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幸せのミッション

病院駐車場に向かう間に雪が舞い始めた。鉄輪線ですれ違う人や車に師走の慌ただしさが行きかう。指示された時間ギリギリに病室に駆け込むと、居合わせたスタッフが他の患者さんの看護の手を止めて、大林さんの着替えから車椅子への移乗と、声かけと笑顔を絶やさずに行う所作が手際よく見ていて気持ちいい。スーツに身を包んだ大林さんに来たことを告げると、顎をしゃくりサイドテーブルに置かれたパソコンを見るように目で促して来る。そこには次のようにミッションが書かれていた。
 
丸食にて、菓子パン、牛乳、お茶を一人分、花束を購入。
花束には次のメッセージを代筆して添える。
「エミ子40年 長い間有難う 長生きしましょうね 正孝」
自宅ベ移動しベランダで結婚40周年を祝する。
花束をわたし、携帯で写真を撮る。
 
事前に聞いていたのは、自宅への一時帰宅という話だったけれど、これはなかなかの難易度ではないか。7年ぶりの帰宅に加えて、このミッションは少々荷が重過ぎるかな。
 
さて、いつものかがやき訪問看護ステーション松井と私、そして今日は宇佐から小林ボランティア、小林は自宅に居る奥さんの支援をボランティアで出来るかも知れないからと顔合わせを目的に参加、病室から長い廊下を玄関まで看護スタッフもSWも見送りに移動、玄関に近づくにつれて、気温が下がり、介護タクシーが待つ玄関の自動ドアが開くと、雪混じりの寒風が吹き付ける。寒くないかと聞くと、大丈夫と普段より赤く上気した顔の中で大きく口が動く。昇降ステップに乗り上げ、車椅子の最上部が後部ハッチに接触しないように上昇、スライド、固定、玄関ロータリーを出る。
まずは指定の買い物に丸食へ、買い物の細かな内容は任せて貰い、私一人で店に飛び込む。牛乳、菓子パン、温かいお茶と迷うことなく買い物カゴに入れて、花束を求めて花のある場所へ行くも、どこから見ても仏様に供える花たち、榊と菊を頭の中でアレンジするも今回のアニバーサリーの趣旨には不向き不謹慎、仕方なくレジに行き、会計す済ませる。介護タクシーに戻り、花束がないこと、近くの花屋情報を収集、松井看護師から鶴見町のペイザンフラワーショップを教えて貰い、運転手に場所を伝え移動を指示する。
ここも私一人で駆け込んで、花束を見繕って貰う。ご予算は、ご希望の花はと問われるも、あわや仏様の花をアレンジしようとするような私には気の聞いた答えがあろうはずもなく、まずは今日のミッションを伝えてみた。実は表の介護タクシーには筋ジスで人工呼吸器を付けた72歳の患者さんが看護師、ヘルパーと一緒に乗っていて、今日7年ぶりに90歳の奥さんの待つ自宅に帰ります、目的は一緒になって40年ですが、入籍がついこの前12月5日なんです。ここの花束を間にして記念写真を撮ります。生活保護で予算も切り詰めないといけません。よろしくお願いします。それを聞いた花屋のお姉さん、そうですかそうですか、分かりました。お店に来ていたお客さんも、そうですか、いい話ですねと目頭を押さえる。お姉さん、かすみそうとバラ、そう赤いバラで行きましょう。3本、5本、うーん、3本、こんな感じでどうですか。いいです、それでいいです。お願いします。ラッピングを終えて、1660円を払って、おめでとうございますと、送り出されて、いい花屋だと感激して、さあ、奥さんが待つ県営住宅へ移動再開。うねうねと坂道を登ること約10分、1階部分がベランダに向けてスロープを取り付けた県営住宅に到着、介護タクシーを降りて、私は玄関から先まわりして、大林さんはベランダから。奥さん、おはよう、来たよ来たよ、ご主人が帰って来ましたよ。奥さんのどうぞという返事も待たずに上がりこみ、ベランダ側の窓を開ける。大林さんの笑顔、奥さんの笑顔、ただいまと動く笑顔の中の口、僅かに認知症があるという奥さんが状況を飲み込むまでしばし戸惑う。まず、菓子パン、牛乳、お茶をご主人からと渡す。お茶が温かいことを喜んでくれる。次は、もしかしたらベランダでの花束贈呈じゃなくて、高規格のでかい車椅子、大方の予想では部屋には入れないと思ったのだろうけど、もしかしたら入れるのではと、いや、ここまで来たら窓枠をはずしてでも入れたい。ぐいぐいと左右にお車椅子を振りながら、ほら入ったよ。では、奥まで、ぐいぐいとコタツを除けて、座布団を寄せて、見事に4畳半の居間に納まったではないですか。
奥さん、大林さんが帰って来たよ。奥さんに会いに帰って来たよ。そちらにいらっしゃるのは・・・。妹さんご夫妻ですか。大林さんに呼ばれて来てみたけど、こういうことじゃたんじゃな。あんたたちが連れて来てくんなすったか。そうかそうか。良かったのぉ姉さん。
さて、では奥さん、これはご主人から奥さんへ花束です。メッセージを読みますね。「エミ子40年 長い間有難う 長生きしましょうね 正孝」はい、花束をどうぞ。ご結婚おめでとうございます。(拍手拍手、おめでとうの声)奥さんの感激の笑顔と涙、待ってたけど来んから、これから病院に行こうと着替えてところだったらしい。姉さん、ちょうど着替えちょって良かったのぉ。ささ奥さん、次は記念撮影、もっと寄り添って下さいな。そうそう手も握ってあげて、はい、撮るよ。笑って、奥さん、泣かんで笑って、いや、泣いててもいいです。はい、もう一枚、はいもう一枚。大林さん、良かったなぁ。おめでとう、もう一枚。こんな大切なイベントに立ち会えた私たちも最高に幸せ者だわ。いや、奥さん、ありがとうございます。それから限られた時間、奥さん、妹さんご夫妻と、約40年前の予備校の数学教師時代の話から、大分市内で車を運転していた頃の話、障害者運動を牽引していた話まで、そして、また帰って来ること、奥さんも毎日、見舞いに行くこと、時々は小林ボラが連れて行くことを約束して、ベランダから出て、スロープを回って、待たせてあった介護タクシーに乗り込む。窓の外から手を振る奥さんの姿に、某番組でやっている「とっとちゃん」の若き日の黒柳徹子の姿が重なる。とても90歳とは思えない。二人の愛の深さに脱帽するばかり。病院に帰り着くなり、携帯で撮った写真を看護スタッフに見てもらう。えー、この車椅子で家に入れたのと驚きの声、奥さんとのツーショットを見てまた喜びの声が広がる。見た人皆が幸せを分けてもらったように表情が和らいで行く。
さて、大林さんに別れを告げて、松井看護師と並んで玄関に向かうと、松井看護師に1本の電話が、利用者さんが自宅で転倒との知らせ、お疲れさんとも頑張ってともつかない挨拶を交わして後姿を見送る。これで今日のミッションは完了と玄関を出ると、ふと気になることが、寒さも気にならず駐車場の車で先ほどの花屋へ向かう。どうも、先ほどはありがとうございました。先ほどのお姉さんたちに、携帯の写真を見せながら、お陰で、お二人が花束を間に、こんなにいい笑顔ですと報告すると、わーとここでも感激の声、その声に私もまた感激する。
あーそうなのか、重度の障害者が街にでること、地域に出ることで起きる化学反応とはこういうことを言うのか、感激の輪が広がり、笑顔が広がり、人の輪が広がる。その瞬間に立ち会えたのは、重度訪問介護サービスのヘルパーとしての役得に違いない。これだから重度訪問介護は止められない。大林さん、これからもドシドシ外に出ましょうね。
以上、昨日の出来事を記録して一日も早くたくさんの人に伝えたい思いで、取り急ぎ書かせて頂きました。大林さんご夫妻、関係者の皆さんお疲れ様でした。

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