諦めのおはなしと次のコンセプト探し

 前回noteを書いてから半年近く経っていたことにびっくりしておりますが、今回書きたいのはタイトルのとおりです。あんまり楽しい話でもないのですが、自身の区切りとして書き残しておきたいなと思いまとめることにしました。端的に申しますと、目指していた小説家という職業を諦めました、というだけの話なんですが。

小説家になりたかったっていう話

 何ら才能なるものに恵まれていたとは思いません。ただ小説を読むのがほんの少し人より好きで、かつ自分を表現する手法として文章を書くということが最もしっくりきていたというだけの話です。
 大学生の頃読書サークルに入り、その中に創作活動をしている人たちがいたので自分も趣味として創作活動をはじめました。社会に出てからは仕事がなかなかブラックで、時間も取れず創作とは疎遠になっていました。後に書きますがこれは単なる言い訳です。時間がなくてもなんでも、やろうと思えば人はできるのですから。
 本格的に創作に復帰したのは産後です。ビギナーズラックか、数年ぶりに書いた小説がとある小さな賞の最終選考に進んだのです。嬉しかった。でも、それきりでした。その後書いた小説はどれも、大した評価をいただくようなものにはなっておりません。賞の締切が近付いては夫に子の世話を負担してもらって時間を作り、それでも何ひとつ得るものがなかった事実にズタボロに落ち込みました。家族には本当に大きな負担をかけていたと思います。

 それでも続けていれば近いうちには~、なんて甘えたところがありました。頑張り方が圧倒的に足りないのに。気付かされたのは、上述した大学時代の創作活動仲間が本当に作家デビューしたという話を聞いてからです。その人(仮にAちゃんとします)は、私以上にブラックな職場に勤めながらもずっとずっと創作活動を続けて、数年越しにようやく目が出たのだそうです。もちろんAちゃんは私のように書くことだけを頑張っていたわけではありません。応募する賞の過去受賞作の傾向を調べ、当該ジャンルの作品を読み漁っては論理的に読者に求められるものを洗い出し、自分らしさの出し方の研究して……。書き出してみればプロを目指すなら当たり前のことなんですけど、どれも私は「仕事」やら「育児」やらを言い訳にしてこなかったものでした。Aちゃんは終電がなくなるような深夜に帰宅してからコツコツとこれらをやる生活を何年も、何年も繰り返していたのだそうです。
 ぷつんと糸が切れたように、憑き物が落ちたように「私には無理だ」と思いました。一人でストレスを解消する時間もほしい、家族とのんびりする時間もほしい。甘えた自分を認識した上で、これが最後と思ってある賞に応募してみました。駄目でした。でも、そんな自分の作品を好きだ、面白かったと言ってくれる人がいたんです(webで公開されるタイプの賞でした)。全く知らない、SNS等で交流したとかもない方です。なんだか報われたような気がして、「ああ、これでやめても大丈夫」と思えたのを覚えています。

 これまで、いわゆる才能の必要な職につきたいと希望を述べることに大きな気恥ずかしさを感じており、小説家になりたいなんて夫にしか言ったことがありませんでした。Aちゃんのような努力でもって作家を目指している、目指していた方からすれば腹の立つような姿勢であることも承知しておりますが、それでも私なりには本気でした。
 誰にも言っていないから誰にも夢が叶わなかったことを話せませんでした。今、こうして自分の夢をインターネットの隅っこに埋葬して、いくらかすっきりとした気分でいます。

次のコンセプトを探そうねって話

 上記に書いたようなことを、半年くらいぐーるぐーると考え続けていました。完全にもう創作しません、そういうのは割り切りました! と言う境地にまでは辿り着けていません。喉元過ぎればなんとやら、また性懲りもなくネタを考えている時がないかと言われれば否定はできません。でも、前みたいに自分に期待しすぎてグズグズしたりはしないつもりです。期待できるほど努力してない、才能もないことがようやく受け入れられたので。
 そうすると前に掲げていた「作家」というファッションコンセプトは、今の自分にはあまりにも重たいのです。現実の己の職業とリンクしている必要はないので図々しくも掲げていたっていいのですが、それはあまりにもメンタルが削られ過ぎる。死んでしまうわ。
 取り敢えず、次のコンセプトは職業から離れたいと思います。現状無職の私、職を掲げることの圧力が結構キツイということがわかってきたので。作家になりたいと思った理由の一つに、「なんか少しでも稼がなきゃならないような気がするが、乳幼児を抱えて一から始められる在宅の仕事これしかない」みたいなところもゼロではなかったのですが、この稼がなきゃならない(≒でなければ価値がない)という部分、別に誰も言ってないんですよね。勝手に思い込んでいただけ。私は思い込み力が強過ぎる上にそれで勝手にダメージくらうみたいなんで、一度フラットになろうと思います。

 どうしたものかな、と思い返すのはやっぱり自問自答ファッション教室です。教室で話したこと、考えたこと。改めて考えた時、今一番したいのは「森に住むこと」でした。なんかジブリ的な……魔女の宅急便の実家みたいなああいうところでファンタジックに暮らしたい……。ということで暫くの間仮コンセプトとしては「森に暮らす星座観察家」にします。星座観察家は単に星や夜空モチーフが好きだからです。これくらいの緩さで再出発したいと思います。

おまけの話

 ここ数か月、ファッション関係のSNSからも離れておりました。上記のようなこと考えてメンタル弱ってたら、育児に追われて髪も切れない、ショッピングにも行けない、試着旅なんてほぼ無理! な我が身が辛くなったためです。子供が小さいうちにファッションアカウントなんて作るべきじゃなかった、とも思ってました。
 でもメンタルが回復してくると、やっぱりファッションの話題を見るの楽しいんですよね。ちょっとずつ、またガールズの皆さんの投稿を拝見して、やっぱり自分もファッションを楽しみたいなと。人生一度きりだし、後悔する格好で生きていたくないよねと。我ながらチョロい女。
 ただまあできないことはできないので、強迫観念のように試着しなきゃ、実店舗に行かなきゃと思うのはやめました。あと数年して子供が学校にでも行き始めればできるようになるでしょ、と今は気楽に構えています。そもそも大事故レベルでなければ、あまり自分に似合うかどうかは気にしないタイプ(似合ってなくてもデザインが気に入れば着たい)なので、大人しくネットの力を借りていきます。

 ということで、以前から欲しいなと思いつつ後に回していた黒いバッグを買いました。本当はグッチのホースビット1955のショルダーが気になっていたんですが、流石に試着せずには買えない価格なので諦めました。代わりに選んだのは、wild rose hipsさんというブランドのもので、黒いベルベット地にビーズで細かなハチの刺繍が施されているバッグです(下記画像と同じものです)。

 実物は見ることができなかったのでネットでエイヤしたのですが、可愛い。コロンとした小さなまあるいバッグが腰骨に当たるのが、なんとも幸せです。
 本当はもう少し大きい方が使い勝手がいい(愛用の長財布が入らない)のですが、なんかもう、そういうのはどうもでいいかとなりました。
 購入後一月ほど経ちましたが、連れて歩いたのは一度きりです。子供と出かける時にはマザーズリュックか大きめのルプリアージュなので。でもいいんです。なんか、家にあるだけでちょっと満足だから! ハチの刺繍だし、森で暮らすのにも多分ぴったりでしょう。

 なお、今はクアラントットさんのUna notteという指輪が気になっています。以前自問自答ファッション教室であきやさんにブランドをおすすめしていただいた時は「可愛いけどちょっと違うかな~」だったんですが、改めてみるとなんか刺さる。
 普段指輪というかアクセサリーそのものをしないし(最近は結婚指輪さえしないことが多い)、まだ抱っこの必要な子供がいるし、と思ってはいるんですが、そのうち機会があれば試着だけでもしてみたいな~なんて思っています。結婚指輪も時計もシルバーカラーなんですけど、ゴールドって合わせていいのかな!? とかね。オニキスって手入れどうするんですか!? とかね。疑問はたくさんです。これからものんびり、自分のペースで自問自答していきます。

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