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会社を辞めて、何もすることがない朝
28歳のある日、ミリーは突然「自分は本当は魔女であった」ことに気がついた。
「気がついた」というよりは「思い出した」と言った方が正確かもしれない。
日本で、この現代社会で、魔女として生きている人なんて普通はお目にかかれない。
だけど、そんなことはどうでも良く思えるくらい、ミリーは自分が本来は魔女であることに確信があった。
そこで勤めていた会社を辞める決意をした。
魔女として生きるために。
とは言っても、どうすれば魔女になれるのか、ミリーにはまったく見当もつかなかった。
当たり前と思われるかもしれないけれど、ミリーの周りにいる人の中に、魔女はいない。
********
いつもと同じように、ミリーは朝の7時に起きて、カーテンをあけた。
会社を辞めたら、慌ただしい朝から解放されて、毎日心ゆくまでシャキッと済んだ空気を味わえると思った。
だけど、現実は違う。
心は重く、朝の空気を楽しむことは憚られた。
魔女になる方法…。
慌ただしかった朝を過ごしていた時と同じように、まずはじめに小鍋に水を入れ、火にかける。
お湯を沸かしている間に、歯磨きをする。
今日という1日を、何をして過ごしたら良いのだろう。
まずは自分の魔法を見つけなければならない。
ミリーに分かるのは、それだけだった。
だけど、何をすれば自分の魔法を見つけられるのかは全く見当はつかない。
会社を辞めたことで、毎日満員電車に乗る必要はなくなった。
だけど居るべき場所がないということは、こんなにも居心地が悪くて、罪悪感を伴い、心細いことだったとは、思いもよらなかった。
会社に勤めていた時は
「こんな所、私の居場所じゃないわ」
と思っていた。
だけど、そんなことを思いながら、知らず知らずのうちに、毎日の目的地があることに、ミリーは安心感を得ていたのだ。
今のミリーは、空白の中に放り出されたような気分だった。
右も左も、前も後ろも、上も下もない、ただの空白。
どこに手を出しても、脚を伸ばしても、動くものは何もなく、何も変えることのできない世界。
キッチンから、鍋の中身がブクブクと泡立つ音が聞こえてくる。
火を止めて、マグカップに中身を注いだ。
「お湯を飲む」という目的のための行為で、ミリーはほんの少しの時間を潰すことができた。
やっぱり、会社を辞めるような身勝手な行動は許されないのだろうか。
(早く魔女になるための具体的な行動を取らないと…)
ざわざわする心を無理やり抑え込むように、ミリーは熱いお湯を口に含んだ。
「結局」
どこからか、意地悪な誰かの声が聞こえてくる。幻聴だろうか。
「君は、単に会社を辞めたかっただけなのさ」
開け放した窓から、柔らかい風が入ってきた。
風は、ひらりとミリーの部屋を横切っていった。
ミリーはずっと誰かに責められているような気がしていた。
1人暮らしのアパートの部屋でさえも。
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