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たんぽぽの唄

2月頃かな、あの日は寒かったよ。
何軒かの庭先と何本かの道路をフワフワと這うように漂って、
やっと落ち着いた着地点がここだったわけ。
そうそう、風まかせなのよ。
昭和の頃は、子供らによく千切られて、ふーっと息をかけては飛ばされて
きゃあきゃあと言う笑い声と一緒に飛んで行ったり、
ボロボロに汚れた服にくっついて、あちこちに散らばって、子供たちの住む家の近くに落ちて、生活の場を広げてもいたけれど、
最近は実に静かなもので、ぜいぜい猫たち通る時に、さわさわっと構ってくれるくらいかな。
いやいやそれでね、ここはやばいと思ったのよ。
コンクリートの上みたいで、取り着く島がない、いや、土がないというか、
まあよくあることだから、頑張れば10年くらいは種のまま彷徨ってもいられるけど、
10年も目が出ないってのもどうかと思うし。
まあ、なんとかU字溝の継ぎ目に隙間があって幾ばくかの土もあって、ほっとしたら2カ月も眠ってしまった。
少し暖かさも増して来たので、そろそろと背伸びして行ったら、
やばいところだと分かったのよ。
このグレイチングの上って、毎日タイヤが掠めて、ある時は真上を通るのよ。
それでも俺達にもこの時期って、勢いがあって、なかなかここだってところで花を咲かせられないわけで、グレイチングに触ったか触らないかの位置で蕾が開き始めたから、このまま下の方の成長が止まってくれたらいいけど、うまく行かないのは植物の世界でも同じで、やっちゃったのよ。上でしかもこんなに目立つ形で花を咲かせてしまった。
今日は早速、ヤバかった。桜が咲いたの見に行くだのと騒いでる声が聞こえたので、
来るなと思っていたら、3台くらいの車がグレイチングの近くや上を何度も掠めやがって、死ぬかと思ったわ。
このまま真っ直ぐに踏んでくれる分は、ペコっと花弁を押され少々四角いタンポポにはなるけど、千切れることはないからな。そのうちポコっと出て行けば、後はその繰り返し、いやいや、これ以上押し上げてくれるなって、さっきから言ってるだろ。置かれた場所で咲きなさいって、ノートルダムのおばちゃんも言ってるけど、いくらなんでもこれ以上伸びたらまずいでしょ。だって、この並び、俺だけだもの。もっと何気に他の奴らに混じって静かに生きてたいのに、参ったなあ。世間は多様性の時代だから大丈夫と言ってもくれるけど、まだこんな状態までは受入れ体制出来てないでしょう。まして、人間じゃないし、植物だし、しかも雑草だし。
でも、そんな俺を見て、こんなに喰いついてくれる奴もいるのか。せめてそれも俺の役割だと思って、明日の風に、嫌、タイヤに身を任せるか。
事務所前のタンポポに捧ぐ

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