小川洋子『原稿零枚日記』集英社
最初、小川洋子の作家としての日々が綴られているのかと思って読み始めたらその予想はすぐに裏切られた。最初の日記は、出張のときに不思議な旅館で苔の料理を次々に食べさせられる話。なんか、変...。これは作家の日常からどんどん逸脱したフィクションだったのだ。
たぶんそれぞれの話のきっかけは日常に本当にあったことかもしれない。近所の小学校の運動会とか、神社での赤ちゃんの泣き相撲大会とか、母親のために一緒に靴を買いに行く話とか、盆栽の展示会に行く話とか、街のなかにアート作品が展示されているのを見てまわる話とか。それが小川さんにかかると、とんでもなくカフカみがある、幻想的で、ときに重い、夢の話になっていく。運動会では保護者のふりしてこっそりとまぎれこんでいたのに借り物競争に借りだされたり、赤ちゃん相撲のあと誰も親が引き取らない赤ちゃんを想像したり、盆栽を一緒に見ていた人が盆栽の世界に入ってしまったり、気軽に街のアートを見てまわるはずが次々に人が脱落していくハードなツアーになったりする。バラバラな話のように見えて、生命、赤ん坊、乳というキーワードが見え隠れする。
さりげないトピックをどんどん幻想的に広げて、面白くて重い夢のなかに引きこむテクニックがすごい。こんな夢を自分も見てみたいものだ...。(何しろコロナで自宅生活のため、このごろ夢が実に単調なのである。)
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