛で、こんなワイルドな旅もけっこう楽しんでいる、たいした女性だ。

訪れた町の風物や人間たちを観察して書く筆づかいがいきいきして、武田百合子の文章を思い出した。彼はイタリア語ができて、現地の人の方言もかなり理解している。イタリアでも、特に田舎では、外国人が好奇の目で見られたり、変な議論をふっかけられたりしていて、それはどこの国の人間でも同じみたい。サルデーニャ島からついにイタリア本土に帰ってきて、途中停車の駅のホームでイギリスの知り合いに会って短時間なつがしがってしゃべるシーンが良かった。やっぱり同国人は落ち着くのだ。最後はパレルモの人形劇場に行って夫婦で人形劇を見ている場面で終わるのも奇妙だが面白い。

あと10年ぐらい前だったら「サルデーニャ島に行ってみたい」と思うところだなぁ。今では(コロナがなくても)とてもそんなところには行けそうにない。人生は短い...。

さきごろ亡くなった平野甲賀さんデザインの表紙もいい。コロナのことを忘れてしばしのんびりしたい方にお勧め。

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