晴れだけの世界なんてくそくらえ
ピンポーン。こんにちはー。
遠くでかすかに誰かの話す声がきこえる。
わたしは午後の浅い眠りから突然呼び起こされ、現実の世界に戻ってくる。
ピンポーン。
ピンポーン。
近づいてくる音。
くる。
きっと、次はここだ。
ピンポーン。
きた。やっぱり。
玄関ドアには向かわず、脇の小窓を薄く開ける。
「こんにちはー。わたし3丁目にある、●●教会から来たんですけど。」
「はい。」
「いま、ご家庭でなにか困っていることとかありませんか?」
語尾の3文字くらいを待たず、口角だけをかろうじて上げた笑顔でたたみかけるようにして返す。
「うちは、結構です。」
「お子さんいると、たい…」
「ありがとうございますー。うちは結構です。」
口角をさらに少し上げる。
「あ、じゃあ、チラシだけポストに…」
「いえ、読みませんので入れなくて結構です。」
ここで能面。
目をそらせないくらい、相手の瞳を見返す。
「あ…」
「ご苦労様ですー。では。」
再び貼り付けた、笑顔とともに窓を静かにスライドさせる。
よし。終了。
この3段返しを乗り越えて切り込んでくる猛者に、わたしはこれまで出逢ったことが、ない。
理由は簡単だ。
わたしはかつて、あっち側の人間だったからだ。
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物心というものがついて、世界を見渡してみたら、うちは特殊な家庭だった。
父親はいない。
母親は一生懸命働いて、女手ひとつで子育てをしていた。
大変だね。
うん、大変だよ。
なんせ普通の家庭、じゃないからね。
母は傍目からみてはっきり分かるほどに、とある宗教にのめりこんでいた。
そりゃあの状況だもの。ずいぶん陳腐なストーリーだけれど、彼女を責めることはできない。
救いがほしかったのだろう。ひとは光がなくては生きていけない。
そこはわたしたち家族の生命線を握るコミュニティーだった。
たくさんのことを学ばせてもらった。本当にたくさんのことを。
わたしはそのコミュニティーにとどまれば、恐らくトップを目指せる人間だった。
小学校に入る前にはそこで毎週行われる勉強会の質問の意味は全て理解できていたし、求められている答えは深く考えなくてもわかった。周りの大人たちはわたしのことを驚嘆の眼差しで見ていたし、自分でもエリート街道を進んでいる自覚があった。
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そこでは、新規開拓が大切な役割を担う。
一軒ずつ該当区域の家を回り、『大切なお話』をして、興味を持った人に資料をお渡しして、次につなげる。
まあ、ありていにいえば、どこにでもある飛び込み営業というわけだ。
わたしは3、4歳から大人について営業に出た。
成績は常にトップクラス。
当たり前だろう。なんといっても超早期教育だ。
誰がそんなものにそんな歳で挑戦する?
小学校に上がる前には、わたしにとってそれは最適解の分かり切ったつまらないルーティンと化していた。
あり得ない。今なら分かる。
営業なんてやりたいわけでもなんでもない。
生きていくために、それしか手段が見つからなかったのだ。
20歳を過ぎた大人でも簡単に病んでしまうことがある『やりたいわけではない仕事をやらざるを得ない状況』にそんな歳で耐えられるわけはないのだ。
何かを殺さなければ、生きていられない。
わたしが殺したのはたぶん、こどものこころ、だったのだろう。
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この話には続きがある。
長い、長い、魂の旅路。
けれどわたしには、まだ、書けない。
ここまでしか、書くことができない。
それでも、いま、この話を書いてみたくなった。
書かずにはいられない、人種。
そういうものがあるのだとしたら、わたしもきっとそうなのだ。
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書くことで、救われるこころがある。
書くことで、砕かれるこころもある。
それは、自分なのか、他人なのか。
読む、とは、自他の境界線を認識すること。
あやふやで、あるのかないのか微かなそれを、しっかりと認識するためには、誰かの書いた魂の物語を読むしかない。
書いて、あらわれた自分の魂を読むことで、あらためて知ることもあるだろう。
読んで、痛み出した創をどうすることもできず、立ち尽くす日もあるだろう。
けれどことばを使う人間として生まれた以上、生きるとは結局、死ぬまで誰かのことばを読み解くことなのだろう。
読んで、傷ついて、癒して、キズを確かめて、誰かと話をして、自分の輪郭をあらわにしていく。
魂というなにかを包んだいれものの、輪郭。
あるようで、ないようで、あやふやなそれを確かめるために、今日も読む。
わたしたちの旅路はそうして死ぬまで、続く。
生きているとは、読むこと。
わたしにとって生きるとは、そういうこと。
サポートというかたちの愛が嬉しいです。素直に受け取って、大切なひとや届けたい気持ちのために、循環させてもらいますね。読んでくださったあなたに、幸ありますよう。