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村田喜代子『姉の島』朝日新聞出版

村田喜代子が小説で描く女が好きだ。のんびりして地味だが面白みがあり、ちょっとした意地や意外な行動力もある。老女にしても、知らないことに興味を持ったり、感心したりする、しなやかな感覚を失っていない。男の目を介しない、女から見た女が描かれている。

この小説は南の離島で長年海女として働いてきた女性の物語。主人公と、仲良しの海女は同い年で、85歳まで現役で働いていたが、この機に「倍暦」を与えられ、170歳になる。(古代の天皇が古事記や日本書紀に百歳以上の途方もない年齢だと記されているのも、どうやら「倍暦」だったらしい。)大抵はその年になると引退するのだが、この二人の海女は引退をためらう。倍暦の海女たちの仕事であるおめでたい席での儀式的な役割をするのなんかは退屈だ。それより、みんなで集まって独自の海図を作る。地図をコピーしたものに、自分たちが知っている海の情報を書き入れるのだ。魚のいる場所、海藻の森やサンゴの場所、アワビの取れる場所、おまけに船幽霊が出る場所なども一緒に書き入れる。

船幽霊はわりとふつうに出るようだ。兵士が海の中で近くに寄ってきて「トラック島はどっちでしょうか」と訊く。日本人だけでなく、アメリカ人の船幽霊も出る。怖い話を聞くとみんなで口々に「霊(たま)出せ 霊出せ」と唱える。船幽霊よりも怖いのは、窒素酔いの話だ。深く潜ったダイバーが酔ったようになると幻影を見て、海の底をどんどん歩いて行ってしまい、他人が止めることはできない。

土地の方言で語られる老いた海女たちの話には、しばしば太平洋戦争で死んだ家族の話も出る。彼女たちが働く海は、戦争中は軍艦や潜水艦が行き交い、多くの人が死んだ場所でもある。

二人の海女は太平洋戦争後に海に沈めて処理された潜水艦が海底に縦に刺さった姿で今も残されていると聞いて、二人だけで小舟で出かけて、素潜りで探してみようとするのである。

のんびりとした口調で語られる話には素朴な詩情がある。潜水艦を見なかったかと小魚たちに尋ねると、彼らがこたえるのはー。

  しらぬ、しらぬ。

  きょうのようにきのうがあった。

  なにもかわることはない。


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