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記憶のドブさらい

頭の中にある古い記憶の欠片たちの
ドブさらいをしてみることにした。
強い印象の記憶を中心にして、
その周辺をぼやけた記憶や抜け落ちた記憶、
中には書きかえられた記憶たちがぼんやりと取り囲むように、
様々な記憶の欠片たちが頭の中を漂っている。
そんな記憶たちの中にも絶滅危惧種的な、
文字にして残してやりたいものがある。
40年経ってもキラキラと輝きを失わない記憶、
19歳のある夏の日の出来事だった。

大学受験に失敗して予備校通いの毎日、
浪人生活の負い目の埋め合わせに
朝な夕なに新聞配達をしていた夏、
どんな経緯だったかなんて覚えてないけど、
既に大学に進学してキャンパスライフを謳歌している親友たちが
海に誘い出してくれた。
一緒に行くのは何となく大学に行ったFとその彼女Tちゃん、
そしてTちゃんの友だちのKちゃん、
もう一人はやはり大学にテニスをしに行った彼女の居ない次郎。
黒島に行って、泳いで、陽に焼けて、記念写真を撮った。

帰りの一コマ、
誰が一番陽に焼けたかみたいな話をしていたら、
Kちゃんが私が一番、ほらこんなに焼けたのよと、
スカートをたくし上げながら、
無邪気に焼けた太ももを露わにするのを、
隣にいたTちゃんの方が恥ずかしそうにして手で戻したワンシーン、
ただそこだけが眩しく目に焼き付いている。
40年経った今も記憶に残っているのは、
一緒に行った仲間とそのシーンだけで、
その周辺の瑣末な記憶は一切ない。
親友だったFはあれから15年くらいは交流があったが、
途中諍って以来、疎遠になった。
Mは大学を卒業すると静岡に就職して、
年賀状だけの付き合い。
TちゃんはFと別れて東京に嫁いで行った。
Kちゃんだけが、地元で母親がやっていた化粧品屋を引き継いで、
看板おばちゃんになって変わらない笑顔で居てくれている。
通勤途中に店の前を通ることも多いのに、
顔を出すのは年に1回くらいで、
ここ数年は節々が痛いとか、肩が上がらないとか、そんな話ばかり。
顔の皺は増えたけど声は変わらない、笑顔もあの時のまま、
一方的に恋に恋した時もあったけど、
今は数少ない貴重な友だちになってしまった。
店先で聞いてみた。
「なあ、Kちゃん、一緒に黒島に行ったのを覚えてるか」
「うん、よく覚えてるよ」
「そうか、あの時の何に乗って行ったかな」
「行ったこと以外何も覚えてないのよ」
「電車よ電車、私、覚えてるわ」
「はじめ君、忘れたん」
「ああ、一緒に行ったということ以外すっかり忘れた」
もうそれで十分だった。
キラキラと輝いていた極めて少ない青春の記憶が
しっかりとピン留めされ永久保存となった瞬間だった。
Kちゃん、いつまでも元気で看板おばちゃんやってくれよ。
また時々会いに行くよ。

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