誰やったんやろ。。
職場の近くの利用者さんのお宅に用事で向かう途中、
歩道を歩いていると、短めのクラクションが鳴る。
その方向に目をやると、
駐車場から車道に向かうライトバンが一台、
運転席側の窓が開く。
男、大きく開いた口と見開かれた目、
見たことのある顔、懐かしい顔の前に手が上がる。
近づくと、助手席には女性が、二人ともスーツ姿である。
「やー、元気やったな」と、
満面の笑みで運転席が話しかけてくる。
助手席の女性は知らない顔だ。
運転席は誰やったかなぁ。
「はい、元気、元気。お久しぶりです」と返す。
「ほんと連絡してもおらんからなぁ」と続く、
「いや、いつもそこの事務所に居ますよ」
と必死に記憶をかき回す。
「そうかえ、でも元気そうで何よりや」
確かに人懐こいこの顔は、
いつかどこかで会ってるわ。
「いや、そちらも元気そうで」
車道に並んでいた車の列が掃ける。
「じゃあ、また連絡するわ、おっちょきないえ」
「あ、はい、またよろしく」
手を上げて笑顔で運転席を見送る。
助手席からも軽く会釈が返ってくる。
ライトバンが左折して車道を遠ざかって行く。
えー、誰やろ。
髪の毛は短くしてたけど、絶対に知ってる人だわ。
しかも、かなり密度の濃い話をしたことがあった気もしないでもない。
どの時期に交流があった人かな。
国鉄、JRに居た時ではないな、
じゃあ社会福祉法人かNPOの頃かな、
今の会社じゃないよな。
利用者さんか、違う違う。
うわー思い出せない。
今度、会ったらどうしょう。
ところで、誰でしたっけなんて聞けない。
あれだけ顔はしっかり記憶しているのに、
顔以外の記憶が一切ない。
あの時の30秒にも満たないすれ違いの中に
取り返しのつかない間違いがあっただろうか。
あの運転席の笑顔に向かって、
「Who are you?」は無理。
私が悪いのではなく、
あの無防備な笑顔が罪だわ。
かと言って、あの短い時間のどこに、
「Who are you?」
を挿入する暇があっただろうか。
思い出せずにいる相手にそのことを悟られずにするやり取り、
どうだこの処世の技、
と言えば言えなくもないが、
言ってもその場凌ぎ、
行き着く先は恥をしのぶ自身の姿か。
そんなことが、良くあるから困る。
この誰やったんやろってのも、
そのうち記憶の底に沈んで行くから
さらに始末が悪い。
これって認知症の兆しの予兆ではなかろうか。
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