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短編小説0031 男性専用車両の導入 3670文字 5分読

あっちー。
夏の満員電車はなかなかの苦行だ。何かの罰ゲームを毎日やらされてる感がある。
「最後部車両は女性専用車両となっております。皆様のご理解とご協力をよろしくお願いいたします」
アナウンスが毎度の案内を行う。
女性専用車両は比較的空いている。それ以外の車両は漏れなく押し合いへし合いの満員状態だ。
女性専用車両以外にももちろん女性は乗車している。男どもと同様に押し合いへし合いに耐え、戦う。この車両に乗る乗客は勇者達だ。仲間だ。同士だ。女も男も、年齢も関係ない。
吊り革につかまりながら今日も耐える。
あ、目の前の席のおっさんが降りるようだ。ゴソゴソと荷物を持ち替えたり、顔をキョロキョロしている。間違いない。
よし、俺が次は座るぞと完璧な体制で準備する。予想通り座っていたおっさんは立ち上がり、満員で混み合っている人垣をかき分け、

「おりまあーす!」

と扉に向かって必死に前進していった。
一瞬の隙だった。
死角からスッと影が俺の前に動いた。
あっという間に席は座られた。

影の正体はおばさんだった。

なぜだ?

完璧にシュミレーションしたはずなのに。
この千載一遇の好機はもうこの先1週間はやってこないだろう。
このやるせない気持ちとともに、想定外のおばさんを眼の前にしたまま、あと30分も立ったまま乗ってなきゃ行けないのか。

ああ、クヤシイ。

隣の女性専用車両は余裕がある。座れないにしても隙間がある。
こっちのぎゅうぎゅう詰め車両とはまるで異世界だ。今流行っている異世界なんとかだ。きっといい香りが充満していることだろう。こっちはほんのり酸っぱいのに。
おばさんよ、女性専用車両に乗ってくれよ。
そんな理不尽な、自分の人間の小ささを証明するような言葉が頭に浮かぶ。
口には出さないが、自然と浮かぶ。

『口にしなけりゃいいじゃんか。ただ思う事と、口に出すことは雲泥の差だよ』

とよく分からない言い訳をする。誰に言ってんの?って自問自答する。

その時、「バシッ!」っと、稲妻が俺の頭に落ちた。すごいことを思いついた。

『男性専用車両の導入』

女性専用車両があるなら男性専用車両があってもいい!
その日から俺は行動した。
男性専用車両導入のために、まずは鉄道会社へ意見書を何通も送った。同時に、知りうる限りの新聞社、雑誌社、テレビ社、ラジオ社、ネット情報サイトなどへ意見書を送りまくった。社会学者、関係するであろう大学や研究室、研究所、国の機関、県や市区町村の自治体、文化人やインフルエンサーなどにも送りまくった。
男性専用車両導入のためのyoutubeや各種SNSを立ち上げ、訴えた。全て実名でやった。だって俺は正しい事をしているのだから、男たちの役に立つ事をしている確信があるから堂々としているのだ。

あっという間に俺は有名人になった。

それと同時にかなりの数のアンチコメントが届くようになった。
最初はどうして良いことをしているのに、こんな酷いことを言われなきゃならんのだと憤ったが、俺の信念がそれを跳ねのけた。段々と気にならなくなった。
それは、初めは少しだが、応援や賛同の意見があったからだ。活動を続けるうちにどんどん増えていった。実際に活動を手伝うと直訴してくれる人も沢山やってきた。
中には意味の分からないマルチ商材の勧誘や極めて怪しい投資の話などがあったが、全て笑ってお引き取り頂いた。
あるネットの有名な討論番組で男性専用車両のテーマが取り上げられる事となった。俺は当事者として、ゲストで番組に呼ばれた。

そもそもの女性専用車両を設けている意味は痴漢対策なのだが、それに対する男性専用車両導入ならばちょっとおかしくないか。
とか、
女性が被害を受けないようにするための手段だから女性だけの専用車両を設けることに意味がある。
とか、
女性専用車両を設定するのは電車が混み合う時間帯だけなのだから、理解と協力はあってもいいんじゃないですか。
とか、
どちらかというと否定的な意見が多めに挙がった。

俺は散々そういった意見を聞いてきたし、女性がいかに満員電車で痴漢行為など本当に嫌な思いをしているかも知った。本は沢山読んだ。フェミニズムの権威の講演会にも沢山足を運んだ。

そんな俺から言わせれば、みんなかなり的外れな事を言っている。
そもそも、女性専用車両なんかいらない。女性はもっと堂々とするべきだ。遠慮して、恐れて電車に乗るなんておかしいんだ。

おかしいのは痴漢とか迷惑行為をするやつだ。
逆に男は男だけで詰め込まれればいい。なぜか?まず冤罪が無くなる。
そして、男性専用車両を設ける事で、他の車両の男性乗車率が下がる。つまり女性の割合が増える事で相対的に女性の男性に対する警戒が行き届きやすくなる。女性同士が緩やかに連携し車両全体の監視体制ができる。
女性同士が即席のチームになるのだ。
そしてそんな車両の中では逆に痴漢をやりにくくなる。なぜならば痴漢行為がバレやすくなるから、捕まるリスクが増すので抑止力となる。
何なら男性専用車両は男性乗車率を高めるために少し割引運賃でもいいかも知れない。あるいは1両だけでなく2両、3両と設けていいだろう。

これが俺の提案する男性専用車両導入案だ。

はじめの思い付きの頃の考え方とはかなり変化したが、それでいい。
とても素晴らしいアイディアだと自画自賛している。



なんだかんだと、一年間の活動を経たところで、ある鉄道会社が男性専用車両の導入を試験的に始めたのだ。
人生で最も誇らしい瞬間だった。

しかしながら、目標としていたこととは言え、実際に運用を始める鉄道会社が現れたことに、とても興奮し、期待すると同時に不安な気持ちも同じくらいあった。
果たしてうまくいくのだろうか?

試験運用期間3か月間にどのような効果と問題点が浮き彫りにされるか、とても興味深く注視した。
女性専用車両を廃止し、入れ替わりで男性専用車両を2両編成で導入した。

結果としては男性専用車両の乗車率は、ラッシュアワーピーク時において非常に高い数字が表れた。

この結果は俺にとっても意外なものだった。

オッサンたちが自らオッサンだらけの車両に乗り込むのは、抵抗があるのではないかと考えていたからだ。
結果は逆だった。
アンケート結果からも、普通の男女混合車両に乗るのはもはや抵抗感を覚え、逆に男性専用車両に親近感と乗車の義務感のようなものが新たに芽生えたのだ。

また、男女混合車両においては、女性専用車両を廃止したことで、結果としてオッサンをはじめ、男たちが自分と同じ車両に同乗する女性たちを、今まで以上に気に留め、警戒し、守ってやるぞという気持ちを抱かせた。

これは嬉しい誤算だった。
女性たちが自ら自警団となり、自衛するものだと予測していたのに、結果としては男性がその役割を担うとは!



3ヶ月間試験導入した鉄道会社は痴漢報告が激減した。
よって、正式に男性専用車両の常時運航が決定した。
他の鉄道会社もこれに追随した。


俺は時の人となった。
出版社からそそのかされ、本を出版した。
テレビ局やネット放送局、ラジオ局、youtuberからのお誘いによるコラボ対談など、かなりの多忙を極め、雲の上の存在と思っていた有名人との対談を経験した。

何だか知らないがモテだした。
いつの間にか国民的アイドルと結婚することになった。

そのうち可愛い子どもが生まれた。
沢山の祝福をもらった。
仕事も次から次へと舞い込んでくる。

幸せの絶頂だった。

そう思っていた。でも、

『俺ってこんな奴だったっけ?』

といつしか思うようになった。

自分の信念に従い、ただただ真っすぐ猛烈に突き進んだ。
結果は全く考えず、まさに夢中に走った。
その結果は、確かに漠然とは望んだ通りで、それ以上のものが手に入った。

それなのに、しっくりこない。
俺以上の能力をもった俺が、暴走している。俺のコントロールを外れ、世間に勝手に評価され過大評価されている。

これは喜ばしい事なのか?

俺は少しずつおかしくなった。情緒不安定になった。
次第に家族とコミュニケーションが図れないようになり、離婚した。

俺は自分がよくわからなくなった。
俺にとって何が人生の価値だったのかわからなくなった。
昔は確固たる価値観があった気がするが、忘れた。

もう愛する人が離れていなくなった。いや俺から離れたんだ。
帰るべき家がない。その日暮らしのホームレスだ。

この生活を変える気力がない。変えなくていい。このままでいい。それが今の俺を的確に表現している。生き様そのものが俺だ。

時々気が狂いそうになるが、それ以外の日々は実に穏やかに、平和に暮らせている。発作的に人生が嫌になり全てを終わりにしたくなるのはなぜだろうか?

ああ、胸が苦しくなってきた。呼吸も荒い。
でも大丈夫だ。一過性の情緒不安定なだけだ。すぐに収まる。
しかし苦しい、どうしたものか・・・。



「ヴはつっ!」

俺は電車の吊革につかまっている。
ずっとそのままだった。
おばさんに席を取られたショックと疲れで立ったまま寝ていた。
ちょっと夢を見ていたようだ。

「分不相応の事はやめとけってことだな。危ない危ない」




おしまい

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