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オーシャン・ヴォン『地上で僕らはつかの間きらめく』木原善彦訳、新潮社

アメリカに住むベトナム出身の詩人で作家のオーシャン・ヴォンの自伝的小説。ベトナム戦争後にアメリカに移住した祖母、母、主人公の少年リトル・ドッグの物語。考えてみたらベトナム戦争について自分は歴史的出来事として通りいっぺんのことしか知らない。ベトナム戦争が少しでも出る小説を読むのは初めてて、この祖母や母(両方とも戦争の影響で精神状態が不安定)の話を読むことで初めて少しでもあの戦争を知ることができた気がする。ほんの少しだけだが。文学は大事だ。

そしてアメリカに来た一家はもちろん貧困と差別でまた苦労する。主人公の父親はDVをふるい逮捕される。英語のできない母はネイルサロンでただ「ソーリー」という語を繰り返して、働いている。リトル・ドッグは母に英語をおしえようとするが、母は子から教わろうとしない。祖母はかつてアメリカ人と恋をして子どもを産んだが、アメリカに帰ってしまった男とは連絡が取れなくなってしまった。子どもをかかえて道路わきで立ちつくした昔の記憶が繰り返し語られる。

リトル・ドッグはゲイで、やがて仕事場でアメリカ人少年と出会い、ためらいながらのセックスを経験する。痛々しいがみずみずしく繊細な場面がつづく。その少年は薬物で死んでしまう。

母や祖母がベトナム戦争で負った深い傷、アメリカでの東洋人差別、ゲイの問題、何重もの苦しさが描かれるのだが、その表現に詩人らしさが光り、この小説を特別美しいものにしている。母の名前Rose はriseの過去形だと思ったり、slaughter という語の中にlaughterが入っていることに憤ったり。

「母さん、コンマの形が胎児に似ているのは偶然じゃない―継続を表すあの曲線。僕たちは皆、かつては母親の中にいて、言葉を発することなく、曲線を描く全身を使って「もっと、もっと、もっと」と言っていたんだ。」

最後に彼と母は亡くなった祖母の骨をもってベトナムに行き、そこで弔う。人がみんな自分が生まれ育った国でずっと幸せに暮らせたらいいのに。しかしそうはいかず、戦争は起き、そこから逃れて人々は地球上を動いていかざるを得ない。



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